12.案外地味な子とくっついたりするものだ。

「わぁ……」


「ここから半分が大体私のスペース。で、残り半分がはなのスペース……って感じでいいかな?」


「あ、はい」


 驚いた。


 外観から感じるイメージよりも、エントランスは確かに豪華だった。そして、建物の構造が、大分奥に広い形になっているのも理解していた。さらには、各部屋ごとの扉がいやに離れているのも、分かっているつもりだった。


 が、これはどうだろうか。


 今、俺の目の前に広がっている光景はおおよそ高校の学生寮という領域を超えているのではないか。


 部屋の広さは軽く十畳を超えているように見え、備え付けのベッドや机などの基本的な家具の分を除いてもまだ、相当の広さがあった。


そのうち左手半分は彼方かなたのスペースと言うことで、既に私物が置かれていたが、右半分は俺──笹木ささき華のスペースということで、いくつかの段ボール箱以外は一切のものが置かれておらず、セルフビフォーアフター状態になっていた。ただ、その私物が置かれた彼方のスペースですら、まだまだ余裕が感じられ、相当の広さがあることがうかがえる。


 それだけではない。この部屋に通されるまでに彼方から説明を受けたが、トイレにお風呂、キッチンに冷蔵庫と、生活に必要な一通りのものは揃っているといってよかった。


学校の方針としては自立して、生活できるように、必要なものは全て揃えるということらしいが、この部屋に慣れていると、逆にいろんなところで苦労しそうな気しかしない。いや、大丈夫か。ここに通っている生徒の大半は、それはそれば莫大な学費を払える家庭の出らしいし。


 そんななんとも無意味なことを考えてしまうくらいの広さを持った学生寮の一室。ここに通されるまでに、彼方からは、様々な説明を受けた。



               ◇



「る、ルームメイト……ですか?」


 思わず復唱してしまう。だってルームメイトということは、


「そうだよ?私、二年生。君、一年生。二年生と一年生が同じ部屋になるっての、聞いてない?」


 聞いてないわけがない。


 と、いうか、そのシステムは半分以上俺が作ったようなものだ(残りの半分はアテナが一瞬でやってくれました)。だから、問題なのはそんなシステムの話じゃなくて、


「ってことは、宇佐美うさみさんは、先輩?」


 彼方かなたは軽く頷いて、


「そうだよ。ま、先輩後輩とか固いこと言わないで、同じ部屋で暮らす友達と思ってちょうだいな」


 なんともフレンドリーな人だ。


こういうタイプもモテるんだよなぁ。だけど、この場合はどっちかというと「男だったらほっとかないんだけどなぁ」っていうタイプのモテ方だ。もちろん女子からのバレンタインチョコももらうとは思うけど、それらの大半は「推しに貢ぐ」という感覚で行われるものだ。要するに対等じゃない。


多分だけど、成績も優秀ならば運動も出来るであろう彼方は女子から尊敬のまなざしを向けられているに違いない。ただ、それはあくまで尊敬なのだ。一人の女性として彼女にするなんて考えてもいないハズだ。なぜなら高嶺の花過ぎるから。


 結果として彼方みたいなタイプは意外と彼氏や彼女が出来た経験が無いし、一回出来るとすっごいデレるし、滅茶苦茶ヘタレになるのだ。ああ、見てみたいなぁ。こういう完璧な女子が一人の何でもない女の子に骨抜きにされてるとこ。


「しかし……始業式から大分時間がかかったけど……やっぱ迷った?」

 そうか。


 それがあったな。


 彼方はどうやら俺が校舎からここまでの道のりで迷ったと思っているらしい。


いや、迷っていたには迷っていたのだ。ただ、それは道に迷ったわけではなく、百合思考という名の泥沼に迷い込んでいただけなのだ。どっちかというとさまよっていたという表現の方が正しいかもしれない。一度思考が落ち着いてからはここまで全く迷うことなく歩いてきている。もしかしたら、上級生である彼方よりも、敷地内の地図に関しては完璧に熟知しているかもしれない。


 なので、迷ったかというとなかなかに難しいところで、


「えっと……迷った、わけではないんですけど、敷地内を色々見ていたら、こんな時間になってしまって」


 嘘ではない。


 実際、考え事をしながら、敷地内の景色を眺めては「綺麗だなぁ……」と心が洗われていたのは事実である。その後に「この綺麗な背景をバックにして可愛い子二人のキスシーンとかあったらこの目に焼き付けたいなぁ」というとんでも仕方がない思考が付いて回っていたことは、まあ、いいだろう。仕方の無いことなのです。


 そんな苦し紛れの言い訳に近い言を聞いた彼方は実に納得し、


「あー分かるかも。ここって無駄に敷地内の建物とか凝ってるもんな。分かる、分かるよ」


 と、両肩をがっつり掴んでうんうんと頷かれてしまった。そんなに共感してもらえるとは。

 彼方は「おっと」と言いつつ手を放して、


「こんなとこで立ち話もなんだし、取り合えず部屋、行く?」

「は、はい」


 なんだろう。


 内容としては「ここで立ち話するよりも、自分の部屋に行って落ち着いた方がいいでしょ」という意味なのだが、「ちょっとそこで“休憩”してこっか。大丈夫、痛くしないから」みたいな感じに聞こえるのはなんでだろうか。これも彼女のカッコよさがなせるわざなのだろうか。可愛いというよりかっこいい。美少女というより、イケメンって感じだよね。でもこういう人が可愛い子の彼女やってるのってものすごく映えるんだよな。

 

 俺の思考回路が、そんなしょうもない妄想に脱線している間も、彼方は淡々と寮生活に関する説明をする。


「そうだ。ここのシステムについて軽く説明しておくね。食事は三食ついてて、食堂で、学生証をタッチして、食券を買うことで、どのメニューでもお金は不必要。昼食に関しては食堂に食べに戻ってきてもいいけど、購買部で買っても大丈夫。その場合も1000円までは学生証を出すことで無料になるから安心して。私なんかは結構帰ってきて食べちゃうけど、購買部で買って中庭でって子も多いよね。一回寮に帰ってきた後は私服に着替えてもいいし、学外に出かけても大丈夫。ただし、門限が午後の七時になってるから、それよりも遅くまで出かける時は申請を出すこと。よほどとんでもない理由でもなければ通るから安心して。お風呂は全ての階に大浴場があるから午後の六時から九時までに入ること。それ以外の時間にお風呂に入りたくなったら部屋のものを使うこと。このくらいかな。どう、何か気になることはあった?」


 あった。


 ありまくった。


 やっぱりというべきか、お風呂は大浴場なのだ。


 どうなんだろう。


 確かに今の俺は笹木ささき華という女子高校生だ。大浴場で同級生と裸の付き合いをしたってなんの問題はない。


ないのだが、その実脳内は佐々木ささき小太郎こたろうのままだ。ただ、それを証明するすべは一切ないし、実質この世界では女性として扱われるわけだから、何の問題もないのかもしれない。


 と、まあそんなことに悩んでいると、


「ま、なんかあったら言ってくれ。私に出来ることならなんでもするからさ」


 ん?今何でもするって言ったよね?


 まあ、いい。


 あまり深く考えるのはよそう。最悪部屋にも風呂はあるから「あまり人に肌をさらしたくなくて」という理由をつけるという手もある。一体何に悩んでいるのか自分でも分からないが、そもそも女性として転生している時点でそれ以前の問題な気がしないでもない。

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