「終了条件のミスリード」

 2022年の4月。

 新学期の始まり。

 わたしは3年生の教室に行けばいいハズなの。

 成績的にも全然問題ないし。


「おいっす」


 ミクちゃんは2年A組の靴箱から上履きを取っている。

 入れっぱなしなんか。

 持って帰って洗うもんじゃない?


「ちなっちゃんは今年もウチとおんなじクラス」


 あごで指した先にクラス分けの一覧表が貼り出されている。

 教えてくれてサンキュー。


「3年何組?」

「3年?」


 おやぁ?

 3月まで同じ教室で過ごしていたクラスメイトが続々と到着して、2年A組の靴箱にスニーカーやローファーをしまっていく。

 おやおやぁ?

 雲行きが怪しくなってきたんじゃないの?


「もしかしてちなっちゃん飛び級ガール?」


 飛び級どころか大卒だけど。

 ……なんて、口が裂けても言っちゃいけないから言わない言わない。

 えーと、これはあれっぽい?

 あの、なんかループしてる的な?


「飛び級ってか留年って感じがする」

「は?」


 ああ。

 そうじゃん。

 階段を登りながら思い至る。

 これは“アカシックレコード”を手に入れられていないから?

 記憶が消えてるとか、23歳の状態が維持されているとか、言葉だけだとよくわからなかったケド。

 こうやって23っていう状況に直面すると実感が湧く。


(4月になったらなぁんか全部忘れて「新入りです! 対戦よろしくお願いします!」って挨拶してたあのときの入社式に行かなきゃいけないカモ……って思ってたケド。というか、起点が4月じゃないの?)


 1月でもなく、4月でもない。

 じゃあ、いつなんだろう。

 いつになったら記憶がなくなって、そこから始まるの?


(篠原さんは“アカシックレコード”持ってなかったし、ノーヒントな振り出しに戻るだし)


 教室に到着した。

 はぁ。

 それにしても、また2年生かぁ。

 これ繰り返していったら高校2年生の学習内容マスターしそう。

 いや、そうだ、どっかで忘れちゃうの?

 すんごいもったいないなぁ。


「ミクちゃん、ちなっちゃん、おはようございます」


 ニコちゃんも同じクラスかぁ。

 やっぱりメンツは3月のまんまっぽい。

 ニコちゃんもあれなの?

 3月まで1年生だったってコトになっちゃってるの?


「みんな聞いてくれ!」


 ミクちゃんがニコちゃんに「おいっす」と挨拶を返すその声をかき消すように、宗治くんのでかい声が教室に轟いた。

 新聞のスクラップを黒板の真ん中に貼り付けると、それを囲むようにチョークで丸を描く。

 宗治くんは勉強のできないアホだけど、空気の読めないバカではないハズ……。


「どうやらオレは政治家だったらしい!」


 どうして宗治くんが“風車宗治が内閣総理大臣に就任”した時の切り抜きを?

 生徒はこの学校の敷地内から出られないんじゃなかったの?

 図書室にあったとか?

 あ、情報室のパソコンとか?

 近づいてよく見てみると印刷されたA4のプリントっぽいってコトはわかった。


「あと、2000年に死んだらしい! 今年は2022年だけど!」


 気付いちゃったか。

 もう1枚のプリントを磁石で貼り付けてこれもまた丸でぐるぐると囲む。

 これは例のめちゃくちゃダサくて有名な“風呂場で転けて死亡”を伝える記事。

 まぁ、調べたら一瞬だよなぁ。

 なんてったってこの国のトップオブトップだもの。


「同姓同名のそっくりさんではないでしょうか?」


 ニコちゃんが挙手しながらツッコむ。

 対して宗治くんは切り抜きの写真を指差しつつ「明らかにこれはオレだよ! 40年後ぐらいの!」と主張している。

 わたしもそう思う。

 だからこそ、なんでこの令和の時代に風車宗治が16歳で存在しているのかって言ったらそれこそなんらかの能力的なアレでしかないじゃない?

