22.環境が変われば人も変わるって話。

「さて、と。どうする?流石にまだ寝ないよね?整理の続きでもする?」


 そうだった。


 昼間にやったときは、二人がかりだったにも関わらず、二人して百合談義に脱線しまくったせいで、肝心の片づけ自体はまだ半分も終わっていないんだった。


 別に今くらいの状態でも生活自体は出来るには出来るし、ベッドは寮に備え付けのものがあるから、大丈夫といえば大丈夫なのだが、そんなずぼらな性格では良くない。そういうのはベッドの上ではしおらしくなるネコの虎子とらこみたいなポジションの子だけで十分だ。こういうときモブは嫌にきちんとしているものだしね。


「そうだね。やっちゃうことにするよ」


 それを聞いた彼方かなたが、


「ん、手伝うよ」


 こういうとき、さらっと手伝うって言葉が出てくるところがモテる要因なんだよね。見た目だけじゃなくて、心がイケメンってやつ。


 そんなわけで、俺と彼方は、一体どういう原理でここに“存在している”のかも分からない女性ものの服などを中心に整理をしていく。


 幸いにして、既に全て綺麗に畳んであるので、畳み方が分からなくて困る……なんてことはなかったのだけど、これからはどうしよう……別に女装男子か何かではないから、ぼろが出たりはしないんだけど、やっぱりそういうところの知識もつけておくべきだろうか。


 そんなことを考えながら整理を進めていた俺はふと、彼方の方を見る。相変わらずのイケメン具合だけど、その顔には一筋の憂いを感じるような、そんな気がした。


 ぶっちゃけ、慰めたり、悩みの種を聞き出したりするにはまだ関係性が浅い。だから、こういうときはちょっとした世間話やなんかから切り出すのが一番いいと思う。


 と、いうことで、


「彼方……はさ」


「ん?なあに?」


 凄い。さっきまでちょっとあった陰りが一切なくなった。その表情はいつもの、さっきまで見せていた彼方のものだ。


 もし、彼女を攻略しようと思うのであれば、相当難しいかもしれない。こういう「心の奥底にあるもの」を見せてくれない相手が実は一番難しい。若葉わかばみたいに、思いっきり嫌ってくれていて、その原因もしっかり分かっているほうがよっぽど攻略しやすいはずだ。その気は全くないけどね。


「ここに来た時は驚いたって言ってたけど、彼方は高等部からここに?」


 彼方はぶんぶんと手を振って否定して、


「ううん。違う違う。私は中等部から。辰野たつのは初等部からだけどね」


 あれ。


 そこは違うんだ。


 てっきり昔から今の関係なんだと思ってた。


「そうなの?なんで中等部から入ろうって思ったの?」


 正直、なんとなくの質問だった。


 だけど、彼方の反応は、


「まあ、色々、ね」


 大分響きが悪いものだった。明らかに「何かあった」反応だ。


 なんだろう。彼女に限って、小学校での人間関係が上手くいかなかったからなんて理由は無いと思うんだけど。あれ?人間関係が上手くいかなかったってなんだ?彼方はそんなこと一言も言っていないじゃないか。


 まあ考えられる話ではある。小学校で上手くいかなかったから、遠方に進学。もっとも、宇佐美うさみ彼方が、そんな行動とはもっとも縁遠い人物であることもまた確かだけど。


 彼方は逆に、


はなは?」


「え?」


「ここにした理由。高等部からで、しかも推薦の特待生らしいじゃない。どうしてまたそこまでしてここにしようと思ったの?」


 おっと。


 これは困った。


 恐らく一番「理由を答えにくい質問」ではないだろうか。


 いや、答えることは出来るのだ。


 ただ、その内容は「なんか寿命よりも大分早く死んじゃったから、女学院に女性として転生して、百合カップルを見守ることにしたから」という、全て説明したとして誰が信じるんだというレベルのものであって、間違っても彼方に話す訳にはいかないだろう。多分前半部分は冗談として処理されて、「同級生を百合カップルとして認識するやつ」という情報だけがインプットされてしまうに違いない。


 結果としてどういう反応になるかは分からないし、もしかしたらまだ口にしていないだけで、彼方も同級生を「これはもう百合だろ」と認定しているかもしれない。


 ただ、そこのところの認識がブラックボックスである以上、この理由を出すわけにはいかない。そもそも転生ってなんだよってところで止まってしまう可能性もあるしね。


 だから、代わりといってはなんだけど、


「女子高っていうのに憧れてたんだ。寮もそうだけど、そういうのにずっと興味があって、それで、特待生の枠があるならって思って、受けてみた」


 間違いではない。


 女子高に憧れがあるのは事実であり、寮生活というものにも興味があったのもまた、事実だ。


 が、前者に関しては自分が入るというよりも、女子高という空間の独特な空気が味わいたかっただけであり、後者に関しても、寮生活特有の一緒にお風呂に入ったり、一緒に寝たりというイベントに興味があっただけだ。決して、純粋な気持ちではない。


 そんな邪でしかない感情の入り込んだ言葉に彼方はなんだかしみじみと、


「そう、だよね。憧れってあるよね」


 と、なんだか至極納得していた。なんでだろう。



              ◇



 夜。


 既に時計の針は一時をさそうとしているのにも関わらず、眠気らしきものは全く襲ってこなかった。


 ベッドに腰かけるようにして、半分起き上がり、彼方の方を見る。耳を澄ませると寝息らしきものが聞こえてくる。イメージ通り、いびきをかいたりはしないし、寝相が悪かったりもしない。イケメンは、寝ている時もイケメンなのだ。


「上手くいかなかった……か」


 ありえない話ではない。


 地元の小学校で人間関係に失敗し、遠方の中学校へと進学する。その対象が学区外の公立校か、もっと遠くの私立校かは人にもよるだろうが、そういった選択肢を取る場合もある、というのは事実だろう。中学校から高校でもまたしかりだ。


 が、一方で、そういった行動ともっともかけ離れたイメ―ジを持っているのが宇佐美彼方なのだ。

 けれど、彼女のあの歯切れの悪すぎる「色々」を見る限りあながちありえない話ではないような気がする。


 遠方の、しかも寮のある学校へと、ある意味逃げるようにして進学した。今の彼女が持っているイメージからはかなりかけ離れているが、それだって、一日にも満たない会話で得た俺の勝手な印象でしかない。若葉と出会ったのも進学してから一年後の話だろうし、その頃には“今の宇佐美彼方”が形成されていたって不思議は全くない。


 小学校。


 人間関係。


 気が付いたら当たり前のように思い浮かべていたワード。だけど、一体それはどこから出てきたのか。本来彼方からは縁遠いはずのフレーズだ。


 予測を立てるにしても、もうちょっと現実的なものがあったはずなのだ。家の都合とか、両親の離婚とか。いくらでも考えられる。そういった外的要因の方が彼方にはしっくりくる。そのはずなのだ。


 分からない。


 考えて分かるものなのかどうかも良く分からない。


 立ち上がって、部屋の中央にある窓の傍に歩いていき、カーテンの隙間から窓の外を眺める。満月がこの時間帯の主役は自分だとばかりに地上を照らす。遠くから微かにバイクが走り去る音が聞こえる。救急車が道を開けてくれと懇願する。どこかの犬が、酔っ払いを吠えて驚かす。眠気の存在感が消え失せた夜が、更けていく。

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