第9話 保健室でサボれると思うな
車に轢かれ、自転車にも轢かれた。
二度あることは三度あるということわざが存在するが、こんなこと三度あってたまるかと、憤死の勢いをどうにか収めて真っ当な治療ができる保健室へと転がり込んだ。
道中に道ゆく生徒たちがなぜか快く道を開けてくれたこともあって地面に滴る血液の量は小さなペットボトルくらいで済み、もうすこしあればお陀仏できるところ。
そろそろ顔面が真っ赤に染まり、視界が使い物にならなくなるんじゃないのか? と思われたが、それよりも先に保健室の扉を開いて無駄に整っている棚へと視線を向ける。
すると保健室を根城に陣取っている養護教諭が血塗れのアオイを見るや唇を綻ばせ、怪我人の訪問を大歓迎する。
「少しも見ない暇もなく通い詰めてくれるとは嬉しい限りだ」
そしてあらかじめ彼の訪問を分かっていたかのように用具を手に取って、
「なぁに痛みは一瞬だよ」
■
「随分とまぁやらかしたものだ。こんなもの腕の悪いヤブ医者なら匙を投げてもいいだろうに……私は優しいな」
怪我の治療を終え、またしても着なれた包帯姿へとジョブチェンジしたアオイは「これが取れるのはいつくらいだろうか?」
そして「とれた後はどんな怪我をする羽目になるのか?」と、憂鬱で仕方のない不定形な未来に頭を抱えたくなる。
「一応これでそんじょそこらの医者とは比べ物にならないほど完璧に治療を施した。だから他に当たるなよ、お前の傷は私が見る。それと他の女に見せてみろ……斬るぞ」
「流石に四肢のどれかがまた飛んだら保健室じゃ間に合わなくなりますよ」
保健室でやれる事には限界はある。
もちろん彼女、藤本由依の医療技術は養護教諭の枠を超えているが、大病院と比べれば技術の差ではなく治療のスケールに大きく差が出てしまう。
保健室にあるのは軽い怪我の治療ができるほどのものしか置いていない。
運び込まれた馬鹿な学生の怪我が酷いものだとしてもこの場では応急処置くらいしか出来ず、病院までの中継ぎくらいにしか考えられていないため、本格的にどうにかしなければならない状況の場合は病院に走ったほうがいい。
そう論理的に、ロジカルチックに笑いながら「あるわけねぇだろ」などと馬鹿なことを考えていたアオイだったが、
次の瞬間メスのような何かが腕に突き刺さった。
「………………えっ、なに」
思ったより血が出ていないこと、そして何よりいま何が行われたか理解できない低スペック脳みそのおかげで痛みはさほど感じない。
ただ突き刺した元凶である由依の目が笑い話にはできなかった。
「怪我が増えてしまった。教員連中には私が伝えておくからベットで寝るといい」
「いやそれは物凄く嬉しいんですけども。授業サボれるのは願ったり叶ったりないいことなんですけど……ちょっと離れて、怖い」
手にはハサミを持ったまま片手にを置いてベットへと誘導していく、このあとホラー映画なら絶対に殺される側の人間だろうと全人類が指摘する映像がここにはあった。
だがそんな恐怖の映像の前にまだ見ぬ来訪者が扉を開ける。
「そこで転んじゃっ…………」
「まずは水で洗え、そのあとこの消毒液を使って絆創膏を貼れ。瘡蓋は剥がすな、膿んだりしたら私の沽券に関わる、絶対に遵守しろ」
どこぞの誰かとは違ってまともな怪我人がやって来たと思えば、相手が保健室に踏み入れるよりも先に全ての対処を語りながらそれに必要な道具を放り投げる。
「そして二度と来るな。授業に出ろ」
全てを投げつけられた可哀想な生徒は高速で閉められる重い扉を前に立ち尽くし、消毒液が地面に落ちて転がった。
「…………………………いまの」
「寝ろ」
「怪我人じゃ…………」
「動脈の切り方を教えてやろう。もちろんお前のでな」
「今すぐ寝ます」
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