14.田舎から出てきた垢抜けない少女は顔の良い女に恋をするものだ。
「……………………はい?」
脳が、理解を拒絶した。
いや、だって、そうだろう。何故か段ボール箱に入っていた、がっつり百合ものの漫画を見られたと思ったら、それを見た寮のルームメイト(しかもイケメン)が、私もこういうの好きなんだよねって。出来過ぎているにもほどがあるだろう。
この世界がそもそも俺の脳内妄想から作られているわけだから、出来過ぎてていいっていう話もあるけど、それにしたっていくら何でも都合が良すぎる。この手の「性格の良いイケメン女子」のことだ。相手を傷つかせないために嘘をつく、というのはあり得る。
仕方ない。
墓穴を掘ることになるかもしれないけど、カマをかけてみよう。
「えっと……
取り合えずはジャブだ。作品を読んだことがあると答えるのなら、内容について掘り下げて聞けばいい。ちなみに『あの花』というのは『あの可憐な悪役に花束を』の略称だ。
「もちろん。なんだったら全巻持ってるよ。ここには持ってきてないんだけどね」
ここには持ってきてないときたか。
怪しいワードだ。どれくらい怪しいかと言えば、「宿題はやったんだけど、持ってくるのを忘れた」くらい怪しいワードだ。限りなく黒に近い。けれど実際は一応グレーというぎりぎりの回答だ。
それならこれはどうだ。
「そ、そうなんですか……あの、誰が好きとかありますか?」
少し説明をしておくと『あの花』はオムニバス形式の百合作品で、作中には色々なタイプの百合カップルが出てくるのだ。ただし片方は必ず悪役。悪役と言うのはどうしてこうも心をひきつけるのだろう。これってトリビアになりませんか?
そんな問いに彼方は、
「うーん…………悩むけど、やっぱりココアちゃんかなぁ」
わかる!
思わず脳内でうんうんと相槌を打ってしまった。危ない危ない。いくら俺の好きなキャラクター名を出してきたからと言って、彼女が気を許していい相手かは分からない。
ココア(フルネームは
そんな俺の心模様など一切知る由もない彼方は続けて、
「やっぱさぁ、ああいうこうちょっと芋っぽい子と、影のある美人っていいよね」
「わかる!!」
失礼しました。興奮して、声が出てしまいました。
だが、彼方はそんな反応にも一切ビビったりせずに、
「分かる?分かる?だよねー。やっぱりああいう組み合わせっていいよね。ココアちゃんが健気におしゃれとかしようとするのもいいよねー」
結論。
宇佐美彼方は、シロだ。
いや、もしかしたら、ここまで全て計算かもしれない。ただ、もしそうだとすると、俺と仲良くなるために、事前にそこまで調べていたことになる。
一体この荷物たちがいつここに“出現”したのかは分からないが、事前に開封して、中身を物色し、話を合わせるために調べておいたという可能性もないわけではない。実際俺は、箱を開ける時に「一度開けられた形跡があるかどうか」なんてことには全く頓着していなかったし、多少の痕跡なら見逃していたと思う。
でも。
でも、である。
これはもう、論理じゃない。感覚だ。
感覚でしかないのだけど、彼女は本当に心から“百合”を愛している。そんな気がするのだ。今語った姿が、偽りのものとは全く思えない。
ただ、確かめる必要はある。
だから、
「他には、何が好きですか?」
引き続き、話を聞いてみる。そう、これは彼女が信じられるかどうかを調べるために必要なことなのだ。決して、同好の士を見つけて嬉しいから、交流したいとかそういう話ではな、
「そうだなー……今好きってわけじゃないんだけど、『あの約束を永遠に』は楽しみかなぁ」
「楽しみですよね!お……私もよ……買おうって思ってて」
「お、やっぱり?いやぁ、あれは期待しちゃうよね。なにせ『あの花』の作者も関わってるんだから、期待感マックスだよねー」
前言撤回。
確かめる必要なんて一切なかった。
『あの約束を永遠に』は俺が現実世界で死ぬ前に発売まで一か月だったわけで、それを考えるとこの世界でも発売が迫っているのはおかしいような気もするが、そんなことはもうどうでもよくなっていた。だって、ほら、俺の脳内から抽出したんでしょ?だったら、それくらい都合が良くたっていいと思うんだよね。サンキュー女神。サンキューアテナ。半信半疑とか疑ってごめん。君は立派な女神だったよ。
結局この後、俺と彼方は二人、百合談義に花を咲かせたのだった。当然、荷物の整理なんて半分もおわらなかったけれど、そんなことは全く気にならないのだった。
そういえば彼方のスペースも若干散らかっている気がする。得てしてこういう人種は身の回りの整理整頓がおろそかになりがちなようだった。
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