 アレがイコールなんかうまいこといろんなことを無かったことにしたり思い通りにできたりする“アカシックレコード”っていう本なワケ。


「そんでもって! せっかく生き返ったんだからさ! オレの! オレによる! オレのための人生を楽しみたい!」


 どっかで聞いたことあるようなないような。

 宗治くんは腕組みするとわたしと向かい合い「作倉が死んだんだって?」と訊ねてきた。


「え?」


 ちょっと待って。

 “作倉”って言った?

 桜のイントネーションじゃなかったし。


「あのチビの助チビ太郎と話してたのを聞いた!」


 え、誰のこと?

 えっと、作倉部長の話をしてたのはクリスさんと……って、やっぱり外にも聞こえてたの?

 あの部屋の扉直したほうがいいんじゃない?


「ほんとにほんとにほんとにほんとにほんとにほんとに! みーんな! 嘘つきばっかり! みんな嘘つきだ!」


 クラスメイトの顔を指差して、地団駄を踏む。

 そして「だからオレも嘘をつくことにした」と、キッパリ言い切った。

 その表情はいつものアホな宗治くんではなく、まるで別の人が取り憑いているかのように見える。

 いや、違う。

 これが“風車宗治”の元来の姿であり、これまで見ていた宗治くんはただ単に周りに合わせて“アホ”を演じていただけなのかもしれない。

 最初からこれだったらわたしも幻滅しなかったカモ。


「じゃあ、作倉さんのことも知ってて? 風車先生に聞かれたあのときに知らないフリを?」

「風車先生だって? あいつオレの息子でしょ!」


 教室内がざわつき始める。

 ミクちゃんは「宗治くん、16歳で32歳の息子はどう考えても計算ミス」と冷静なツッコミを入れてくれた。

 圧倒的に正しい。


「オレは作倉とはもう金輪際関わり合いたくないんだよ。名前も聞きたくない。だから知らないフリした!」

「そこまで言う?」

「どこ行くにもついてくるしベタベタしてきて気持ち悪いし」


 親と子、二代に渡って風車家を支え続けた男だぞ作倉さん。

 金輪際なんてかなり強めの拒絶じゃないの?

 というか、作倉さんから聞いていた“風車宗治”像とはだいぶ違うなぁ。

 もっと相思相愛なんだと思ってた。


「第一、オレが殺されたのは作倉のせいであって! 出会わなければ別の人生があった!」


 おいおいおいおいおいおい。

 自分が勝手に自滅したのに作倉さんのせいにするなや。

 自分で調べた記事、ちゃんと読んだ?

 漢字が読めない?

 読んであげようか?


「風呂場で転けたんじゃないの?」

「転けてねええええええええええ!」

「でもそう書いてあるの」

「こんな嘘八百デタラメ記事はおかしい! オレは包丁で刺されたんですううう!」

「証拠は……」

「息子に聞けばわかる! その場にいたから!」


 大丈夫かなこの子。

 前に風車さんに聞いたコトあるけど、その時は「風呂場で転けた」って言ってたような。


「とに! かく! オレはここからやり直す! ……やり直したいのに、なんで3年生にならなかった?」


 ほんとそれ。

 わたしも3年生になるとばかり思ってた。

 けれども、ならなかったし。

 ミクちゃんは2年生が当たり前みたいな顔してたし。

 周りもそんな雰囲気醸し出してるし。


「宗治くんは『おかしい』って思ってるんだ」

「みんなもそう思うだろ! 何年間2年生やってるんだよ!」


 たぶん今回が13回目だよそれ。

 だから12年間?

 計算合ってる?

 わたしとしては『おかしい』派がもう1人いたのは心強い。

 みんなに流されるところだった。

 あぶないあぶない。


「オレは卒業する! この高校を卒業する! 絶対に!」


 卒業してほしいケド、それはそれで困る。

 なんか上手いことなんとかなんないかなぁ!






【A bad workman always blames his tools】








史上最悪【威光】の能力者、風車宗治が仲間になったね!

【威光】は洗脳みたいな能力だけどなんで装置が反応しなかったのかね。

次回の10話「偽アカシックレコード」

そろそろぼくの出番が近づいてきたね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る