「殺せ! メアリー・スー!」

 2009年11月13日大安吉日金曜日。

 13日の金曜日!


 夕方の交番。


 たーちゃんのそばに女の子がいる。

 おやおや。穏やかじゃないの。


「パパ!」


 娘さん復活したの? おめで、まで言いかけてたーちゃんの顔がかつてないほどに困り果てているコトに気がつく。本当に復活したならまずはわたしに連絡してほしいの。というか、わたしの相棒をそんな顔させるとはけしからんの。わたしが一発ガツンと言ってやらないと。たーちゃんは優しいから、女子供の両方を兼ね備えるこの子にはたじたじになっちゃうし。

 背丈はたーちゃんの肩ぐらい。焦茶色の髪の毛を右側でひとつに束ねてサイドテールにしていた。瞳と同じビリジアンの色の水玉模様のシュシュが目立つ。


「迷子みたいで」

「あーね」


 わたしがぬっと顔を近づけると、その子は眉間に皺を寄せてからおでこを近づけてきた。キスでもしたいの? んーんー、とこっちからゼロ距離まで接近しようとすると向こうが引いていった。どっちなの。


「お名前は?」

「メアリー」


 メアリーちゃんかー。ふーん。キラキラネームってやつなの?

 たーちゃんのネーミングセンスじゃなさそうなの。でも、顔立ちは日本人っぽいし。

 わたしはたーちゃんとメアリーちゃんの顔を見比べる。やっぱり似てないの。迷子説確定。疑ってたわけじゃないケド。


「どこ住み? 何年何月何日生まれ?」


 たーちゃんも聞いたであろう質問を投げかけると「トウキョー。2000年12月26日生まれ」と流暢な日本語で返ってくる。やっぱりキラキラネームってやつなの?

 2000年生まれかあ。わたしが1986年生まれだから……この子が生まれた時、わたしはもう中学生だったってコト? うわあ。


「トウキョーのどの辺? たーちゃんがここから離れられないなら、わたしが連れていくの」


 相棒として当然のコトをしようとすると、たーちゃんは「秋月さんが案内しなくても、ご両親に迎えにきていただくので」と断ってきた。残念だけど正論なの。でも、こうして活躍の場は奪われていく。たーちゃんの中でのわたしの株を上げるチャンスだったのに。


「ご両親、いない」


 メアリーちゃんは視線をアスファルトに落とす。おーっとこれは触れてはいけない話題だったー? やってしまったなたーちゃん!


「おうち、わからない」


 おーっとこれは思っていた以上に重症っぽい。これぐらいの子が自分のおうちがわからないって言っているのは記憶喪失の線を疑っちゃうの。どうしようかな。たーちゃんも困っちゃうの。最初っから困ってたケド。


「パパのおうち、行く!」


 たーちゃんの腰に抱きつくメアリーちゃん。事案なの! 警察警察! ……あ、たーちゃんが警察だったの。


「十五時過ぎぐらいに現れて、もうずっとこんな調子なんです」

「かわいい子に好かれた自慢なの?」

「違います。仕事にならないんです」


 二人組の女子高生がこちらをジロジロ見ながら通り過ぎていった。この後めちゃくちゃ噂されるんだろう。たーちゃんがロリコンとして有名になるのも時間の問題なの。相棒としてなんとかしなきゃなの。


「間をとってわたしの家に来ない?」

「やだ」


 恐るべき速さで断られちゃったの。即答も即答。コンマ一秒。すぐそこだし、悪いようにはしないの。でもこの速さで「やだ」って言われちゃったし、やなもんはやなんだろう。

 この子のご両親の現在地なりおうちの場所なりを知る手段――ひとつ思いついた。わたしってば期待のエースだから、すーぐ名案が降ってきちゃうの。


「作倉さんに過去を視てもらうのはどうなの?」

「やだ!」


 わたしはたーちゃんに言ったつもりなのに、メアリーちゃんが断固拒否。なんかめちゃくちゃ怒ってるし。と思ったらたーちゃんを盾にして隠れたし。作倉さんの知り合い……? 年齢的には、知り合いのお子さんかな。そうであってほしい。出自が明らかになるって点でも、作倉さんをロリコンにしないためにも。


「あたし、パパの家に行く! 決定事項!」


 強情だなー。たーちゃん家は元々三人暮らしで、二人ダイヤモンドになっていて今一人暮らしだから、スペースはあるだろうケド。わたしも行ったコトないの。相棒のわたしを差し置いてメアリーちゃんがお邪魔するの、腑に落ちない。


「作倉さんのコト知ってるの?」


 突っ込んでみよう。


「知らない! 知らないもん……!」


 ご両親やおうちを聞いたときよりもダメージ与えてるし。泣き出しちゃったからたーちゃんが「秋月さぁん……」と冷たい目でこちらを見てくるし。こーれ絶対知ってるでしょ。作倉さんはこんないたいけな女の子に何やったの。わたしは何もやってないケド?


「電話してみよっかな。まだいるだろうし」


 わたしがスマホを取り出すと「パパ! こいつやっちゃって!」とたーちゃんの背中を押すメアリーちゃん。わお扱い。初対面の女の子にここまで嫌われちゃうの?


「作倉さんではなくクリスさんを頼ってみません?」

「パパぁ……」

「秋月さんにパパって言われるの、ぞわっとしますね」

「わたしも言いたかないの」


 まあいいケド、あんまりクリスさんと接点がないからどんなテンションで電話すればいいかわからないし。電話番号は知ってるってぐらいだし。たーちゃんからかけるのもおかしいし……わたしはたーちゃんの力になりたいのにな。ままならないの。


「俺は秋月さん家で預かったほうがいいと」

「パパの家がいい!」

「パパが困ってるでしょ!」

「やだー!」

「またパパって言う!」

「ついうっかり!」


 ちなみにたーちゃんは(警察の)制服、わたしは(本部に行ったから)スーツ、メアリーちゃんはチェックのジャンパースカート。野次馬は老若男女。痴話喧嘩と思われてそう。


「わたしがたーちゃん家に泊まってこの子の面倒を見つつ身元を特定する、これでいこう!」

「ママ!?」


 なんだ不満かメアリーちゃん。たーちゃんは日中不在だぞいいのか。わたしの相棒は譲らないから!



【幸福実現擬似家族計画】

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