Ⅱ.モブとしての再出発
3.頭脳は煩悩まみれ、体は女子高生。
通常のラブコメなんかだと、幼馴染っていうのはなぜか主人公のことを毎日起こしに来てくれるものだけど、流石にこの世界ではそうはいかないらしい。
そんなわけで、今、俺はひとり見知らぬ部屋のベッドの上にいた。
いや、まったく見覚えが無いというわけではない。
細かなアイテムは変わっているものの、部屋の構造は比較的生前の自室と近いものだし、持っているアイテムもよくよく見ればそんなに変化が無い。本棚には漫画や小説といったものがずらりと並んでいて、中には見覚えのある作品もちらほら見受けられる。なるほど、基本的な世界観は変わらないらしい。
『もしもーし。聞こえますかー?』
「わっ!って、うわっ!?」
部屋には自分しかいないはずのなのに、いきなり声が聞こえてまずびっくりし、その「びっくりした声の高さ」に再度驚いてしまった。なんだ今の萌えボイス。どっから出てるんだこの声は。
再び耳元で、
『おっと……ごめんごめん。私よ、私。女神。聞こえてるみたいですね』
「うひゃあ」
やめてほしい。
そういう耳元で囁かれる系のには弱いんだ。
女神は呆れ声で、
『そんなに驚くことないでしょ……一応さっき聞いた声なんですから』
「いや、それでもさっきはちゃんと喋ってたし……わぁ……」
『?どうしました?』
「いや……なんでもない」
『……ははーん。もしかして、自分の声に驚いてるってことかですかね?』
図星だった。でも悔しいので話題を変えることにする。
「それで、なんで出てきたんですか?」
『ん?ああ、サポートしようと思って。後、さっきから声出して会話してるけど、別に脳内でも会話できますよ?』
「え?そうなんですか?」
やってみるか。試しに頭に言葉を思い浮かべて、
『こ、こんな感じですか?』
『そ、そんな感じ。誰かといる時はそうしたほうがいいですよー。怪しまれるから』
『それは確かに……』
女神は話を切りかえ、
『それで本題なんですけど……この世界、結構設定が自由にいじれる部分もあって、その辺の要望を聞こうかなって思うんだけど……そうだな……取り合えず名前はどうします?』
『名前決まってないんですか?』
『今は取り合えず
『なにその自動生成したみたいな名前!?』
『いや自動生成したんだけどね』
佐々木花子。
同姓同名の人がいたら申し訳ないが、あまりにも華が無さすぎる。花子なのに。
『で、どうする?変える?』
『変えます』
『即答だね……どういう名前にする?』
さて、どうしようか。
基本的に大事なのは百合カップルであって、その鑑賞者である自分のことは割とどうでもいいのだが、流石に佐々木花子はちょっとない。ただ、「ささき」という響きは自分でも結構気に入っているので、
『苗字は
『おっけー……ささきっと……で、名前は?』
『うーん……』
名前。考えたこともなかった。名前に関する話と言えば、佐々木小太郎という名前が佐々木小次郎に似ているせいでいじられたという負のイメージくらいのもので、特にこれと言ったエピソードはない。苗字は男女で違いはないが、名前は基本的に変わるものだ。漫画やなんかで色んな名前を見てきてはいるけど、流石にそれと同じような名前にするのは恐れ多い。
悩んでいるのを見かねたのか女神が、
『
「はな?」
「そ。花子が嫌なら、華で。漢字も花子じゃなくて、華があるっていうときの華で。どう?」
笹木華。
なるほど、悪くない気がしてきた。
どころか、結構いいんじゃないだろうか。
『いいな。それ。たまにはいいことを言うんだな』
『たまにはってどういうことですか……んじゃ、笹木華でいいですか?』
『もちろん』
『んじゃ、笹木華で……登録っと。これであなたの名前は笹木華になったから、間違っても佐々木小太郎って名乗らないようにしてくださいね。誰も分かってくれないですから』
『大丈夫ですよ。私は笹木華ですからね』
『うわ、私とか言い出した気持ち悪い』
割と口が悪いなこの女神。
『んで、後はおいおいって感じなんだけど、取り合えず基本情報ね。笹木さんは今、両親との家族三人暮らし。毎日お隣さんの幼馴染と一緒に登校しているわ。学校までは徒歩圏内で、こっちは後であなたの頭の中にルートを流し込んでおくわね。んで、学校。あなたは今日から高校一年生。女学院の生徒として学生生活をスタートさせるの。周りにはお嬢様も結構いるようなちょっと格式高い高校だけど、あなたと幼馴染は学力で特待生として入学しているわ』
『ストップ』
『それで……なに?』
『二人とも特待生なんですか?』
『そうよ?』
『なんで?』
『なんで……ちょっと待っててね、今調べるから…………えっとね。もともとはあなたが学力で推薦を勝ち取ろうとして頑張ってたのよ。でも、そんなあなたがひとりでお嬢様学校に行くのは心配だからって幼馴染も一緒に進学を』
『え、ちょっと、そういうのいいんですけど』
『…………どういうこと?』
分かってない。
全く分かっていない。
『そりゃそうでしょう。いいですか?幼馴染の後を追って推薦をゲットして特待生で受かったんですよ。幼馴染が心配だって一心で同じ学校にいくんですよ?これが百合じゃなかったらなんだってんですか?』
『いや、普通に友人を心配して』
『かぁー!!これだから素人は!いいですか!よく覚えておいてください。同じ部活に入るとか、同じ学校に行くとか、同じ行動をするのは最初の一歩なんですよ。でもねぇ、これ、要するに俺でしょ?恋愛対象。そういうのはよくないですよ。だって俺は鑑賞者でしかないんですから。俺が好かれたら見た目が女なだけのただのノンケ恋愛じゃないですか。自分、そういうのちょっといいですわ』
暫くの沈黙。
やがて、鼓膜がやぶれるんじゃないかというくらいの大音量(なお、実際には音は出ていないので鼓膜がやぶれたりはしないのです)で、
『知らんがな!!!!!!!!』
続いてまくしたてるように、
『知らんわそんなの!私はあんたの脳にある情報をそのまま出力しただけなの!そういうめんどくさいのは対応してないの!よその窓口へ行ってください!今日はもう営業時間外です!お疲れ様でした!』
小太郎の耳元で荒い息遣いが聞こえる。変な興奮を起こしそうだからやめてほしい。
『とにかく!そういうことなの!そんな恋愛とかはしらん!以上!細かい情報はあんたの脳内に直接インプットしとくから!好きにやって!解散!』
「あ、ちょっと!もしもーし!」
無音。
聞こえるのは一階で朝食の容易をしているであろう母親の鼻歌だけだ。
ため息。
「…………ま、なるようになるか」
取り合えず、着替えよう。そんなことを考えた直後、当然の事実に思い至る。
「女、なんだよな……」
前途多難とはこのことである。やっぱり空気に生まれ変わらせてもらった方がよかったかもしれない。
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