「禁断の果実の共通認識」

「どこだここー!?」

「ナタデココ……?」

「秋月さんが頭だけでなく耳までおかしくなってしまった……!」


 すんごく失礼なことを言われたから目が覚めたの。


 わたしもたーちゃんも砂浜に打ち上げられていることに気付いて「どこだここ?」と首を傾げる。わたしは寝巻き代わりの高校の時のジャージ姿。砂がついててきちゃないので払って落とした。


 たーちゃんは、――警察官だからあの制服を着ている姿しか普段見ないぶん、まるで一般男性のコスプレをしているみたいで違和感がある。クリスさん謹製の手袋はつけっぱなしで日々を過ごしているのか、今も装着していた。


 こうやって普通の格好をしていると、まれに「あのお巡りさん、イケメンじゃない?」と交番のほうを見ながらひそひそお話している女子高生たちのお気持ちがわかるようでわからない。そういうのは妄想だけで、たーちゃんは女子高生に手は出さないの。マンガじゃあるまいし。手を出したらダイヤモンドにしちゃうの。


「俺は、ついさっきまで寝ていたんですよ」


 頼りになる年上の相棒・たーちゃんこと剛力宝ごうりきたからが状況を整理し始めたので「わたしも!」と乗っかる。


「昨日から本部でラジオ体操が始まって」

「ラジオ体操?」

「第二までやるの」


 運動しないとよくないからって言い出して、みんなで早めに出勤してラジオ体操をすることになったの。

 初日から出席率が低かったから、たぶん一ヶ月もしないうちになくなると思うの。


「午前中は早起きしたぶん昼休みまで寝ちゃって」

「はあ」


 その呆れた「はあ」は何なの。

 わたしは優秀なエースだから午後に超余裕で巻き返したの。


「帰りにはコンビニでおでんとお酒を買って」

「飲んで爆睡と」


 参考にならんなと言わんばかりにオチを言ってくるから「じゃあ、たーちゃんはどうなの」とムッとする。


「いつも通りですよ。パトロールしたり、道案内したり」


 参考にならないの。

 そんな毎日毎日鉄板の上で焼かれているような変わり映えのしない人生でたーちゃんはいいの?


「マンホールに落ちたねこを拾い上げたり、四階から落下してきたねこをキャッチしたり迷子のねこを見つけたり、みたいなイベントはないの?」

「ないですにゃあ」


 そんにゃあ。


 お互い特に変わったこともないのに目が覚めたらどこともわからない場所に倒れているなんて、突然のビックイベントに一同驚愕なの。

 それに、おでんのこと思い出したらおなかすいてきたの。


「何か食べ物持ってないの?」

「持っているように見えますか」


 上はパーカー、下はジーンズ。

 四次元ポケットはない。


「見えないの」

「ですよね。……なので、真面目に脱出方法を考えましょう」

「食料を確保するのではなく?」


 腹が減っては戦はできないし。

 まずは何かしらを食べてからじゃないの?


「ここが日本だかもわからないんですよ。知らない土地のものを食べて、逆に体調悪くなったらどうするんですか」


 それもそう……。

 ど正論がストレートに、脇腹の下の辺りを抉ってくる。


 ジャージのポケットに入れているはずのケータイがない。

 イコール、助けは呼べない。


 将来有望の大型新人、秋月千夏あきづきちなつがこんなところで一生を終えるわけにはいかないの!


「あっ」


 それでもおなかはぺこぺこだから、ちょっと離れた緑生い茂る場所に木の実っぽいものが鈴なりになっているのを見つける。

 毒々しい赤紫色な、ザクロみたいな形の木の実。


「たーちゃん、あれ見て」


 わたしがあれ! って指さしてあげたのに、たーちゃんは「頭や耳だけでなく目までおかしく?」と辛辣なセリフをぶつけてくる。

 たーちゃんまでもが限界すぎてカリカリしているの。


「美味しそうな木の実があるの」


 目が悪いのはたーちゃんのほうじゃないの?

