「排出確率という運命操作」

 昼休憩にコンビニへ行った(今日はパスタサラダにした)。弁当を作って持ってくるべきだとは思う。からもうどれだけ経っているんだと、もう一人の俺に叱責される。女々しいよな。本音は「金の力で楽をしたい」なのに、建前に「妻が立っていた台所に立ちたくない」を用意するのは〝逃げ〟じゃなかろうか。そんなことは俺だってわかっているから、もう一人の俺は脳内の隅に追いやった。


 俺は剛力ごうりきたから。都内某所の交番に勤務している。いわゆる、お巡りさんだ。いまも制服を着ている。最近、制服を着たままコンビニで買い物をする消防士やら警察官やらにクレームを入れてくる困った人がいるとニュースで見たが、俺の周りでは聞いたことがない。平和で何よりだと思う。


「またこの子なの……?」


 聞き覚えのある声がして、そちらに視線を向ける。コンビニの前にガチャポンが並んでいるのだけど、そのガチャポンの前にしゃがんでいる女性に見覚えがあった。硬貨を両手に挟んで「神様、お願いなの!」と拝み、一枚ずつ丁寧に投入口へ吸い込ませていく。それから、ガチャハンドルを回して、がこん! と音が鳴った。


「四連続!」


 カプセルを取り出し、開封して中身を取り出して、思わず声を上げて、ガックリと肩を落とす。……見てられない。


秋月あきづきさん」


 秋月千夏ちなつ。普段はグレーのジャケット――セットアップっていうのかな。ファッションには疎くて――を着ている秋月さんが、今日はふんわりとしたワンピース姿だ。妻のお出かけ着を思い出して、またもう一人の俺がヌッと姿を現す。あっち行け。


「あっ、たーちゃん!」


 声をかけてきたのが俺だと気付くと、秋月さんの表情が明るくなった。逃げるなら今のうちだぞともう一人の俺がささやく。逃げるのはお前のほう。


「このガチャポンの、黒いのが欲しくて回してるのに、ほら!」

「緑のばっかり」


 ドラゴンガチャ。手のひらサイズのドラゴンのペンダントのようなものが、全七種。


「そう! さっきので四回目なの! 店員さん呼びたいぐらいなの!」


 こんなものを買ってどうするのか、なんてのは、聞かないほうがいいんだろう。


「こういうのは運ですからね」

「お金もなくなっちゃったの……次は千円札崩さないといけないし……」


 ちらっちらっ。


「俺が回してみますよ」

「いいの!?」

「そういう流れっぽかったので」

「当たったら買い取るの!」

「はいはい」


 俺は財布から百円玉を、三枚か。三枚、指でつまんで、秋月さんのお目当てのガチャポンの機械のコイン投入口に入れる。三枚入れて、ガチャハンドルを握った。


「たーちゃん」

「何ですか?」

「祈らないの?」


 ガチャポン、回すの何年ぶりだろうか。【硬化】の能力者になって、ものを直接手で触れることができなくなったから、……小さい頃かな。こういうことができるようになったのは、組織との繋がりができて、この手袋をもらったからだ。


「こういうのは運ですからね。回そうと決めた時点で決まってるんですよ」


 俺は運がいいんだろうか。

 悪いんだろうか。


「そういうものなの?」


 一思いにぐるっと回して、がこん! とカプセルが落ちてきた。手袋に包まれた右手で掴んで、左手で押さえて開封する。


「出ましたよ」


 さっき秋月さんが見せてくれた緑色のの色違い、黒いのが出てきた。こうやってみると、結構かっこいいかも。


「やったー! やったやったー!」

「これ買ってどうするんですか」

「飾っておくの」


 あの部屋に飾るスペースがあったんだ……知らなかった……。



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