第5話 話を聞かない女達
毎度毎度、学校は疲れる物だ。
登校時からデバフがかかり、学校に行けば女どもに冷たくあしらわれる毎日。
好きな飯は食べられず、仲良く話すような友達も多くはない。
こうして帰宅するときだけが唯一の心休まる時間だと、そう思ってカバンの中身をひっくり返して全部出し、軽くなったハリボテの鞄を掴んで席を立とうとすると、
「ちょっとアオイ、馬鹿で道に迷うかもしれないから連れて帰って……」
「時代の波に乗れない遅れた人にアタシがレクチャーして……」
ちょうど出会った2人のハイエナ達による殺し合いの立会人にされた。
■
一触即発、ではない。
既に沸騰したお湯の中に油がぶちまけられたような、完全に手遅れかつ大惨事が現在進行形で起きている現場である。
しかも不幸なことにアオイ側からすれば「イビってくる二代巨頭が顔を突き合わしている」光景に他ならない。
少しでも彼女達の気が合えば二人まとめてボコボコにされる事は間違いない。
となればその先は死あるのみ。
「さぁて、帰ろっかなぁ」
これ以上この場に留まるとロクなことが起きないと予測。
さりげなく、あたかも不自然ではない様子を醸し出しながら明日を引いて立ち上がろうとした彼だったが、椅子の足を宏美の足が邪魔をして立ち上がれずにもう一度席に着く。
「悪い事は言わないからそこにいなさい」
「すんません」
帰ってゲームでもしたいが、ここで逃げ帰った後の方がやばい。
手段を選ばなければ、ここから出ることに対してのみ容易だが、出た後のことは考慮できない。
ブラック企業の残業から逃げるような、この後のアレコレを全部無視して命を捨てる覚悟がなければこの二人から脱することはできそうにない。
内心ガクブルでメンチを切り合うイビリの二大巨頭を見上げ、その姿に逃げないと確認が取れてから宏美は腕を組み、千春は薄ら笑いを浮かべた。
「この幼馴染は私が連れて帰るから、誰にでもよくしてくれるエリート様はこれにまで手を煩わせなくていいの」
日頃の行動が仇となった隙をついてのボディーブロー。
これを言われてはどうしようもない。
幼馴染であることも事実、宏美が学年で頼れる人間として見られていることも事実。
そしてそれら全てを使った上での『テメェ他人だろ』と言わんばかりの圧力。
時代が時代ならアントニオ○木も立ち上がれないでしょう。
「あたしはこれからコイツと約束してるの。ほら? 幼馴染って距離近すぎて頼み事しずらいっていうじゃない」
酷い攻撃だ。
本人が薄々感じている悲しみの事実を何の躊躇もなく掘り起こした。
まさに外道。
元来創作物において、ドラマでも漫画でも幼馴染は大体の確率で負ける。
しかもアオイは他人から向けられる恋愛感情に疎い。
それを共にいる時間が長すぎて余計に自覚できなくなってるんじゃないか?
彼の脳みそには負担が大きすぎたんじゃないか?
と少なからず思っている千春にとって不覚を取るには十分な材料だ。
「私は誰かと違って頼られるし、頼りになるし。ただ家に帰るだけの幼馴染とは違うのよ」
「ちょっと待て、俺はいつからお前に頼み──」
弁慶の泣き所が悲鳴をあげ、机に頭を叩きつける。
今は見ないが風呂に入った時に目にすれば青くなっている事間違いなしの打撲に、声を殺して暴れながら叫んでいるアオイに「何か間違ったこと言ったか?」と殺気のこもった視線を突き刺す。
「それじゃあコイツは──」
勝ち誇った顔で完全に伸びているアオイの首根っこを掴んで引きずって行こうとする宏美だったが、アオイを椅子から引き摺り下ろしたその瞬間、
「ああ! アオイじゃないか! 学校に残っているなんて、よほど剣道がしたいと見える!」
アオイの転がっている一年の教室を勢いよく開き、大声で彼を呼ぶ剣道部主将、高原凛の姿があった。
「残ってるなんて熱心だ。さぁ剣道部に行こうか!」
半ば死体となっている彼を宏美から奪い取るとそのまま意識のないアオイを部室へと引きずって、
「ちょっと待って! えーと、高原先輩? アオイをどうするんですか?」
「もちろん剣道部に連れて行く」
「彼、帰宅部なんですけど」
「知ってる。けどきっとやりたがっていると私は思う」
話を聞かないタイプの人間だ。
どうしてこうまでにアオイの周りには話を聞かない自己中な人間が揃うのか、幼馴染としてもよくわからない。
現状の説明ができそうな本人は意識を失っているし、連れていこうとするのは先輩でしかも剣道部の主将。武力はもちろん無理で話し合いするにも話を聞かないタイプの人間だ。
「とりあえずそいつ起こしてください先輩」
「いいのか? 起きたらうるさいぞ」
それは同意するするしかないが、それでも話が進まないのだ。
ひとまずは起きてもらうしかないと、宏美は首を縦に振ってから早くしてくれと白目を剥いた意中の相手を見ていると、
凛はビンタをお見舞いして彼を覚醒させた。
「ここはどこ、地獄、ああ、地獄か。そっかぁ」
「地獄ではない。私の腕の中だ」
「ははっ、頬が痛いっす。ついでに歯も欠けました。それになんだか足も痛い。あぁ心が苦しい」
思い当たる節が多すぎる言動に千春はなんだか居た堪れない気持ちになってくるが、元はと言えばコイツがアホなのが問題だ。
さっさと自分の気持ちに気づいて告白でも何でもしてくれば全て丸く収まって、ここいらの敵を殲滅できるというのに。と、色々考えていたら腹が立ってきた。
「それなら治療の意味も込めて私と剣道部に行こうか。いいぞ剣道は、お前が教えてくれたんだからな」
否定も肯定する間も無く手刀によって意識を刈り取られたアオイは再び白目を剥いて引きずられていった。
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