20.華はまだ自分が着せ替え対象になる未来を知らない。

 大浴場には本当に様々なタイプの風呂が存在していた。メインとなる大きな浴槽の他にも様々タイプの効能を持った浴槽が点在しており、ちょっとしたテーマパークのようになっていた。生徒たちがその効能を考えているのかは分からないが、各所それなりに利用はされているようだった。


 そんな一角に色が濁ったものがあった。いわゆる濁り湯というやつだろうか。そこに入っていたのは、


「お、はな。華も入れよ。なんか効くらしいぞ、これ」


「なんかって……美肌効果があるって書いてあるじゃない」


「そうなの?」


 虎子とらこと、美咲みさきだった。


 正直、通りかかるんじゃなかったと思った。


 だって、さっきまで二人で入ってたんでしょ?お邪魔しちゃまずいでしょ。きっと温泉でのびのびしながら「美肌効果って、別にそんなの入んなくても十分肌綺麗だと思うけどな」「え!?」「ほら、すべすべ」「ちょっと……やめてよ」とかそういう会話に明け暮れれてほしいんだけどなぁ。うーん……今からでも遅くないから、この温泉のお湯に生まれ変われないかなぁ……


「入らないと、湯冷めしちゃうわよ?」


 おっと。


 流石に両方から誘われて断るわけにもいかない。広さ的には三人で入るにしてもややもったいないくらいだ。邪魔になることもないだろう。


「それじゃ、失礼して」


 と、いうわけでゆっくりと二人と同じ湯船につかる。美肌効果か……そんなことよりも、百合恋愛がはかどる湯とかないかなぁ……。もしあったら、なんとか言いくるめてこの二人をつからせるんだけど。


「はぁー…………」


 いい湯だ。


 じつにいい湯だ。


 ここがたかだかいち私立高校の学生寮だってことを忘れてしまいそうだ。


 虎子が、


「やっぱいいよなぁー……ここの風呂。華。実はな。俺、今年からここの寮に入ろうかなぁって思ってたんだよね」


「そうなんですか?」


首肯。


「そ。まあ結果としては親とか、美咲に反対されて終わったんだけどねー」


 はて。


 美咲に反対される理由とはいったい何だろうか。


 両親からの反対はまあ分かる。具体的な場所は知らないけれど、虎子(と美咲)の実家は白百合学院の敷地からそう離れた位置にはないらしい。そんな好立地に住んでいながら、わざわざ寮に入って、プラスでお金がかかるなど、よほどの親バカか、大富豪でもない限り許してくれないに違いない。だから、そこは分かる。


 けど、美咲は?


 美咲にとっては虎子が寮から通おうが、家から通おうが、全く問題が無いはずだ。むしろ、「寮にいる虎子がちゃんと生活出来ているかを見に行く」というそれっぽい会いに行く口実が出来るぶん、寮にいてくれた方がいいのではないか。


 と、そんなことを考えていたら、美咲が補足をするように、


「だって、寮になんて入ったら、虎子絶対うちにこなくなるでしょ。居心地がいいとかいって」


 そう言いつつ水面に沈み込んでぶくぶくと泡立たせる。多分何か言ってるんだと思うけど、聞こえてはこない。


 ただ、つまりこれはあれか。「他の友達を作っちゃうと、私と一緒にいる時間が少なくなるからやだ」っていうやつか。やだ、尊い……


 そんな内心には全く気が付かない虎子が、


「別に寮でも普通に遊びに行くけどなー。なんだったら、一緒に寮に入ればよかったのに」


「い、一緒に!?」


 ざばりと飛び出すようにして、頭をあげる。一応補足をしておくと、高校の学生寮は原則として一年生と二年生が同じ部屋になるようになっているから、虎子と美咲が一緒の部屋になることはまずないし、むしろ先輩と仲良くなって、関係性が薄くなる可能性の方がよっぽど高くなるはずだ。


 ……はずなんだけど、多分今、美咲の頭にそんな発想はないと思う。そして、そんな悶々とした感情は俺以外には伝わらないのだった。九条虎子。罪な女。小首をかしげてる場合ではないと思うよ?


「ま、でも寮だと門限とか決まってるし、今の形で良かったかもね。家なら別に、多少遅くても文句は言われないしね」


 からっと笑う虎子。なんとなくだが、彼女に寮での集団生活は難しい気がする。まず決まった時間に食事を取って風呂に入るということに失敗しそうだ。あくまでイメージだけど。


「それに、門限なんてあったら、華と一緒に遊べないしな―」


 そう零す虎子。美咲も同調するようにして、


「そうね……ねえ、折角だから、今度の日曜日とか、一緒に遊びに行かない?ディズ○ーランド……じゃなくても、一緒に服を選んだりとか。どうかしら?」


 どうかしら、じゃない。


 なんでその会の頭数に俺を入れようとするんだ。二人で行ってきなさいよ。そんで「これ。似合うかしら」「美咲ならなに着ても似合うよ」とか、そういう甘い会話してきなさいよ。日時だけ教えてくれれば観測器を飛ばしとくから。どうぞごゆっくり。


 ……とは思うのだけど、実際にその説明をするわけにはいかない。かといって、あまりしつこく断りすぎても変な奴だと思われて、それはそれで今後に支障が出るだろう。なので、


「あの、お……私は別に構わないんですけど……お二人の邪魔にならないかなって」


 実際、邪魔になっていると思う。


 虎子と美咲は幼馴染で気心も知れていて、実質百合カップルみたいなところがあるというのに、そこに俺のように無関係なモブ同級生がついていくのは、やっぱりおかしい気がする。


 百合の間に割り込んではいけない。これは鉄則なのだ。例え今は佐々木ささき小太郎こたろうではなく笹木ささき華という、女子生徒だったとしても、その法則は変わらないはずだ。


 とはいえ、それはあくまで百合スキーの考えで、実際には、


「邪魔になんかならないって。むしろいい機会だから仲良くなりたいし、な、美咲」


 と、二人の時間に無関心な虎子に、


「え、ええ。そうね。そうだ、折角だから服を選ばせてもらえないかしら?虎子だと「こんな女の子っぽいのはちょっとなー」とか言って着てくれないのよ」


 最初は少し二人っきりのデートに後ろ髪を引かれていたみたいだけど、最終的には友人を着せ替えたい欲求の勝ったらしい。虎子と二人きりのデートという話には発展しなかった。


 まあいいんだけどね。二人きりじゃないときの、ちょっとしたじゃれ合いもまた、いいものだし。


 それに、「可愛い服を着せたいけど、虎子が着てくれない」という美咲の悩みは正直何とかしてあげたいとも思った。や、俺が着るんじゃなくてね。ほら、二対一なら無理やり押し切って着せることもできると思うんだ。うーん、楽しみだ。その時選んだ可愛い服はぜひとも二人で行くであろうデートの時に着ていってあげて欲しいものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る