「断頭台への行進」
ついにこの日がやってきてしまった。
千夏は“アカシックレコード”を奪還する。
「今日こそはお前の持っている“アカシックレコード”を渡してもらう!」
曽祖父の家に保管されていた日本刀を携えた千夏は、その切っ先を篠原幸雄に向けつつ宣言した。
千夏の言い掛かりであり幸雄が“アカシックレコード”を持っているに違いないという一方的な決めつけだ。
だってクリスさんがそう言ってたし。
対して、丸腰の幸雄は「木を隠すならフォレストの中というが、誠にその通りだった」としたり顔をしている。
幸雄は“アカシックレコード”を“自分の命を狙いに来る敵の組織の名前”と勘違いしているからだ。
致命的なすれ違いがある。
「まーた変なコト言って!」
千夏は千夏なりに考えて、幸雄が“アカシックレコード”を所持している確たる証拠を掴まんとしていた。
普段は清く正しく神佑大学附属高校の学生の身であるため、警官である剛力宝にも協力を仰いだ。
調査期間は1ヶ月ほど。
だが、ありとあらゆる手を尽くしても(事実として幸雄は“アカシックレコード”を所持していないので当然ではあるが)その本を開く気配すら見せなかった。
千夏としても武力で解決するのは不本意であったが、相手が“アカシックレコード”という「なんかよくわからない理屈でなんでも出来てしまうやばい本」で「なんとかしてしまう」危険性が高いので、過去に一度も振るったことのない真剣を握りしめている。
「今すぐ出せば何にもしないし、できれば何もしたくないから本を出せ!」
作倉部長の死後、オーサカ支部は解散となっている。
支部長であった築山蛍は行方をくらまし、天平芦花はヒーロー研究課へ。
鎧戸導はオーサカの地元の中学校へ進学、キャサリンはラスベガスに渡米。
幸雄は本部に出戻りする形となったが、今度は後輩である千夏に目をつけられていた。
「ブック?」
「頼むから持っているコトにして!」
生者に死者の想いが伝わることはないが、作倉が篠原幸雄を本部からオーサカ支部へ異動させた理由は、この秋月千夏との衝突を避けるためであった。
他にも“見た未来を確定させる”【予見】の能力者である作倉が“対象の時間を操ることもできる”【疾走】の幸雄を見ると「目がやられる」というのも理由としてはあるのだが、こちらはさしたる問題ではない。
秋月千夏の能力は“相手の能力と同一の能力を使用する”ことにより相手の能力を【相殺】する。
すなわち、秋月千夏もまた“時空を自由自在に制御できる”ほど強大となった【疾走】が使えるのである。
「ぼくは命を狙われるほどインポータントな書物は持ち歩かない」
千夏が自分の身辺を調査していることは気付いていた。
気付いていたからこそ千夏の呼び出しに応じてここまでやってきた。
幸雄にはやましいところは何一つとしてない。
パーフェクトな人間を目指している幸雄に、落ち度があるはずもない。
千夏が“アカシックレコード”の一味であり“知恵の実”と同じく【疾走】の篠原幸雄を狙っているのであるとしたら、この場で真実を暴くべきだ。
「腕つらっ! 筋肉痛になるわコレ!」
見た目によらず日本刀は意外と重たい。
体育の授業でしか身体を動かしていない千夏は体勢を保つことができずに刀を下ろした。
先端を地面に突き刺して片手ずつぶらぶらとさせる。
「“アカシックレコード”とは何だ?」
「いやいや、持っているものをわざわざ説明しなくてもいいじゃん」
堂々巡りである。
埒が明かない。
「というか、お前が作倉部長を殺したんじゃないの?」
千夏が切り込んだ。
クリスからは『作倉が殺された』としか聞かされていない千夏は、篠原幸雄を犯人と推理したのである。
千夏は組織に所属となった4月から9月までの5ヶ月、幸雄との間に直接的な交流はなかった。
