5.いつだって校長の話は長いものだ。

 私立も国立も、共学も男子校も女子高も、結局のところ根幹は一緒なんだなと思った。


 ひとつ、どんな学校でも学期の始まりは流石に講堂に集まって始業式をする。


 ひとつ、そんな中でも校長先生の話と言うのは必ずと言っていいほど長いものである……まあ、もっとも、今壇上でしゃべっているのは高校の校長先生ではなく、学院組織全体のトップであるところの学院長先生らしいのだが、同じことである。小太郎こたろう改めはなからしてみればどちらも白髪としわと加齢臭にまみれたただの年寄りに過ぎない。


女性だったとしても流石に百合恋愛をしてほしいとは思わないのに、男性とくるからもうどうしようもない。せいぜい期待できる役割と言えば、厭味ったらしい教師のねちっこい尋問じみた“説教”から「ほっほっほっ、どうしましたかな」とか言いながらアルカイックスマイルを浮かべつつ、自慢のひげをひと撫でしつつ救い出すことくらいだろう。そして、華の理想をかなえたこの学院でそんなイベントが発生するとは思えない。


 従ってあれはモブだ。いや、華もモブなんだけど、それ以上のモブだ。言ってしまえば背景だ。ほら、学芸会とかで余った生徒を「木G」とかいってあてがうだろ?あれに近い存在だ。じじいだけに。


 木Gの話なんか聞いていても仕方ない。華は脳内で女神にコンタクトを取る。


『おーい。女神、女神はいるかー?』


 暫くの沈黙ののち、ため息とともに、


『はぁ…………あのですね。私だって忙しいんですよ?そんな「ばあやはいるか?」みたいなノリで呼ばないでくださいよ』


『ごめんごめん……でもちょっと確認しておきたいことがあってさ』


『はあ、なんですか?』


 声が低い。


 こいつあれか?通常は高い声を作ってちぇるっと美少女を演じているけど、実家に帰るとその化けの皮が剥がれる質か?仮にも女神だろう。そんなことでいいのか?


 まあ、今はそんなことよりも重要なことがある。それは、


『いや、お……私、この学校のこと余り知らないなって』


『うわ、意識して私とか言い出しましたよ、気持ち悪い』


 相変わらず口が悪いな、この女神。


『いいだろ別に……間違って俺とか言わないようにするためなんだから。それで、どうなんだ?この学校……っていうか学院ってどんなところなんだ?』


『あれ、それって教えませんでしたっけ?』


『教わってないよ。だからまだ学校名も知らないからね』


『おや、それは失礼。ちょっと待っててくださいね……』


 暫くの間があいたのち、


『ええっとですね……あなたが通う高校の名前は「私立白百合しらゆり学院高等部」ですね。生徒たちは単純に「白百合」とか「白百合学院」って呼んでるみたいです』


『なんか安直な名前だな……』


『知りませんよそんなの……これもあなたの脳内から抽出したんですからね。自分のネーミングセンスを恨んでください。それでですね、この学校は小学校から大学までが同敷地内に存在する学園都市の高校で、ミッション系……ようはキリスト教系の学校になりますね。ただ、実際にキリスト教信者の比率は半分くらいっていったところみたいです。学園内部の生徒割合は初等部、つまりは小学校からの生徒が二割、中学校からの生徒が約三割。後の五割が高校からの外部入学者という感じになってるみたいです。学校の立地自体はそこそこ恵まれていますが、遠方から通うという学生さんもいるので、寮を完備していて、これに入っている生徒が過半数をしめているそうです。それで、』


『ストップ』 


『この寮が……なんですか?質問は終わってからにしてくれませんか?』


 明らかに不機嫌な声を出す女神。が、そんなことはどうでもいい。今、重要なのは、


『今、寮っていったよな?寮があるのか?』


『ええ。寮は一、二年生が基本的にペアで二人一部屋、三年生は一人一部屋与えられるみたいですね』


 一年生と二年生がペア。


 二人一部屋。


 と、いうことはつまり、


『それってさ、一年生に寮の案内とか、生活の手引きとか、そういうのをするのも先輩の役目ってこと?』


『役目……っていっていいかは分かりませんが……まあ、概ねそうみたいですね。だから、後輩はその先輩のいる部活動に入ったりもするみたいですよ…………あの、笹木ささきさん?』


