「帽子と蛇と象と」
「象が踏んでも壊れない筆箱、って昔流行ったんですよね」
「実際に象に踏ませたの?」
「開発中に踏ませたかもしれませんが、当時はちょっとイキってたグループの人たちがこぞって踏みつけて壊してましたよ」
今日も街は平和なの。
平和だからわたしとたーちゃんとで、交番でおしゃべりしている。
「象より人間の力のほうが強いってコト?」
「違いますよ。ただの宣伝文句って話ですよ」
あーね。
なんか種や仕掛けがあるのかと。
そうだ。
「帽子からハトを出すやつって、あれってどうなってるの?」
知っていそうなたーちゃんに質問してみたら「あー」と呟きながら天井を見始めた。
知らないなら知らないって言ってくれていいの。
「築山さんに聞いてみては」
「あのおばちゃん?」
「しっ」
本人がすぐそばにいるわけがないのに、たーちゃんはちょっと怒った顔をした。
事実おばちゃんだし。
「あの人、元々マジシャンとして有名でしたから」
それは知っている。
わたしもちっちゃい頃はよくテレビを見ていたし。
食事の時以外はずーっとテレビがついているような家庭で育ったし。
今は見なくなっちゃったな。
「でも、ああいうイリュージョンを可能にしていたのは能力のおかげなの」
築山さんの能力は【粒状】っていう大変便利なもの。
触れたものを粒のサイズに閉じ込めて持ち運べるようにするっていう。
モンスターボールの仕組みに近いの。
中では時間が経過しないから、たとえばお花を閉じ込めたら枯れずに新鮮なままなの。
「コピーできないんですか?」
「無理そげ」
わたしの能力【相殺】は相手の能力をまるっとそのまま習得できちゃう。
天才美少女
ただ、相手が本気でわたしを倒しにこないといけないっていうか。
わたしに敵意剥き出しにしてこないといけないっぽいの。
だから、築山さんに暴言をえいっえいっとぶちかます必要があるケド。
こっちの【相殺】が決まる前に閉じ込められて終わりな気がするの。
「そうなんですね」
「次は霜降先輩の【必中】がほしいの」
テキトーに痛くなさそうなところを狙ってもらえばいけそうなの。
もしくは防弾チョッキを着込むとか、盾を構えるとか。
「やってくれますかね?」
「頼むときはたーちゃんもついてきて!」
わたしからだと断られそうでも、たーちゃんからならいけるんでないの。
でもたーちゃんは眉間に皺を寄せて「え、なんでですか?」と聞き返してくる。
だってぇ。
「霜降先輩、近づきづらいオーラがあって……」
「秋月さんでも萎縮することあるんですね」
「そらそうよ」
わたしをなんだと思っているの。
組織の期待の新人、エース、将来の幹部候補!
けれども、ガチで前線を戦っている霜降先輩には苦手意識がある。
なんか目が怖いし。
獲物を狙うヘビっぽいっていうか。
ぎろっ、って感じなの。
朝は「おはよう」って挨拶してくれるケド。
それっきりだし。
「秋月さんが近寄り難い相手、俺はさらに難しくないですか?」
そうでもないと思うの。
たーちゃんは既婚者でまあまあそこそこのイケメンっぽいし。
「警察っていう仕事柄怖い人に声をかけたり話したりするのに慣れてるし?」
「霜降先輩を容疑者と同列に置くのはどうかと思いますよ」
確かに。
霜降先輩の美貌を思い出して心の中で平謝りする。
クーーーーーーーールビューーーーーーーーティーーーーーーーー。
「ちょっと待っててくださいね」
たーちゃんが不意に閃いたようで、交番の奥に入っていく。
ちょっと経ってから「お待たせしました」と言って、リコーダーと梅干しが入ってそうな壺を持ってきた。
「何を始めるの?」
なんだか面白そうなことが始まりそうなので座り直す。
テーブルの端に壺を置いて「レッドスネーク、カモーン」と謎の呪文を唱えてからリコーダーを吹き始めるたーちゃん。
なんだっけこの曲。
マジックの時によくかかる――『オリーブの指環』だっけ『ルビーの首飾り』だっけ。
逆?
ピヨヨヨヨヨーン♪
「おおお!」
音楽に合わせて、壺からニョロニョロと真っ赤なヘビ(おもちゃっぽい)が出てくる。
気になって手を伸ばしたら「あ」と音楽が止まった。
リコーダーの下の部分に透明な――釣りの糸がくっついているの。
「引っ張り出してたの?」
糸と真っ赤なヘビの口がつながっているのでクロ確定。
こんな子ども騙しみたいなのには騙されてあげないの!
「まあ、マジックの種と仕掛けはこういうものですよ」
開き直ってるし。
わたしの「おおお!」を返してほしいの。
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