21.イケメン女は踏み込まれると案外弱い。

「いやぁ~……いい風呂だったなぁ」


「そうですね。あんなに大きいとは思いませんでした」


 大所帯での入浴も無事に終わり、今は自室(正確には俺と彼方かなたの部屋)に戻ってきていた。寮の消灯時間は十時と意外に早いのだが、彼方曰く「守ってる人はほとんどいないとおもうよ」とのことだ。


 別に教師が巡回しているわけでもなければ、外から逐一チェックしているわけでもないので、実質的には「十時を超えたら騒ぐのはやめようね」くらいの雰囲気に落ち着いているらしいのだった。


 まあ、早いもんな十時。いまどき中学生だってそんな時間には寝ないんじゃないか。なんだったら小学生ですら塾から帰ってきたばかりだったりするんじゃないだろうか。最近は塾通いになる年齢も早くなってるみたいだし。


「どう?一日……って言っても寮に来てからはまだ半日くらいだけど、慣れた?」


 語り掛ける彼方。


 俺は今日一日を思い返しながら、


「慣れた……かは分かりませんけど、取り合えずなんとなくの流れは分かりました」


 本当に色々なことがあった。


 それこそ、一日という区切りで考えるのであれば、事故で死んでアテナに出会い、この世界に転生してくるまでの一連の流れもそのくくりに入ってくるのではないだろうか。


 実際の経過時間は分からないし、女神にはそういった概念はないとも言っていた気がするが、俺の体感だと大体一日くらいなので、そういうことにしておきたい。


 彼方は苦笑いしながら、


「まあ、流石に一日で全部を理解するのは難しいよね。私がここに来た時もそうだったし、おいおい慣れていけばいいよ。分からないことがあったら聞いてくれていいからさ」


「あ、ありがとうございます」


 思わず頭を下げる。良い人だ。きっとモテるのだろう。男女問わずに。でも個人的には女性からモテて欲しい。バレンタインチョコとか、一杯貰って欲しい。手作りのやつとか。ガチ恋みたいな重さのやつとか。


「そういえば、ですけど」


「ん?なんかわかんないことあった?」


「や、そうじゃないんですけど……あの、宇佐美うさみさんって」


「彼方」


 ぴっと鼻の先に指を突き付けられる。


「私、よそよそしいのって苦手だからさ。彼方って呼んでよ」


「え、でも先輩」


「いいから」


「じゃあえっと……彼方、さん」


「おい」


 彼方がぺしと平手で軽く突っ込む。二人して一瞬見つめ合うが、やがてどちらからともなく笑いを零し、


「ま、取り合えずはそれでいいや。本当はタメで話してほしいんだけど……同級生でも丁寧語みたいだし、それでいいや。神泉しんせんさんだっけ?彼女にはタメだったみたいだけど」


 そういえば。


 思い出してみれば、あの女神相手にはいつの間にか丁寧語が取れていた気がする。もっともそれは、向こうの俺に対する扱いが段々ぞんざいになってきているからなんだけど。


 だって、アヒルさんだよ?監視とか言ってるけど、完全に自分のバカンスに来てるだけでしょあれ。仕事しろ、仕事。


「ま、だからタメで話してほしいとは言わないけど。でも、学年の差とか、そういうの関係なしに接してほしいな。折角同じ趣味を持つ仲なんだし、ね?」


 ね?じゃない。


 そのちょっと首を傾げ、ウインクしながらイケメンボイスで囁くのは、その辺の田舎から出てきたあか抜けない女子にやってやりなさい。もっと、こう放っておくとモブっぽい感じの……あ、いっけね。その条件だと一番当てはまりやすいの俺だわ。


 ただまあ、それはモブ側がそれにキュンとして、顔のいい女に一目ぼれすれば成立する話だ。俺の場合はそれよりも、彼女が地味な子に骨抜きにされてヘタレるところの方が見たいんだ。そして、その相談役になるんだ。うん、役得役得。


 と、まあ、そんな思考はさておいて、


「分かっ……た」


「!?」


 彼方の目が大分見開かれる。自分から踏み込んできたんじゃないのかい。


「これから、よろしく……で、いいかな?」


 そんな俺の言葉を聞いた彼方は暫く固まっていたが、やがて、


「あ、ああ、うん。もちろん。よろしくな!」


 手を差し出してくる。俺も差し出し返し、握手。これでルームメイトとして、そして同じく百合を愛するものとしての仲がより深まったはずだ。

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