あのときのリテイカー

秋乃晃

「13回目の夏」

 灼熱の太陽。

 本日も真夏日也。

 こんな日はクーラーの効いた部屋でダラダラするのがセオリーというものではありませんコト?


(アツゥイ……)


 秋月千夏、本日をもって23歳!

 4月からの社会人生活のクセで朝7時に起床。

 誕生日だからってお休みをいただいているのに、二度寝するのはもったいない気がするの。

 とはいえ、みんなで集まって誕生日会するわけでもなし。

 というか、ど平日だから誘えるような友達はみんな仕事だし。

 ダラダラするだけならむしろ出勤したほうがよかったかもなの。

 うーん。

 わたしってば知的な美少女だし、土日だと混んでいそうな知的な施設に行くのもありよりのあり。

 美術館とか動物園とか水族館とかいいなぁ。


「ケーキどうしようかな」


 座椅子に座って、スマホをいじりながら誕生日ケーキを何買おうかなんて考えちゃう。

 自分で買って自分だけで食べる。

 あ、寂しくなってきた。

 やめようやめよう。

 社会人になるから実家暮らしおしまい! だなんて意気揚々と実家を脱出しひとり暮らしし始めたはいいものの、自分がやらねば誰もやってくれない家事がどんどん溜まっていく。

 本当は出かけている場合じゃない。

 ってことはわかっているつもり。

 洗濯しないといけないけど、やる気が出ないの。

 うんうん。

 暑さのせいってコトにしておこうね。


「ここはゴミ屋敷か」

「ハッ! そうだ! ゴミ捨て!」


 ナイスー!

 言うほどゴミ屋敷じゃないけどー!

 今日これからやる気が出てきたら片付けますけどー!

 あ、でも片付けたらゴミが出てくるじゃない?

 イタチごっこだねぇ。


「カギはかけていないし、空き缶は散乱しているし、どうなっているんだ」


 昨日帰ってきて、明日は誕生日休みだ! ヒャッハー! 酒だー! 飲め飲めー! と暴れた記憶がかすかに残っている。

 カギかけ忘れていたかもしれない。

 まさかぁ。

 そういやシャワー浴びたっけ?

 とにかくゴミ捨てしないと。

 1週間に2回しかない収集日だもの。


「クリスさんもゴミ捨て手伝って!」


 勝手に玄関から入ってきたクリスさんに呼びかける。

 収集場はすぐそこ。


「俺は手伝いに来たわけじゃないんだが」

「捨てたら話聞くから! はい! 持つ!」


 ゴミ袋を2つ持たせる。

 いやぁ、助かるわぁ。

 1人だと何往復かしないといけないし!


「ゴーゴー!」


 めちゃくちゃ嫌そうな顔をしながら玄関をUターンしてゴミを運んでくれるクリスさん。

 こんなに押しに弱いけど、組織の中では2番目にえらい人!

 親しみやすさでいえばナンバーワン。

 能力は【創造】……“無から有を生み出す”っていうあり得ん強いヤツ。

 ドチャクソ強いのに見た目がちっちゃい(能力の影響で小学5年生ぐらいで止まっているらしい。やるやん。わたしも能力の影響で食べても太らない体質にならないかなぁ)。

 スーツ似合ってなくてかわいい。


「おはようございま……クリスさん!?」

「おはようたーちゃん!」


 うちの向かいには交番があって、警官のたーちゃんはこうやって毎朝挨拶したり、たまにいっしょに仕事したりする仲良しさんなのだ。

 仕事上の付き合いがあるからクリスさんのコトも存じ上げているというワケ。

 たーちゃんが「おはよう」って言ってるんだから挨拶を返してあげればいいのに、クリスさんはたーちゃんをスルーして収集場に直行するとゴミを投げ捨てた。


「何手伝わせちゃってるんですか!」

「めちゃくちゃ助かる」

「何があっても知りませんからね」

「それは警察としてどうなの? 市民を守ってくれないの?」


 クリスさんに限ってそういうことはないだろう。

 朝ですよ朝。

 そんな破廉恥な。

 人畜無害が擬人化して少年の姿になったようなもんだし。

 たーちゃんに通報するようなコトはないよ。


「秋月さん、今日お休みって話してませんでしたっけ?」

「そうだよ! 誕生日だよ!」


 お。

 たーちゃん、まさか何か用意してくれてる?


「誕生日でしたか。おめでとうございます」


 そうじゃなくて。

 お祝いされたのは嬉しいけど違うんだよなぁ。

 違うんだよなぁ!