けれども“アカシックレコード”所有疑惑を調査していくにつれて幸雄の人となりをおおよそ把握していき、彼が完璧主義であり尊敬する両親に認められるために働いている、と特定した。
オーサカ支部へ左遷させたのは作倉部長の判断だ。
「お前は作倉さんを恨んで、殺して、隠して、何も知らないフリして本部に戻ってきたってコト」
組織は能力者の起こした犯罪を隠蔽する。
事実、作倉部長の死は報道されなかった。
犯人が誰なのか、千夏にはわからない。
「ぼくが?」
当初はオーサカ支部への転属を嫌がっていた幸雄であったが、オーサカ支部での出会いは彼を成長させてくれた。
心の中では「オーサカ支部に行ってよかった」と感謝していたぐらいだ。
直接本人へ伝える機会はなかったのだが。
「おーっとっと? これもとぼけるぅ?」
千夏は幸雄のオーサカ支部への異動が決定したのとほぼ同じタイミングで、神佑大附で高校生活を送ることが確定した。
幸雄がオーサカ支部にいる間、本部にはいなかったぶん、オーサカ支部でどのような出来事が起こっていたのか知る由もない。
地方への左遷という言葉の上澄みを拾って、怨恨殺人に結びつけている。
「……オーケー、理解した」
これ以上の話し合いは時間の無駄である。
と解釈した幸雄は腕時計のタイマーをセットし始めた。
従来の【疾走】では、チロリアンハットを宙に放り出し落ちてくるまでにその地点に戻ってこなければならなかったが、対象を指定してタイマーをセットすることでその対象の時間をコントロールできるように成長している。
速くするのではなく遅くすることもできる。
千夏の体感時間を遅くしている間に、自身は逃げようという作戦である。
「ぼくが作倉部長を殺していない、と言っても信じないだろう」
誤解は解きたい。
できることならば。
ただし、今この場で説明しても聞く耳を持たないだろう。
幸雄は諦めた。
「お! 認めるんか!」
千夏は喜んだ。
敵討ちもできてしまう。
作倉部長も霜降パイセンも未だ戻ってこない。
目と鼻の先にある(ない)“アカシックレコード”さえあれば全部まるっとやり直せる。
「わたしってば名探偵なの」
日本刀を構え直し、篠原幸雄と向かい合う。
体格差こそあれど千夏には武器がある。
そして、対能力者(でしか発揮できない)能力もある。
「スタート」
「スッタートォ!」
幸雄の【疾走】に合わせて【相殺】が作動し、お互いがスローモーションとなる。
亀の歩みよりもゆっくりと2人が動いていく。
この様子を遠目に観察している少女が2人。
「何これ」
真の“アカシックレコード”の所有者の白菊美華と、オーサカ支部の解散後にもこっそり篠原幸雄を監視し続けていた白菊九十九である。
瓜二つだが一卵性双生児ではなく「白菊美華が指名した“歴史を改竄する可能性のある能力者”を監視する」という役割を遂行する為の最低限のライフが割り振られているだけの複製がナンバリングされた白菊なんちゃらさんになる。
「危ないです。助けてください。お願いします」
まごうことなきオリジナルの白菊美華は【移動】という能力を持っている。
39番や99番は持っていない。
持ってはいないが白菊美華を呼び出すことはできる。
「このままでは死んでしまいます」
つくもは幸雄の危険を察知してここまで連れてきた。
オーサカ支部で共に過ごした時間は短くても、結束は強い。
そっくりの顔が鬼気迫る表情を作ったのを見て、白菊美華は「りょー」と軽い調子で左手を挙げる。
【Absence makes the heart grow fonder】
そして時は流れて短い春休みがやってきて、新年度を迎えるね。
次の敵は一体誰かね?
お待たせしました秋月千夏視点の9話が「終了条件のミスリード」
エンディングまで泣くんじゃない。
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