2.私はモブになりたい。
女神は小首をかしげ、
「そりゃこの寿命差ですから出来るとは思いますけど……え、ちなみに具体的にどういう世界に行きたいとか、何がしたいとかそういうのってあります?」
「そりゃもちろん」
軽く息を吸って、
「百合カップルがいちゃついてるのをただただ眺めていたいんですよ」
「…………はい?」
「ですから、百合ですよ、百合。あ、分かんないか。ちょっと専門的な用語ですからね。いいですか?百合っていうのは所謂女性同士の恋愛のことや、それを題材にした作品のことを指すわけなんですよ。俺はそれが凄く好きでねぇ……でも、ほら、現実だとそうそうお目にかかれるものじゃないじゃないですか。そもそも俺、女の子の知り合いいないし。でも、創作の中だったらいくらでも楽しめるからってことで、ずーっと追ってたんですよ。でも、もし!もしですよ!女学院にモブとして入り込めるならこれ以上ないじゃないですか。あ、でも、完全なるモブだとむずかしいかなぁ……だから、そうですね、やっぱりカップルの親友みたいなポジションがいいのかなぁ。そういうところで相談を聞いたり、ノロケ話を聞いたり。なんだったら、透明になれたらいいなぁって思いますよね。ほら、いくら親友とはいえ、いちゃいちゃするところに居合わせられないじゃないですか。あ、間に割り込むなんてことは考えてませんよ。いるんですよねぇ、良く。間に割り込もうとするのが。ああいうのは良くないですよ。百合はやっぱり見て楽しむものですから、男が間に入るなんて汚らしい真似しちゃいけないんですよ。ね、分かりますよね!」
女神は神様どころかおおよそ女性がしてはいけない表情で、
「なっっっっっっっっっっっっがいわ!!!!!」
まくしたてるように、
「ちょっと聞いただけなのになんなのよもー!間に割り込むとかなんだとか知らないわよそんなこと!どういう世界に行きたいのかを聞いただけじゃない!」
そうだっただろうか。
そうだった気もする。
でも、そんなことよりも百合の尊さを周知する方が重要だと思う。
女神は暫く息を整えるように呼吸をしたうえで、
「……それで?要はその、百合を観察出来る立ち位置にいたいわけね?」
「そういうことです!」
女神は額に手を当ててため息をつき、
「はぁ~~…………こんなめんどくさいの初めてよ全く……大体のやつはハーレム提示すれば食いつくのにめんどくさい……」
そんなことをぶつぶつ言いながら俺の目の前に右手をかざし、
「転生門、オープン!」
刹那。
周りを光が包み込む。
「わっ、と。これはなんですか?」
「転生門。ここから異世界に飛ばすためのものよ。今からあなたを飛ばす世界と、あなたの基本設定を弄っていくの。いくつか質問をするから、質問の内容“にだけ”答えて頂戴」
なんだか一部分が強調されていた気がする。なんでだろう。あんなに素晴らしい話をしたのにお気に召さなかったのだろうか。
女神は淡々と、
「まず転生先だけど……これは女学院でいい?」
「そうですね……あ、出来れば「お姉さま、おはようございます」「おはよう。あら、タイが曲がっているわよ」とかいって直してあげる系の、」
「あ、めんどくさいからその辺の設定はあなたの脳から抽出することにしたわ。だから黙ってて」
酷い。
これはもう思想の弾圧じゃないだろうか。女神がそんなことをしていいのか。
そんな心の声は届かないのか、女神は淡々と、
「あと、あなたのプロフィールなんだけど、取り合えず幼馴染の子がいて、その子を社交的にしておいたから。後は自分でなんとかしてちょうだい」
「お、いいですねぇ。幼馴染の元に色んな子が」
「それで見た目なんだけど」
なんでだ。
なんで話を聞こうとしないんだ。
これだからノンケは。
「どうしましょうか。割と自由に設定できるし、美人にしておく?」
「駄目に決まってるじゃないですか!」
「うわ、めんどくさ」
めんどくさ、て。
女神がめんどくさ、て。
言っていいことと悪いことがあると思うんだ、俺。
ただ、問題はそんなことよりも、
「俺がモテても意味ないんですよ。俺はあくまで鑑賞者なんですから。でも、そうですね……美人っていうか、そこそこの容姿にはして欲しいですね。んで、前髪とかで隠れてて見えない感じの。それを上げると美人なのが見える系のやつ。そんなのでお願いします」
「はいはい、脳内からイメージ吸い上げておきますねー」
そんなお薬出しておきますねみたいな……
ただ、これで全ての設定が終わったのか、
「さて。それじゃ、これからあなたは要望通り女学院の一生徒として生きることになるわ。細かな話は向こうに行ってから私が遠隔で解説するけれど……ホントにいいのね?」
「なんでですか、望むところですよ」
迷う必要性なんてない。これで理想の世界にいけるのだ。寿命より早く死ぬ事例がどれくらいの頻度で起きるのかは分からないけれど、今はその幸運に感謝したい。宝くじなんかに当たるよりもこっちの方がよっぽど嬉しい。
「それじゃ、いってらっしゃい」
それだけ告げて、女神は手元で何か操作をする。ただ、それも今は良く見えない。周囲を包んでいた光は徐々に強くなっていて、先ほどまで真っ黒だった視界は真っ白に早変わりしている。
やがて、意識がぼんやりとしていく。これで理想の世界にいけるのだ。
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