25.正面突破のド迫力。
「本気にならない……ですか」
「そ。
「そんなん、ほっとけばいいんじゃないの?」
違うんだなー!
恐らくだけど、育巳は何らかの形で、碧が“本気”で描いた絵を目にしたに違いない。それはきっと衝撃的な絵だったのだろう。
ここからは俺の想像になってくるけど、彼女はそれを見てこの学校に進学することを決めたのではないだろうか。とんでもない技術を持っている先輩がいるこの学校に。
ところが蓋を開けてみればどうだろうか。いたのは凄い絵を描き、毎日練習を欠かさない美しい先輩ではなく、ぐうたらと部室を根城にしてだらけるだけの駄目女だったのだ。
かわいそうに。きっと頭の中では相当
結果として先輩のぐうたらに対して敵意を抱く
現状だと好感度はマイナス(割と育巳の勝手な思い込み)なんだけど、俺には、今後の展開次第ではどうとでもなりうる「潜在的百合カップル」にしか見えなかった。最初っから甘々なのも好きだけど、こういう最初は嫌いだった系もたまんないんだよね。よだれが出ちゃいそうだ。形而上ではないやつが。
そんな俺の思考を代弁したわけではないだろうけど、
「多分、そうはいかないくらいの絵を描くんじゃないかしら」
「そんなもんかなー」
美咲は脳内を探るようにして、
「……私もそんなに綺麗に覚えているわけじゃないんだけど、その馬部?先輩って人、確か中等部でも美術部でしたよね?」
彼方が、
「そうだね、そう聞いてる」
美咲はそれを受けて、
「私、見たことあるかもしれないです。その先輩が絵を描いているところ」
「マジ?」
「ホントに?」
彼方と虎子がほぼ同時に食いつく。声には出さなかったが、俺を含めた他の面々の意識も美咲に集中する。
美咲はそんな注目に一瞬びくっとなるも、一つ咳ばらいをして、
「中等部の時に、帰りが遅くなることがあったんです。それで、特別教室棟を通り抜ける形で帰ろうとしたことがあって。その時に一つだけ光が付いている部屋があって。多分美術室だったと思うんですけど、中を覗いたら」
「……馬部先輩がいた、と」
美咲は縦に軽く頷き、
「はい。絵を……描いていました。何を描いていたのかは覚えてないんですけど、なんか、おどろおどろしいというか。そういう絵でした。それを凄い勢いで描いていて。キャンバスなんて破れるんじゃないかってくらいの勢いで。それを見て、私、怖くなって、音を立てないようにして、帰ったんです。それ以降、夜は特別教室棟をあまり通らないようにしてるんです」
沈黙。
正直、これで大体の自体は見えてきたような気がする。
馬部碧は間違いなく天才なのだろう。一色育巳の実力や審美眼が分からない以上どれくらいのレベルにあるかは分からないけど、恐らくはかなりのレベルにあるはずだ。
けれど、ある理由があって、それを発揮できていない。
その理由はまだ分からない。
ただ、それと現在絵を描かずにただだらけていることは決して無関係ではないはずだ。
意識的か、無意識的か。彼女は“絵を描くこと”から遠ざかっているのは間違いない。実力があって、鬼気迫る勢いで(しかも遅くまで)部室で一人絵を描き続けている人間が、数年で熱意や執念を失ってしまうというのはちょっと考えにくい。
そうなると重要なのは“なぜ彼女は絵を描かなくなったか”だ。
これを探るのは正直至難の業と言っていい。意識的でなかったとしても、実際に絵を描かなくなっているということは、その理由にはまず間違いなく触れたがらないだろう。正面から聞き出してもはぐらかされるのが関の山だ。
そして、育巳は恐らく「正面突破以外の方法を知らない人間」だ。嫌いだとこんなところで公言してしまうあたり、頭で色々こねくり回して、策を講じるということはあまり得意ではないのだろう。そうなってくると、この関係性はいよいよ平行線を辿ってしまうし、このままだと碧の卒業まで……いや、下手したら死ぬまで秘密は明かされない可能性すらある。
さて、どうしたものか。
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