「14回目の夏へ」


 目が覚めた。

 見慣れた自宅の天井に、1匹のクモがせわしなく動き回っている。


「夢オチぃ!?」


 勢いよく起き上がったせいで、お腹の上に置かれていた一冊の本が滑り落ちていく。

 その本を拾い上げる1人の男の子がいた。

 いやいや、男の子なのは外見だけだし、実のところは上司なので“男の子”っていう表現は適切ではない気がするの。


「あいつが渡したのか?」


 この物語の創造主にして大嘘つきで黒幕。

 ――クリスさんにこの本を渡してはいけない。

 答えるより先にバッと本を取り返す。


「作ったのはクリスさんかもしれませんケド! わたしは息子さんからこの本をもらったので!」


 取り上げられないように抱きかかえて、なるべく距離を取るようにベッドの端へ寄る。

 クリスさんは困ったような表情で「奪い取るつもりなら寝ている間に奪い取るが?」と言ってくるけど、最初っからさんざん嘘をつかれていたというコトに気付いてしまった今では信じられない。

 安心させておいて不意に持っていくかもしれないの。


「なぜ秋月に渡したのかは本人に聞くとして……秋月はこれからどうするんだ?」

「というか、なんでうちにクリスさんがいるの。忙しいんじゃないの?」

「道のど真ん中で気絶していた秋月をこの部屋まで運んできたのは俺だが」

「帰らせ方雑すぎてわろた。この親にしてこの子ありってワケ?」


 これから。

 とりあえずこの偽“アカシックレコード”でもってこの世界を変える。

 歴史を塗り替えて、このわたしがいい感じにうまいことやってのける。


「まずはみんなに『実は全部クリスさんが悪いし、“知恵の実”一派を倒せば全滅エンドを避けられる』っていうのを教えに行くの」

「俺何か悪いことしたか?」

「自覚がないってやばくない?」

「あのとき全滅したお前たちをこんな形で復活させてしまったことが“悪いこと”だというのなら、そうだな、そうか」


 自分が片付けなくなったコトで荒れ始めてしまった部屋が気に食わなかったのか、半分ぐらい残してそのままになっていたペットボトルを台所で洗い始める。

 よくよく見たらなんか家具の配置変わってるし。

 洋服畳まれてるし。

 スマホの画面を見てみる。


「2022年8月24日……?」

「明日はお前の命日だ」

「命日でもあり誕生日でもあり?」


 もうちょっと時間に余裕のある地点に帰らせてほしかったカモ。

 あの場所からここを見てくれているんだとしたら、ここで文句言っておけば届くかなぁ。

 なんか観測者だとか妖精だとか言ってたし。


「ぜんぜん時間ないじゃん!」

「13回目も終わりか」


 いつの間にか夏休みに入って、夏休みも終盤になってた。

 なんだったんだあの白い空間。

 ここが偽“アカシックレコード”の中の世界だからって時間経過テキトーすぎじゃない?

 急に1ヶ月ぐらいぶっ飛んでるし。


「もう繰り返すのはやめようと思ったんだ。他の誰でもない、この俺自身が、現実を受け入れる時だ」

「と言いますと?」

「偽“アカシックレコード”は破壊する」


 聞き間違いかな?

 ハハハ、またご冗談を。

 え、正気か?


「これを壊したらわたしは消えちゃうんじゃない? だって、2010年に全滅したんでしょ?」

「あいつなんでも喋るな……その通りだ」


 それって死ぬってコトじゃない?