 おかしい。

 なんでそんな制度があるのに、俺は実家通いなんだ。そんなことがあっていいはずないじゃないか。


 そんな思いを、


『なにそれ』


『…………はい?』


『いや、はい?じゃなくて。なんでそんないい制度があるのに、私は実家通いなわけ?おかしくない?ねえ、おかしくない?百合舐めてるでしょ』


『や、舐めては無いですけど……え、そんなに重要なんですか。これ?』


『かぁーーーー!!!!これだから素人さんは!!!!!いいですか?先輩と一緒の部屋ってことはですよ、生活の半分以上を一緒にするんですよ。地方から出てきて足元もおぼつかない状態の一年生に、二年生の先輩が手取足取りですよ。これが百合じゃなかったらなんだってんですか?舐めてるでしょ、百合を』


『いや、だから舐めてないって』


『いーや舐めてますね!いいですか?「あ、あの、お風呂ってどこにあるんですか?」「お風呂?それだったら、部屋を出て右に曲がって突き当りだけど……そうだ、一緒に入りましょうか」「え!?いや、そんな、いいですよ?」「いいのよ、遠慮しなくって、ほら、ここのお風呂って広いから、初めてだと戸惑うと思うから」「え、で、でも」「なあに、緊張してるの?そうだ、なんだったら親睦の証に、体洗ってあげる」「え、えええ!?体ですか!?そ、そんな、大丈夫です!一人で洗えますから」みたいなシチュエーションが満載なんですよ?ドキドキワクワク共同生活ですよ。二人の愛の巣に変貌しても何ら不思議なんてないんです!』


 沈黙。


 学院長の「えー」と「あー」がひたすら多い話が妙に耳に響き渡る、


 やがて、鼓膜がやぶれるんじゃないかというレベルの音量で、


『めんどくさ!!!!』


 息を大きく吸って、


『知らないわよもー!!素人素人っていうけど、そもそも私はそんなものに興味はないんですからね!!ノーマルなの!!あなたとは違うんです!!全て秘書がやりました!!解散!!』


 とまくしたてる。後半はちょっと意味が違ったような気がするが、まあいい。


『ちょっとちょっと解散しないでください。別に何も俺の考えを理解してくれなくってもいいんですから』


『……ほんとに?』


『ほんとですって。寮生活での相部屋は百合。今日はこれだけ覚えてくれれば十分です』


『……覚えたくないんだけど』


 なんだこの女神。学習意欲ゼロか。使えないな。


『じゃあいいです。覚えなくても、とにかく今重要なのは、なんで私がその寮生活をしないのかってことですよ』


『なんでって言われても……脳内から出力したらこうなったんだけど』


『脳内!そのオートマチックなのやめてくださいよ。ろくなことにならないじゃないですか』


 女神は明らかにめんどくさそうに、


『えー……じゃあ、どうすれば満足なんですかー?』


『もちろん、私もそこの寮生になりたいんですよ。そうすれば間近で百合カップルをみられるかもしれないでしょう?おら、ワクワクしてきたぞ!』


 そんな興奮を役所の窓口並みの無機質な対応で、


『はいはい。それじゃ設定変えておきますね』


 ぞんざいだ。扱いが段々ぞんざいになっている。


『あと、こういうのはもうこれっきりにしてね。設定変更するの結構大変なんだから』


『えー』


『えーじゃない!そういうことだから。それじゃ、私は準備があるからこれで』


 それだけ言って女神は一方的に会話(?)を打ち切った。やることってなんだろうか。設定を弄ることだろうか。まあ、それなら仕方ない。暇ではあるが、長いだけで内容の薄い学院長の話を、


「以上で、学院長の話を終わります」


 終わっていた。思ったよりも長々と会話をしていたようだった。

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