15.大嫌いはそのうち好きになるんだよね。

「ごめんねー、結局整理全然進まなかったね」


「いやっ、全然大丈夫です。あれくらい」


 彼方かなたとの百合トークがひと段落し、時間もちょうどいいということで、俺たちは二人で食堂に行くことになった。


 夕食は風呂の時間と全く同じで、六時から九時の間に取ることとなっているらしい。彼方曰く「両方を合わせて時間を長くとることで、混雑を緩和しようとしてるみたい」とのことで、各々好きなタイミングと順番で夕食を取り、入浴を済ませるのだそうだった。


 このあたり、人によって好みは様々で、例えば彼方の友人には六時になると同時に一番風呂に入り、食事もさっと済ませて、自分の部屋に戻ってしまう子もいるらしい。


 ルームメイトと時間を合わせる必要性は一切無いようなのだが、彼方は「初日だから」ということで一緒に食事を取ることにしてくれた。俺からしてみれば、折角趣味も合うのだから、これから毎日一緒に夕食を取りたいと思うのだが、それをやってしまうと、要らない勘違いをされてしまいそうな気がしないでもない。俺はあくまで観測者、モブでありたいのだ。恋愛沙汰に巻き込まれるのはちょっとごめんだ。


 と、そんなことを考えながら歩いていると、


「ああーーーー!!!!」


 大きな声がした。


 背後からだ。


 俺と彼方が二人揃って振り向くと、


「…………誰?」


 俺は知らなかった。


「なんだ、辰野たつのか」


 彼方は知っていた。まあ、当たり前か。彼女の方が一年先輩にあたるわけだから、知り合いも多いはずだ。


 同級生だろうか。それにしては身長を含めて印象が若い……というよりも幼いような気がする。


 髪は所謂ツインテール。色は紫。やや吊り上がった目と言い、一発目の印象は「ツンデレツインテール」という感じだ。胸は当然のように「まな板」という表現を使うのが正しいくらいの真っ平具合で、縛っているリボンはやや大きめの赤いものだった。こういう子に限って、心にダメージを負った時は案外しおらしかったりするんだ。そして、いがみ合ってたはずの女の子に慰められてころりと落ちちゃうんだよ。可愛いね。


 辰野、と呼ばれた彼女は表情を思いっきり柔らかくして、彼方に近寄ると、抱き着いて、


「お姉さまぁ~…辰野は、辰野は寂しかったです~」


 やだ、この子。ガチレズツインテールじゃない。


 先ほどまで出ていた敵意は全くなく、牙も抜かれ、龍というよりはむしろ飼い猫である。彼方が顎とか撫でてあげたらごろにゃーんとか言いそうだからちょっとやってみて欲しいまである。


 彼方はそんな彼女の頭を撫でつつ。


「えーっと……紹介するよ。この子は辰野。辰野若葉わかばはなと同じ一年生。仲良くしてやってくれ」


 同級生だったのか。


 まあ、「お姉さま」と来た時点で、彼方よりも年齢が下の可能性は高かっただろうし、この寮に自然と出入りしている時点で、残る可能性は新入生しかありえないんだけど、世の中広いからな……同学年の女子を「お姉さま」呼びするガチレズも中にはいるはずだ。


 彼方は続けて、


「辰野。彼女は笹木ささき華。私のルームメイト。同級生らしいし、仲良くしてやってくれ」


 それを聞いた若葉は顔だけ華の方を向いて、


「…………よろしく」


 うっそだぁ。


 絶対よろしくしたいと思ってないでしょ、その目。限界まで好意的に解釈すると「視力が悪いから、目つきが悪くなっている」という可能性も有るけど、


「あの、辰野さんって目、悪かったりします?」


 これには本人ではなく彼方が、


「いや?確か両目2,0とかじゃなかったかな」


 終了。


 これではっきりした。今、若葉は間違いなく俺のことを睨んでいる。


 言葉ではよろしくとかなんとか言っていたけど、きっと本心ではよろしくしたくなんかないに違いない。大方「お姉さまにまとわりつく虫め」とか思ってるんだと思う。


 怖いなぁ……ガチレズの嫉妬怖いなぁ……多分「宇佐美さんとはなんともないですよ」って言っても信じてくれないんだろうな。「お姉さまと一緒の部屋にいて何も無いわけないでしょ!どうせ隙さえあれば押し倒したいとか思ってるくせに。汚らわしい」とか言ってきそうだなぁ。


 うーん、困った。別に俺を好きになってくれなくてもいいんだけど、敵意は嫌だなぁ。


 彼方が釈明をするように、


「ごめんねー。この子、私のことをお姉さまって言って慕ってて。去年は中等部と高等部でバラバラになってたから、よけいなんだと思うんだ。良い子だから、仲良くしてあげてね?」


 と、説明を入れる。ちなみに若葉はその間、俺に向かって「べー」と舌を出してきた。実に分かりやすい敵視だ。


 良くないなぁ。こういう敵視って、なんかのきっかけでころっと好意に変わりやすいからなぁ……どっか違うところに意識が向いてくれるといいんだけど。でも彼方と付き合うってのはちょっとなさそうだよなぁ。こういう組み合わせって大体最終的には程よく距離が離れるもんだしなぁ。


 彼方は諦めたのか、それともこれ以上打てる手は無いと思ったのか、若葉に、


「辰野。晩飯ってまだだよな?良かったら一緒に」


「食べます。ご一緒させてください」


 即答だった。何ともまあ、お姉さま愛の強いことだ。

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