「いやいや、それはそれとして。お休みなのにどうしてクリスさんが自宅にいらっしゃってるんです?」


 そうじゃん。

 ノリでゴミ捨てさせちゃった。

 なんで家まで来たの。

 休みなの知ってるよね。


「もしかして……」

「もしかして?」

「まさか……」

「まさか?」

「わたしの誕生日をお祝いしに来てくれたんじゃないの!」


 たーちゃんは「えぇ……?」と困惑しているけれど、そうに違いない。

 わたしは今年入ってきた中では1番の有望株。

 なんだかんだで目をかけてきてくれているし。

 そうだよ絶対そう。

 それなら待たせるワケにはいかないなぁ!

 踵を返して自分の家へダッシュで戻る!


「クリスさん! わたし! どんだけ食べても太らない身体が欲しい!」

「そうか」


 クリスさんは床に脱ぎ捨てられたティーシャツを広げて眺めている。

 ちょっとちょっと!

 放り投げておくわたしも悪いけど!


「何見てるんですか!」


 顔から火が出そう。

 1枚ずつ服を拾い上げてランドリーバッグにシュート。

 クリスさんが持っていたティーシャツも奪い取ってぽいっと投げる。


「大体のサイズが合っていないとせっかく作っても無駄になるだけだ」


 先ほどわたしが座っていた座椅子にあぐらをかくクリスさん。

 わたしのティーシャツを見ていて、サイズがどうの。

 服でも作ってくれるのかな。

 ワクワク。


「捨てたら話を聞くんじゃなかったのか」

「はーい、聞きまーす」


 そうじゃった。

 話を聞くんじゃった。

 わたしがローテーブルの向かい側に座ると、クリスさんは空間からブレザータイプの制服を取り出してテーブルの上に置く。

 プリーツスカートも出てきた。


「クリスさんが着るの?」

「んなわけあるか」

「似合いそうだけどちょっとでかいかぁ」

「……話を進めさせてくれないか」


 キレそう。

 カルシウム足りてなさそう。


「どうぞどうぞ」


 どこかで見たことある制服だよなぁ。

 どこだっけ。

 実家の近くで見たような。


「神佑大学附属高校に潜入する、というのが9月からのお前の仕事だ」


 ん?

 高校?

 わたし、大学卒業したよ?


「講師じゃないの? 高校生なの?」

「教師より同級生の方が近付きやすいんじゃないか?」

「わたし今日で23歳になったんだけど?」


 9月から高校生。

 普通に嫌だし?

 わたしじゃなくてもいいじゃない?


「秋月、西暦で何年生まれだ」

「1986年だけど」

「今年は?」


 今年は2021年。

 ……あれ?

 手を伸ばし、財布を取り出して、大学時代に取った免許証を確認する。

 1986年生まれで間違いない。

 保険証も、マイナンバーカードも、同じ1986年8月25日と記してあった。


「でもわたしは23歳なはずだし! 社会人1年目だし!」


 後輩入ってこないし!

 ちょっと待って。

 1986年生まれってコトは、本当は35歳?

 やば!


「この世界は2009年で停滞しているんだ。俗に言う“サザエさん時空”状態だ」


 ふーん?

 ……そっか、1986年生まれのわたしが23歳になったから2009年か。


「時空に干渉できるあるいは時間を操作する能力者が、おそらくこの神佑大附属校にいる。だから【相殺】の能力者である秋月が、」

「別にこのままでよくない?」


 後輩ができないのは残念だけど、わたしは今の生活でいい。

 楽しく仕事できて、仲良しさんに囲まれて、生活はちょっと自堕落だけどすんごく困っているワケではなくて、何よりも老けない!

 クリスさんは若いままだからいいかもだけど。

 わたしはおばあちゃんになっていくし。


「そうくるか」

「うん。未来が明るいとは限らないし」


 2009年の健康状態のまま長生きできるなら、素晴らしいコトじゃないの?

 現状維持、バンザーイ!


「9月1日からお前の席は組織にはなくて、この高校にあるというのは確定しているが」


 ここで上の人権限を使ってくるかぁ。

 やりますねぇ!




【A guilty conscience needs no accuser】








秋月千夏の物語がとうとう始まったね。

まだ“あのとき”がいつなのか“リテイカー”が誰なのか、予想するのには情報が足りないよね。

3日後の次回のタイトルは「あなたは16歳、わたしは23歳」

ぼくも高校生になりたい!

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