33.無色のクオリア。
結局、その日はなんとなくの流れで解散となった。
同じ部屋にいる以上会話はするけれど、
優しい人だ。そして、相手のためになるのにはどうしたらいいのかを考えるだけの頭もある。一緒になれたのが偶然か必然かはアテナに聞かないと分からないけれど、彼方がルームメイトで良かったと心の底から思う。
それが一体なんなのかは分からない。
ただ、結果としてその“秘密”は
まる一年だ。
それだけの間、可愛い後輩から絵を描いてほしいと言われ続けていたんだ。
拒否し続けるにはそれ相応の理由が必要なはずなのだ。
“嫌われたかなぁ”
そう呟いた碧は間違いなくわだかまりを抱えていた。少なくとも「してやったり」という感じではないように見えた。彼女もまた、育巳の期待に応えてあげたいのではないか。
けれど、何らかの理由があって応えることが出来ない。だから、のらりくらりと一年間交わし続けてきた。あくまでぐうたらな先輩で居続けた。それでも、なにかしてあげたいと思ったから、育巳に請われれば、絵の描き方だけは教えたんじゃないか?
分からない。
あまりにも情報が足りなさすぎる。
周りから攻めるというのも手ではあるけど、一年間同じ部活で、ずーっと碧の本気を見たいと思い続けてきた育巳ですら知らない情報なんて、どうやって、
「そうだ、観測器」
思い出した。
アテナから貰ったトンデモアイテム。
今は机の引き出しの中に入っているが、あれを飛ばせばいいんじゃないか。人のプライベートを覗き見るような感じでなんだか気は引けるが、これも二人の仲を取り持つためだ。控えめに右手を広げて前に出し、
(観測器、カモン)
呼び方はこれでいいのかと一瞬悩みかけたけど、そんなことを考える暇もなく、観測器が姿を現した。その出現は「飛んできた」とかではなく「現れた」とか「出現した」という方が正しい感じだった。まばたき一つの間にそこの存在していた。マジックみたいだ。
(馬部碧のところに行って)
脳内で命令を出す。すると、すっと浮かび上がって空中を浮遊したと思うと、突然消えていなくなった。一体どういう原理なんだろう。アテナに聞いたら教えてくれるだろうか。
やがて、脳内に映像が流れ込んでくる。寮の部屋だろうか。電気はついていた。三年生ということもあって一人部屋だが、サイズは今いる部屋の七割くらいの大きさだった。流石にそのままのサイズを一人で使う訳ではないらしい。
そんな部屋の机に、碧が向かっている。俯瞰になっているので、何をしているのかは分からない。もっと寄れないだろうか。
(観測器、視点を切り替えて)
指示を出すのとほぼ同時位に視点がころころと切り替わる。どうやら色々なモードがあるらしかった。俯瞰は俯瞰でも後ろから、前から、斜め上から、斜め下からと様々だ。舌からのアングルは完全に盗撮モードにしか見えないんだけど、大丈夫なのか、このアイテム。犯罪になってない?
やがて、視点が机の天板と、一枚のスケッチブックに切り替わる。どうやらこれは碧の目から見えているものをそのまま映しているみたいだった。ちょうどいい。この視点で固定しよう。
(観測器、今の視点で固定して)
絵を、描いているのだろうか。視力が弱いのか、それとも観測器の表示限界がこのくらいなのかは分からないけど、ややぼやけて見える。視界の中央には開かれたスケッチブックと、その奥に写真らしきものが並んでいた。
スケッチブックにはとりとめのない線が引いてある。極めて簡易的な線だったが、風景画だろうということくらいは読み取れた。なんだちゃんと今でも絵を描いているんじゃないか。それだったらもったいぶらずに育巳にも見せてあげればいいのに。
と、そんなことを考えていると、碧が手を伸ばして、視界の外から一本の鉛筆をまさぐるようにして手に取る。そして、しゃっしゃっと、色を塗るようにして動かしていく。簡易的だけど、色も付けるつもりなのか。そんなことを思った矢先だった。
「…………あれ?」
おかしい。
確かに碧は先ほどから色を塗っている。それは間違いないのだ。
ただ、脳内に届く映像は、いっこうに色がついていかない。観測器が壊れているのだろうか。もしそうなら明日アテナに聞かないといけない。全く、初期不良もいいところだ。
やがて、碧が鉛筆をケースに戻し、蓋を閉じる。その瞬間、
「……………………え」
思考が、固まる。
そのケースにははっきりと「色鉛筆」と書いてある。そして、当然パッケージには鉛筆のイラストが描かれている。その、はずなのだ。しかし、実際にはいくつかの色が、
全く、認識できなかった。
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