 細めて凝らしてようやっと見えたのか見えないのか「うーん……?」と納得いかない様子。

 帰ったらたーちゃんに似合うメガネを探さないと。


「さっき俺が言ったこと、秒で忘れました?」


 知らない土地のものを食べて、ってやつ?


 黄泉の国のものを食べたら元の世界に戻れなくなる的な昔話はよくある。

 でも二人して死んじゃったようには思えない。


 裸足で砂を踏みしめている感覚があるの。


「餓死するよりは食べられそうなものを食べて体力を回復させたほうがいいと思うの!」


 わたしが木の実をゲットしに砂浜を駆け出そうとすると「待ってください」とジャージの背中の部分を引っ張られた。

 グイッと生地が伸びる。


「あっちに人の気配がするので、俺が交渉しに行ってきます」


 木の実とはまた別の方角を指さすたーちゃん。

 何も見えない。


「人の気配?」

「ほら、が見えませんか? ……あっちには集落があって、きっとを使っているんです」


 たーちゃんには別の種類の幻覚が見えているの?

 わたしにはなんて見えない。


 たーちゃんは屈んでその辺の石を掴むと「この土地でのダイヤモンドがどのぐらいの価値になるかはわかりませんが……」手袋を外してその石をダイヤモンドに変えてみせる。

 なんでもダイヤモンドに変化させるのがたーちゃんの能力【硬化】だけど、交渉材料としてぶつけに行くのはいいことなの?


 わたしがたーちゃんから【硬化】をパクっ――【相殺】でコピーしたって知った作倉さんからは「能力で儲けようとしないでくださいよ」って電話で釘を刺されたの。


 飲んだアルミ缶をダイヤモンドに変えまくったあと。

 どっかから見てたみたいなタイミングで。


 バレないように少量ずつ売り捌いていこうとしてたのに。


「たーちゃん」

「なんで」


 すか、と言い終わる前にたーちゃんの顔に水をかけてやる。

 こちらはたーちゃんとの初コンビで任務に挑んだ時に対峙した能力者の【水流】でござい。


 手のひらから真水まみずを噴射できるってだけの能力なの。


「ぶひゃっ!?」


 顔に水が直撃したもんだからのけぞるたーちゃん。

 これで正気に戻ってくれたならいいの。


 服も濡れちゃったけどそれはそれ。


「わたしは今まさにジャストなうでおなかが空いていて、食べ物がほしくて食べられそうなものの幻覚を見ている」


 あのザクロっぽいのって、ドラゴンフルーツとかいう果物かも。

 外見は南国フルーツだけど、中身はチョコチップみたいなやつ。


 わたしの推理タイムに、たーちゃんは「……はい」と相槌を打ちながら顔へ付着した水を袖で拭き取る。


「たーちゃんはわたし以外の人に会いたくて人がいそうカモってなっている」

「そうですね」


 そこから導き出される答えは!


「二人が心を一つにして、ここから脱出したいって思えば脱出できるんじゃないの?」

「そんなうまくいきますかね」

「そうやってすぐ否定するのはよくないと思うの」


 たーちゃんは手袋を付け直して「船も通りませんし、祈るだけ祈ってみますか……」って渋い顔でわたしが差し出した左手を掴む。


「具体的にはどうするんですか」

「心を一つにするの」

「……はい」

「つまり、二人の意見が一致すればいいと思うの」

「といいますと」

「いっせーの! で、今食べたいものを叫ぶ!」


 同じメニューだったら成功!

 やっぱりわたしは天才なの!


「脱出したい! じゃないんですね」

「そんなすぐに一致するような事柄なら、もうすでに脱出成功してると思うの」


 たーちゃんは「まあ、そうですね」と言ってもう片方の手も繋いだ。


 手を繋ぐことに意味があるのかはわたしにもぶっちゃけわからない!

 でもなんか儀式っぽいし、いけそうな気がするの。


「じゃあ『いっせーの!』で、やってみるの」

「わかりました」

「いっせーの!」


「だいこ「たらこパスタ!!!!!!!!!!!!!!!」


「さっきおでんがどうのって」

「今はたらこパスタが食べたいの!」

「えぇ……」

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