Ⅳ.寮生活はじめました

11.興味があるのは裸より裸の付き合い。

「すっかり遅くなっちゃったな……」


 思わずつぶやきながら、一人、学生寮へと向かう。


 結局、あれから俺は暫くは固まったままだったようだ。物陰に移動していたことに加えて、直帰する生徒の集団が下校する時間は既に過ぎ去っていたこともあって、俺は誰にも声を掛けられないままずーっと学院の下駄箱付近で立ち尽くしていたらしい。


 いくら虎子とらこたちの百合の波動が強かったとはいえ、まさか、その場で固まってしまうとは思わなかった。いかんいかん、本物はどうも刺激が強すぎる。とはいえ、これからこういった場面を何度も目撃することになっていくわけだから、慣れていかないといけない。大丈夫かな……正直学生生活よりもこっちの方がよっぽど不安だ。


「これも使えることが分かったしな」


 右手を広げて、手元の“それ”を確認する。


 定点観測器である。


 正直なところ、アテナが、しかもあんな唐突に取り出して渡したアイテムということもあって半分くらいは疑ってかかっていたのだが、なかなかにトンデモアイテムだった。


 場所が場所なら色んな活用法がありそうな気がするが、今のところ百合カップルののぞき見くらいにしか使う予定はない。ちなみに、さっき意識を取り戻したタイミングでは虎子の手元と、数学か何かの教科書とノートが広げられた光景が脳内にお届けされていた。よく耳を澄ませてみると、たまに虎子の寝息が聞こえてきていたので、多分予習でもしながら寝てしまったのだろう。


 そんな映像を脳内に流されてもなにも嬉しくはないので、定点観測器自体はさっき回収したのだが、これ、使い方によっては大分よろしくない代物なのではないだろうか。女神が渡してきたものであり、こういう使い方をするなという指示は一切無かったので、その使い方は俺に一任されているということだろうが、これ、女子生徒に向かって飛ばしたうえで、俯瞰モードに設定してやることで、女風呂を覗くことだって、


 女風呂。


 そういえば、寮の風呂はどうなっているのだろうか。通常だと、各部屋に風呂が備え付けられているのではなく、大浴場のようなものが整備されていて、そこにみんなで入りにいくというシステムのことが多いような気がするのだが、その場合、中身は未だに男性のままな俺が、女風呂に入ることになるのだが、そのあたりはいいのだろうか。


 いや、本来の寿命と実際に死んだ年齢の差があまりにも大きいからサービスだと言われればそうなのかと思わなくもないけれど、それにしたってどうかと思わなくもないのだが、どうなんだろう?


 まあ、いいや。正直興味があるのは誰か個人の裸とか、入浴シーンよりも、「○○さんまたおっきくなったんじゃない?」「そ、そんなことないって」「そんなことあるって。ほら」「きゃっ!?やめてよもー」「うわすご。こんな大きくなってまあ……あれか?毎晩誰かに揉んでもらってるのか?白状したまえ、ほれほれ」みたいなやり取りの方がよっぽど見たいので、もし一緒に入浴することがあったとしても出来れば俺には構わないでくれると嬉しいな。なんだったらそのタイミングだけ風呂の壁に擬態出来ないかな。アテナに頼んだらやってくれないだろうか。多分凄い嫌な顔をしそうだし、こんどこそやってくれなそうな気がするけど。


「ここか」


 そんなことを考えていたら寮にはあっさりついた。


 学院は敷地内全体が割と西洋風に作られており、レンガ壁の建物や、中世ヨーロッパをほうふつとするデザインの街灯や、良く知らない名前の、西洋を原産国とする花々が整備された花壇などをそこいらじゅうで目にすることが出来る。


 そして今、俺の目の前にある高等部女子寮も例外ではない。


 壁はレンガで、建物のつくりはやはりどこか西洋のお城を思い出すようなビジュアルをしている。外観からするに地上は三階建て、地下は分からない。


 後で知った話だが、高等部に限らず学生寮というのは、申請さえすれば使えるAVルームや、会議室なども備えていて、単純な寝泊まりする場所以上の機能を兼ね備えているらしかった。流石と言うべきだろうか。


 当然これらを維持するべく、学費はそれなりの値段になっているらしいのだが、俺(と夢野ゆめの)は特待生で入っているため、それの大半を免除されているらしかった。なんて都合のいい。と、いうか、別に特待生である必要はなかったんじゃないのか。俺の脳内よ。


 エントランスを入ると内部は外観よりも更に豪華だった。広々とした空間は高級ホテルのホワイエと遜色ないレベルで、それはそれは高そうな机と、高そうなソファーが意味ありげに備え付けられていて、何人かの生徒が座って談笑している。


 天井には立派なシャンデリアが備え付けられ、二階部分へと至る階段は螺旋階段となっている上に、しっかりと絨毯がひかれていた。あれが一体いくらするものなのかはあまり考えたくはない。現実世界なら一歩歩くのも恐れ多い空間だが、なんせここは俺の脳内から作り出された空間だ。遠慮をする必要はないだろう。


 そんなことを考えていると、


「君」


 見慣れない女性から声をかけられる。


 身長は……どれくらいだろう。170cmくらいはあるだろうか。女性にしては結構高身長に見える。


 既に下校を済ませていることもあってか私服に着替えており、ジーパンに、白のシャツという実に簡素な服装だが、絵になるのは本人のスタイルの良さによるものだろうか。


 黒髪を頭の後ろで縛っているが、その長さからして、ほどいたとしてもせいぜい肩より上か下かというレベルの長さに見える。


 誰だろう。


 その落ち着きぶりからして、先ほど入学を済ませたばかりの同級生と言うことはなかなか考えにくい。上級生か、あるいは教師。それでもなければ学校のOGか。


 女子は四角い黒縁眼鏡の位置をくいっと直して、


「もしかしてだけど……笹木ささきはなさん?」


「え、」


 俺(この場合は私か)の名前をずばり、言い当てた。


 目は口ほどにものをいう、ということだろうか。


 俺の反応を見た女性はにかっと口角を上げ、


「やっぱりか。どうしたのさ。随分と遅かったけど。道、迷った?ここの敷地って無駄に広いからねー」


 はははははは。


 笑ってみせる。


 いや、笑いごとではない。


 少なくとも俺にとっては全く笑えない。


 まず、この人は誰だ?どうやら俺のことを知っているようだが、正直見覚えがない。


 教師や、寮母の類だろうか。それならば理解できなくはない。俺が今年入ったばかりの一年生で、ここの寮に入ることも知っていてもなんらおかしくはない。ないが、まだそうと決まったわけではない。


 まずは名前を聞いてみよう。


 話はそこからだ。


「あの」


「ん?どした?」


 なんとも明るい対応だ。ポジティブシンキングとネガティブシンキングの比率が極端に前者に寄ってそうだ。


「いや……お名前は……」


 女性は「いっけない!」と額を叩き、


「私は宇佐美うさみ。宇佐美彼方かなた。白百合学院高等部の生徒。学生寮の部屋は201号室……つまりはこの仰々しい階段を上がった先の一番最初に出てくる部屋。そして、」


 そこで言葉を切って、


「君の──笹木華のルームメイトでもあります。よろしくね」


 そう言い切った。

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