 できれば強めに“死”を否定してほしかったなぁ。

 実はあの第4の壁の向こう側にも、わたしがいて、わたしは死んでなんかいない。

 今いるココはただの夢の中。


「言うなれば今いる“秋月千夏”は俺が創った偽“アカシックレコード”の力で存在しているだけのニセモノだ。ホンモノの“秋月千夏”は2010年に死んでいる」


 お、おう。

 残念な現実。

 じゃあわたしも宗治くんとそこまで大差なかったって話ね。

 宗治くんのコト、一度死んで蘇ったとかなんとか言っちゃってたケド。


「こうもはっきり言われちゃうとなんか、『はぁ、そうなんすか』って感じ。なんか愛着みたいなもんはないの?」


 わたしはわたしなりに考えて、ここまで辿り着いたのだし。

 ようやく、わたしはわたしの思い通りの世界を手に入れる。

 13回目にして回り巡ってきたチャンスっぽいし。

 こんなところで死んでたまるかってんだ。


「愛着か……。お前がどう受け止めていたかはわからないが、それなりにあったとは思うが」

「あー、わかった! わかったぞ! 誕生日祝ってくれなかったのって、案外わたしに興味ないってコトだぁ。そういう日付は忘れないでほしいなぁ」


 偽“アカシックレコード”を開いて、中身をパラパラと読んでみた。

 真“アカシックレコード”との違いは読み比べていないからわからないケド、こっちはこっちで“正しい”とされる“歴史”が書いてある……んでしょ?

 これまで身の回りで起こったコトや、知らないコト。

 大雑把に、雑な文字で書いてある。


「次があるなら祝ってやろうか」


 言ってくれるじゃない。

 わたしの運命は、今はわたしの手のひらの上にある。


「最後に聞いておきたいことがあるんだ」


 この偽“アカシックレコード”はなんかいい感じに自分の思い通りに書いてあるコトを書き換えられるって話だった。

 二重線でも引いておけばいいのかなぁ。

 訂正印って必要なの?


「わたしも聞いておきたいコトあるなぁ。主にこの本の使い方だけど。そっちからどうぞ」

「13回目は楽しかったか?」


 思い出してみる。

 誕生日に制服を受け取って、9月から高校デビューして、お友達もできて、テストも乗り切って、なんか色々衝撃の事実もあったし、勘違いで篠原さんをボコったり、憧れの“風車宗治”と仲良くなったり。

 これまでの1年間を思い出せないってコトは大した思い出なさそうだし。


「楽しかったと思う」


 夏休みが半分以上終わっているコトが悲しくなっちゃうぐらいに。

 そうだよ、夏休みといえばさ、みんなでどこか行ってみたかったし。

 あの人たちが学校の中から出られないんだったら出られないなりになんかできたんじゃない?

 それもまあこの偽“アカシックレコード”があれば万事解決っぽいし。


「で。こっちの質問だけど、クリスさんを消したい場合はどうすればいいの?」


 やられる前にやるしかない。

 先手必勝。

 これは過剰防衛ではないハズ。

 正当防衛ってやつだし。


「俺を消してどうするんだ?」


 鼻で笑ってられるのも今のうち。

 手段さえわかってしまえばこっちのもん。

 こちとら自分の命がかかってるし?


「そもそも、創造主が物語の中にいるってどういうコト? ホンモノだのニセモノだの言っといて、お前はどうなんだっていう話」

「その説明はしてくれなかったのか」

「一切されてない。でも考えてみたらおかしいし」


 というか、あの子名前名乗ってなかったな。

 息子としか聞いてないし。

 あの子も嘘ついてるとか?

 だとしたらほんと、嘘つきばっかりでやになっちゃう。


「まあ、どっちみち明日で今回も終わりだからこの俺が手を下すまでもないか。……なら、チュートリアルとして教えておくか」

「お? マジ?」


 考え直してもらえた?

 偽“アカシックレコード”を今すぐ破壊する流れを撤回してもらえた?


「14回目はお前が作り、全滅する未来を回避して“正しい歴史”として上書きするんだ」

「おうよ。任せとけ。わたしこそが真の創造主になるの」


 いい感じにみんながハッピーになるようにしてみせる。

 最初のわたしは繰り返していくことに大賛成だったけど、今は神佑大学附属高校の皆様の想いを背負っているし。

 みんなで卒業すっぞ!











【A good beginning makes a good ending】












偽“アカシックレコード”を取り巻く物語はこんな感じのハッピーエンドにておしまい。

え? 続き?

これの続きは千夏ちゃんが主人公ではないんだよね。

読者のみんなは、もうちょっとだけ待っててね。

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