「扁桃体の存在意義」

 いつものようにたーちゃんのいる交番で朝の挨拶をしてから出勤しようとしたら、知らないおじさんが出てきて「おう。剛力の彼女か?」とからかわれたの。


 一マス戻る。

 わたしは彼女じゃなくて相棒だし。


「たーちゃんは?」

「ああ。さっき連絡があって、なんでも、熱があって関節も痛いから休むってよ。最近流行ってるからなあ。インフルエンザ。彼女さんも、気をつけるんだよ」

 インフルエンザかどうかは検査してみないとわからないの。休むとしか言われていないのなら、ただの風邪の可能性だってあるし。それに彼女じゃないし。


「はーい」


 ここで変に否定して面白がられたらたーちゃんに迷惑がかかるの。

 わたしはクレバーな超絶美少女だから、ぐっと我慢してスルーがベター。


 でも風邪は心配だから、ここは相棒として看病しに行くぐらいならいいと思うの。

 これぐらいは普通だし。


 とはいえ家の場所は知らないから、作倉さんに聞いてみよう!


「もしもし!」


 二回トゥルルルって鳴って、作倉さんが『はい、どうしました?』と優しい声で応じてくれる。

 こんな朝っぱらに部下から電話がかかってきてもこの対応。

 作倉さんがパパだったらよかったのになあ。


「たーちゃんのおうちを教えてほしいの!」

『剛力さんのお宅ですか?』


 ちょっとびっくりした声。

 前に教えてもらったっけか。

 同じことを聞いていたら申し訳ないの。


 連絡先に登録しておかないと忘れちゃうし、今回教えてもらったら登録しておこ。


「風邪引いちゃったらしくて、家で倒れてたら可哀想なの」

『剛力さんも一人暮らしですしねぇ』

「そうそう。だからわたしがお見舞いに行くの!」

『わかりました。住所、メールで送りますよ』

「はーい!」


 さすが作倉さん!

 話が早くて助かるの!


 個人情報だから、口頭で住所を伝えられるよりもメールで送ってきてもらったほうがいい。

 街中でたーちゃん家の住所を復唱するわけにはいかないし。

 メモも取れない状態だし。


 電話を切って、コンビニにゴーゴー!


「いいことをしようとしている時って、気分が上がるの」


 お代は元気になってから請求する。

 ちゃんと領収証をもらっておくの。


 ポカリと、おかゆと、冷えピタと、栄養ドリンクとー。


 思いつく限り、風邪の時に必要そうなものをカゴに入れていく。

 レジに並んでいる途中でスマホが鳴って、作倉さんからのメッセージが届いた。


「ほほう」


 住宅地にある一軒家、っぽい。

 部屋番号がないから、たぶんそう。


 住宅ローン組んで買ったもの、だろう。

 一介の警察官がニコニコ現金一括払い、は難しいだろうし。


 駅としてはちょっと先。

 毎朝、電車で交番まで通ってきてるの?


 それなら近くに引っ越せばいいと思うの。


「……そういうわけにもいかないか」


 たーちゃんは、自分の能力でダイヤモンドにしてしまった奥さんとお子さんを元に戻すために組織へ協力している。

 元に戻った後の生活を考えて、今の家に住み続けているんだろう。


 立派なお家の前に到着して、余計にそう思う。


「ピンポーン」


 ドアホンの音をマネしながらドアホンを押した。

 中でもしたーちゃんが倒れていたら出てもらえないし、そうなったら出直すしかなかったけど、やや間があってから『……はい』とくぐもった声が聞こえてくる。


「たーちゃん!」

『あ、秋月さん!? どうしてこ』


 ゴホッゴホッ、と思いっきり咳き込むたーちゃん。

 これはガチめに体調が悪そうなの。


「お見舞いに来たの!」

『へ、ヘァ。ごほっ』

「たーちゃんが早く良くなるように、色々買ってきたの!」

『あ、ありと』


 ありがとうの言葉が言えないぐらい、ゴホゴホと苦しげなたーちゃん。

 これはまずいの。


「台所を借りて、おかゆを作るの! わたしに全部任せて、たーちゃんはゆっくり休んでほしいの!」


 さっき買ってきたパウチのおかゆを温める。

 これが一番間違いがなくて美味しく作れるの。


『わか、わかりました。開けます』


 たーちゃんが入り口まで出てくるのかなと思いきや、ボタンを押したらドアが開く仕組みっぽい。

 倒れそうなのに出てきてもらうの申し訳ないからよかったの。

 テクノロジーの勝利なの。


「お邪魔しまーす」


 ってなわけで、立派な扉を開けたら左サイドに靴箱のある玄関に。


 靴箱に女物の靴があるのは、奥さんとお子さんのぶん。

 たーちゃんのものは、見た感じ少ない。

 女物か子どもの靴ばっかり。


 やっぱり二人が戻ってきた後の生活を考えて、そのままにしてあるんだろうな。

 なんてことが、廊下を歩いて、リビングに向かうまででもわかる。


 二階に上がるための階段には、一段一段にマットが敷いてあって、手すりもついていた。

 お子さんが滑らないよう、転んでも掴まれるよう、配慮されている。


「冷蔵庫、でっか」


 わたしの家にある冷蔵庫の二倍ぐらいある。

 実家に置いてあった冷蔵庫よりも大きいの。


 でも、中身はすっからかんだ。

 飲み物ぐらいしか入っていない。


 食器棚も整理整頓されていて、食洗機があって、3口のガスコンロもあって。

 けれども、ほとんど使われていないみたい。


「一回洗ってからのほうがよさそうなの」


 ティファールの鍋を軽くゆすいでから、買ってきたパウチのおかゆの中身を注ぐ。

 しばらくぶりに調理器具として使われるのに、こんな使い方なのは、なんとなく申し訳ない気がした。

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