24.大嫌いは意識している証拠なんだよね。
それからの学園生活は意外なほど順調に進んでいった。
正直、不安が無かったわけじゃない。年齢的には既に履修した内容をさらうだけとはいえ、学生時代ろくに勉強をしていなかった身としては、授業についていけるかという部分がまず不安だった。
が、結果として、そこに関しては全く問題がなかった。
ぶっちゃけついていけないならついていけないで、勉強会を催したりするいいきっかけになったような気はするのだが、その必要性は全くなかった。
自分でも驚くほどに授業の内容が完璧に理解出来る……というより既に知っている内容ばかりだった。
これに関しては暫くしてからアテナに「だって授業内容とか興味ないでしょ?だからその辺は既に“知ってる”ことにしておいたから」と説明された。大分至れり尽くせりである。ごめんな、話半分とか言って。でも段々と丁寧語が取れてきて扱いがぞんざいになってる気がするんだけど、気のせいかな?
それ以外でも特に問題は発生しなかった。
男から女に変わったわけだからもっと様々な問題が噴出するかと思っていたのだが、どうやら杞憂だったらしい。
下着の付け方や、服の着方が分からなかったりすることもなければ、間違って男子トイレに入ってしまうという失敗もいまのところ犯していない。後者に関してはむしろ問題しかないような気がしないでもないのだが、この世界でそれに気が付けるのは俺とアテナだけなので、ノーカウントで良いだろう。
所謂“女の子の日”とやらも今のところ来ていない。もしかしたら実装されていないのかもしれない。実装という言い方が正しいのかは分からないけれど。
そんなこんなで、女学院での
そんなわけで、当初から感じていた不安は見事に杞憂に終わり、そういう意味では実に順風満帆な学院生活を送っていると言えた。
そう。
想定していた範囲では。
「華ちゃん。あーんして、あーん」
「ぷぷぷ。あーんだって、あーん」
「虎子もあれくらいやってくれてもいいのに……」
「ん?なんか言ったか?」
「お姉さま!私のも、あーんです!むしろ、私をあーんしてください!」
「ははは、弁当だけ頂くよ」
なんだこれは。
時は昼休み。
ところは学校の中庭。
学生の憩いの場として整備された空間には様々な関係性の生徒たちが思い思いの場所で昼食を取ったり、休憩をしたりしているのだが、その一角。遠目でも目立つ人数の集団がいた……つまりは俺らだ。
参加者は発言した順に
学年的には彼方だけひとつ上に当たるのだが、いい意味でそれを感じさせないのは彼女のキャラクター故なのだろうか。いざとなれば保護者になるけれど、今は気のいいお姉さんのような感じで昼食を取っている。
余談だけど、中庭に備え付けられている机と椅子は最大でも6人くらいが限界という大きさなので、若葉は自ら折りたたみの椅子を持ってきて、彼方の近くを陣取っている。何ともたくましいことだ。でも多分あの思いは成就しないんだろうなぁ。
「華ちゃん。私のお弁当。食べてくれないの?」
そして、もっと問題なのは彼女、夢野
「いや、食べる。食べるよ」
夢野の表情がぱあっと明るくなり、
「よかった。それじゃ、あーん」
それさえなければなぁ……。
いや、いいんだよ。あーんってしてもらうこと自体はそんなに嫌じゃないんだ。だけど、それを受け入れると完全に夢野陽子×笹木華っていう図式が成立しちゃうじゃないか。それは本意じゃないんだ。俺はあくまで百合カップルを眺めていたいだけで……あれ?眺めるだけなら別に特定の相手とくっついててもいいんじゃないか?
いけない。
それ以上はいけない。
そのルートを選択することは必然的に他の子からのベクトルも自分に向きかねなくするってことだ。
今でこそ幼馴染だから仲が良いくらいの感じだけど、ここにちょっとでも恋愛要素が加わろうものなら、自分にも可能性有りと考えて、積極的アプローチをかけてきそうな相手が数人いるんだ。それは非常に良くない。
見ろ。そんなに気にしてないですよ的な素振りはしてるけど、虎子も美咲もこっちをなんとなく見てるし、彼方はさっきから若葉の言葉を無視し続けちゃってるじゃないか。
おかしい。君たちの視線はこっちに向くべきじゃないだろう。特に前二人はカップル成立みたいなものなんだから、存分に自分たちの世界に浸っててちょいだいよ。俺はいいから。
困った。
このまま「あーん」を受け入れるのはあまり良くない気がする。
かといって、拒んだら拒んだで夢野が落ち込むのは目に見えている。
だけど、どういう言い訳を使っても必ず最終的にはここに急旋回して戻ってくるのもまた、目に見えている。
回避不可能のイベントだ。タイムリープしてやり直しても同じことになるに違いない。
なにか良い話題はないものか。
強引ではなく、なおかつこの状況を曖昧に出来る話題は、
「あいつホント嫌いなのよ。お高く留まっちゃってさぁ!」
「
あった。
中庭中……とまでは言わないまでも、そこそこ響く声での「ホント嫌い」。フレーズだけを見ると犬猿の仲に対する辛辣な評価にもとれる。でもね、覚えておくといいよ。「大嫌い」とか「絶対に殺してやる」っていうのは最終的に「大好き」に変わるからね。百合っていうのはそういうものなんだ。不思議だね。
そんな微かな百合の香り(※華が勝手に感じたものです)を感じ取ったのか、彼方が、
「おーおー……やってるねぇ」
「知ってるの?」
彼方は縦に頷いて、
「もちろん。二年A組の一色
若葉が補足を入れるようにして、
「美術部で、コンテストでの入賞経験もあるんじゃなかったでしたっけ?」
「へぇ」
なるほど。
結構凄い人みたいだった。
でも、
「……そんな人がなんであんなに?」
「三年E組、
「…………はい?」
「彼女が敵視している先輩の名前。同じ美術部の三年生だよ」
「美術部の先輩を敵視ってことはライバル関係ですか?」
ライバル関係。
百合としては美味しいところだ。「あいつには負けられない」「あいつにだけは負けたくない」。そんな負けず嫌い的な感情はやがて、「あいつの実力を分かっているのは私だけ」とか「あいつを負かせるのは私以外ありえない」といった独占欲的な感情に変化していって、最終的にどこかで相手の信念に触れて、今までずーっと敵として意識していた感情が一気に「好き」って感情に変換されて、それでも認めきれないで、ついつい冷たい態度を取っては落ち込んだりしちゃうんでしょ。いいなぁ。そういうの凄く好きだよ。
と、そんなどこからともなく湧き出た百合妄想をよそに彼方は、
「違う違う。むしろ逆。馬部先輩が全然本気にならないんだよ」
さらりと事実を告げる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。