「見捨てられた細部」


 作倉さんの命令で、犯行現場にやってきたわたしとたーちゃん。遺体が見つかったのは築三十年のアパートの二階の一室。身元は特定済み。その部屋にお住まいだった浪人生の男の子。南無阿弥陀仏なの。


 わたしたちが現地まで派遣されたってことは、十中八九能力者による犯行とみて間違いないの!

 どこからでもかかってこいなの。


 こっちには現役の警察官のたーちゃんがいるし。

 何かあったらたーちゃんを盾にして逃げるし。


「あらぁ、剛力さんやないの」


 この事件を担当しているおばさ――おばさんって言ったら失礼だから、おねえさんとしておくの――おっほん。あいうえお。おねえさんが、わたしたちに気付いてこっちに近寄ってくる。


「小松警視!」


 その視線に射抜かれるなり、たーちゃんがびしっと敬礼した。

 たーちゃんは警察官だけどこうして敬礼しているのを見るのは初めてかもしれないの。


 相棒のわたしが言うのだから珍しい光景だし。

 様になってるから写真でも撮っておこう。パシャパシャリ。あとで本人にも見せるの。


「ほら、秋月さんも」


 わたしも敬礼しないといけないの?

 ってことはこのおば――あけましてお。おねえさんは、たーちゃんより偉い人?


 ほほう。


 たーちゃんより年上っぽいし?

 いや、案外たーちゃんと同い年だったりするのかも。


 どこで接点があった二人なんだろう。


 たーちゃんは交番勤務。

 大学には行ってない。

 警視っていうからにはいわゆるキャリア組?


 警察の階級、よくわからないの。


「組織の能力者が来るっちゅーから挨拶しとかなと思ったんやけど……」


 たーちゃんではなくわたしに用があるっぽい。

 元から細くてきつめの目つきなのに、より細めてわたしのことを睨みつけてきた。


「ふーん?」


 お? なんだ?

 なんだその「ふーん?」にプラスして勝ち誇ったようなフェイスは何なの。


「野次馬のじゃじゃ馬は牧場に帰りなさいな」


 あっ。

 これはあれなの。


 わたしが馬鹿にされてるの!


「あーっ!」


 罵詈雑言が飛び出すその前に、たーちゃんが「秋月さん!」とわたしの口を塞ぐ。むぐぐ。止めるなたーちゃん。


 ここまでは相棒たるたーちゃんのみじんこみたいな名誉のために黙ってたの。

 わたしが直接馬鹿にされたんなら話は別なの。


 わたしは神佑大学法学部卒、超優秀で未来のエース、期待の新人、最強美少女の秋月千夏あきづきちなつだし。

 こんなバリバリキャリアウーマンとはわけが違うの。


「ずいぶん若い子と付き合うんやね」


 わたしの次はたーちゃんを刺しにきた。

 おばさんについてきたカバン持ちが肩を揺らしてくすくす笑っている。


 たーちゃんが奥さんと娘さんを自身の能力【硬化】でダイヤモンドにしてしまった件、こいつらも知ってるのね。

 それで、そこそこのイケメンなたーちゃんがアルティメットかわいいわたしとセットで来たから、アベックと勘違いしてんの?

 違うし。

 カップルでもないし。


 たーちゃんの動揺がそこはかとなくわたしに伝わるし、わたしから「たーちゃんとは付き合ってないし!」と否定しておくの。


「あらあらぁ『たーちゃん』だなんて呼ばれてますのん?」


 終始馬鹿にしてきているトーンで喋るオバハンなの。

 懇切丁寧に殴り飛ばしても許されると思うの。


 ここで暴れたら公務執行妨害で現行犯逮捕されそうだからやめておくし。

 警視っていう馬鹿強い肩書を持っててよかったなあクソババア!


「本官は秋月さんと協力し、捜査に携わらせていただきます。本官が秋月さんとタッグを組んでいるのは、組織の代表者である作倉卓さくらすぐるさんが決めたものであり、私的な関係は一切ございません」


 たーちゃんが事情をつらつらと述べる。

 こう、キッパリと言われちゃうと、ちょっとだけ寂しいの。

 間違いではないから隣で赤べこのように頷くわたし。


「ほな、秋月さんの見解を聞かせてもらいましょか」


 秋月千夏は美少女であると同時に頭脳明晰なの。

 そりゃあもう見た目はコドモで頭脳はオトナな名探偵ばりに!


 どんとこい摩訶不思議現象!

 まるっともりっとぜーんぶお見通しなの!


「死亡推定時刻は夜中の三時。遺体の第一発見者は大家さん。被害者は毎週火曜の八時までにゴミ捨てに行き、大家さんに挨拶していく。その日はゴミ収集車の来る八時半を過ぎても姿を現さなかった。大家さんがチャイムを鳴らすも返事がない。その時は扉のカギはかかっていた」


 事前に受け取っていた報告書の内容を、たーちゃんが伝えてくれる。

 わたしは窓のほうを見やった。窓も開いていなかったっぽい。鑑識の人たちが証拠を探してぽんぽんしている。


 つまりは完全密室と。


「不審に思った大家さんが合鍵を使って部屋に入ると、被害者はキッチンでうつ伏せになって倒れており、即通報、と」

「なんでキッチンなの?」


 部屋は1K。

 荒らされた形跡はなし。


「おそらくですが、シンクに吐き出そうとしていたのかなと」

「犯人に毒薬を飲まされて、苦しくなってここで吐こうとしてたってこと?」

「俺の推理なんで、真実はご本人に聞いてみないとわかりませんけどね」


 ふむふむ。

 わたしは布団が敷きっぱなしの和室に移動する。


 狭い部屋だし、寝る時には邪魔になってしまうらしく、ローテーブルが壁に立てかけてあった。

 他は小さいテレビがあって、受験の参考書やらいろいろ書き込んであるカレンダーやら。


 特にこれといって特徴的なものもない。


「むむ」


 と、思ったけど、畳の隙間に白い毛がある。

 人間の髪の毛ではない。


「たーちゃん、これって?」


 つまんでたーちゃんに見せると、たーちゃんは首を傾げながら「ねこちゃんの毛ですかね?」と答えた。


 この部屋の中にねこちゃんを飼っていた形跡はない。

 わたしの実家にはねこちゃんがいるからわかるの。


 ねこちゃんがいたら、キャットタワーとかねこトイレとかねこのごはんとかあるはずだし。

 というか、畳で爪研ぎされたら大家さんが困るし。


 絶対ペット不可なの。


「犯人がわかったの!」


 ……ふふふ。

 わかってしまいました!


「これだけで?」


 むしろ、たーちゃんはわからないの?

 犯人もおっちょこちょいさんなの。


 こんなにわかりやすい痕跡を残していっちゃうなんてね。


「犯人は、ねこちゃんに【変身】できる能力を持った能力者なの!」


 どうよ。

 驚きすぎて小松おばさんもたーちゃんも目が点になってるの。

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