16.当然友人の誘いは断ってから来ている。

 ここまで俺は様々な「規格外」の光景を目の当たりにしてきた。


 敷地内はゴミ箱ひとつとってもその細部にまで意匠が凝らされているし、そこら中に存在する木々や花壇の数々は、都会の一部に人工的に作られた緑ではなく、きちんと回りとの調和も考えられたものだった。


 寮の建物は西洋の城を思わせる作りで、一歩踏み入れれば「これから舞踏会でもはじまるんですか?」と問いたくなるような豪華絢爛さで、俺(と彼方)の部屋は、それに負けず劣らず豪華かつ、広々としたものだった。


 が、それらを見てきてもなお、


「わぁ……」

 

 驚きを隠せなかった。


 彼方かなたに案内されてたどり着いた寮の食堂は、ちょっとしたパーティー会場の様だった。


 朝昼には定食などを提供している窓口には、和食から洋食、果てはどこの国のものかも分からないエスニックフードまでがずらりと並べられ、食べ放題となっていた。この形式は夕食だけだそうだが、それでも十分凄い。いったいここはどこなのだろうか。高級ホテルの晩餐会会場じゃないよな?


 若葉わかばが絶望的に小さい胸をこれでもかと張って、


「ふふん。どうですか?驚きましたか?」


「なんで辰野たつのが偉そうなのさ……」


 彼方が思ったことを代弁してくれた。


 でもね、彼方。それは仕方の無いことなんだよ。彼女はね、俺のことを「恋のライバル」だと思ってるんだ。だから、そのライバルに「取り合えず先制パンチ」をお見舞いしようってことで、若葉は知ってて、俺は知らない情報を見せ付けてるんだ。可愛いね。でも、その可愛さはもっと他のところで発揮してほしいな。


 彼方が説明を付け加える。


「こんな感じで、夜はバイキング形式になってるから、好きなものを取って、好きに食べるといいよ。まあ、あんまり食べ過ぎると太っちゃうかもしれないけど」


 ははは、と「太る」という概念からもっとも縁遠そうな人間が笑い飛ばす。


 ふと、自分の体を眺めて考える。どうなんだろう、この体はきちんと太ったり、痩せたりするんだろうか?いや、普通に考えればそうならなきゃおかしいんだけど、なにせここに来た経緯が経緯だ。案外、「いくら食べても太らない体質」だったりするんじゃないだろうか。そんなことはないか。

 と、なんとも仕方の無いことを考えていると、


「あ、はなちゃん」


 声がした。


 振り返ってみると、


夢野ゆめの


 ヤンデレz……夢野の姿がそこにはあった。どうやら一人のようだ。友人たちは一緒じゃないのだろうか。


「えっと……そちらの二人は?」


 それを見た彼方がさらりと、


「お、華の友達かな?はじめまして。私は宇佐美うさみ彼方。華のルームメイトです。んで、こっちが」


「はじめまして♡辰野若葉っていいます。よろしくお願いしますね」


 ぺこり。


 ええ……おかしいだろう……なんでそんな社交性抜群な挨拶をするんだよ。さっきの何倍も愛嬌を振りまいてるじゃないか。あまりにも扱いが違い過ぎる。


これは、あれか。敵を攻略するにはまず周りからだと思ってるのか。それとも、取り合えず猫をかぶって様子を見てるのか。怖いなぁ……手段を選ばないレズ怖いなぁ……


 二人の挨拶を聞いた夢野は、


「ルームメイト…………いいなぁ」


 聞こえた。


 聞こえたぞ、今。


 小さい声だったけど、聞き逃さなかったぞ。いいなぁって言ったよね、今。君、やっぱり友情以外の感情を持ってるよね?そういうのは良くないと思うから、早く忘れよ?望み薄いから。ね?


 水面下でせめぎ合う感情をよそに彼方はさらっと、


「そうだ。折角だから夢野さんも一緒にどうかな。ほら、親睦の証として」


「親睦の、証」


 夢野はしばし悩んだうえで、


「ご一緒します。させてください」


 そう答えた上で、視線を俺の方に向けてきた。だから、ロックオンしないでくれって。恋愛感情はもっと別のところに向けようね?

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