「第4の壁の上」


「読者の皆さんこんばんは! こんにちはの人もいるかもしれないね。こんにちは!」


 白いTシャツにハーフパンツの男の子が、空間に向かって呼びかけている。

 ここは一体どこなの。

 わたしは確か、さっきまで採石場みたいなところにいたのに。

 今は真っ白い空間にいる。

 男の子の足元には映画館で売っているタイプのキャラメルポップコーンと携帯ゲーム機と辞書みたいな分厚さの本と両腕を広げたぐらいの大きさのモニターが置かれていて、そこだけちょっと現実感あって逆に異質。

 地平線の果てまで真っ白な、この場所はなんだろう。


「千夏ちゃんは何から聞きたい? ぼくはこの10話が終わるまでに千夏ちゃんと読者の皆さんが“オチ”を理解できるまで説明してくれって言われてるから、答えられる範囲で話すね」


 振り向いた少年の着ているTシャツにはデカデカと描かれた“終止符ピリオド”の文字が踊っている。

 誰なんだあんた一体。

 とりあえずいつでも戦えるようにファイティングポーズをとっておく。

 何か心得があるワケじゃないけど、体格差でなんとか……ならない?


「ぼくは“次回予告の人”であり、観測者であり、って言っても登場人物の千夏ちゃんにはわかりにくいだろうから“アカシックレコード”っていうゲームのプレイヤー……というのもわかりにくいか。妖精さんぐらいにしとこうかね」

「妖精? クリスさんに似てる妖精さん?」


 クリスさんはそんなTシャツ着ないと思うケド。

 なんとなく眉毛の感じとか目の形とかが似てる。


「この話、おんなじ顔してたり複製だったりが多すぎるよね。んまぁ、ぼくはパパに似てるって言われたら嬉しいけどね」

「パパ!?」


 へ、へぇー。

 子どもいたんだぁ。

 ご自分と同じぐらいのサイズまで成長してるし。


「千夏ちゃんも広い意味で言えばパパの子どもみたいなものだよね」

「? どういうコト? お弁当作ってもらってたから?」


 何それ。

 広義にしても海ぐらい広すぎやしません?

 わたしにも両親はいますケド。


2010825――というのが“正しい歴史”でね」

「8月25日って! わたしの誕生日になんてコトしやがるの!」


 クリスさんの息子さんは本を拾い上げると「火だるまになった程度では死なない【創造】の能力者であるパパが美華ちゃんの持っている“アカシックレコード”を模して創ったのが」わたしに見せてきて「この偽“アカシックレコード”というワケだね」と説明した。

 えーっと、待って。

 あのさ、前に“アカシックレコード”は作れない的なコト言ってたじゃない?

 あれ嘘?


「パパは偽“アカシックレコード”を第4の壁の上に置いた。千夏ちゃんをはじめとする登場人物たちに気づかれないようにね」


 第4の壁。

 劇を演じている役者と、見ている観客とを隔てる壁のコトだっけ。

 舞台上の世界と、観客のいる世界は別のものとする線引き。


「この場所は、つまり、……どこ?」

「千夏ちゃんは偽“アカシックレコード”すなわち“2009年8月25日から2010年8月25日までの1年間の記録”の登場人物。この場所は千夏ちゃんのいるべき物語の世界と読者の皆さんのいる画面の向こう側の現実との境目、って言えばわかるかね」


 は、はあ。

 美華さんは「偽の“アカシックレコード”のある場所へ送ってあげます」って言ってたし。

 その本が偽“アカシックレコード”ってコトならそうなんだろうし。


「美華ちゃんも言ってた通り、真“アカシックレコード”はただの本だからね。『本に書いてあることと違ったことをやろうとしている』人を見つけて本の通りの歴史にするのが美華ちゃんの役目で、それ以上の機能はないしね」

「わたしの探していた“アカシックレコード”は、都合よく変えられるってクリスさんから聞いてた」

「パパの能力はそっくりそのままを作るわけじゃないしね。偽“アカシックレコード”は、真“アカシックレコード”を1年分に薄くして美華ちゃんの能力を加えたようなものだね」


 ……なんだ。

 そういうコト?

 あの人、自分が創って、自分でここに置いて、わたしに探させてたの?

 全部知ってるクセに?


「なんか腹立ってきた」

「さっきぼくが言った『千夏ちゃんもパパの子どもみたいなもの』の意味もわかったよね」

「わかったから余計に腹立ってきた」


 手のひらの上で転がされていたってワケ。

 ムカつくなぁ。

 最初から謎は解けているのに、わたしに押し付けてきたし。


「もう一度説明するかね?」

「それは【はい】か【いいえ】を選べばいいの?」

「ゲームのNPCみたいだね」


 まだよくわかっていない読者の方もいるかもしれないし。

 もう一度説明したほうがいいんじゃない?

 わたしはその間ムカムカしておくから。


「滅びるまでの世界、あのときの記録レコード撮り直しリテイクしているんだよね。だから『あのときのリテイカー』だね」


 偽“アカシックレコード”を渡してくる息子さん。

 わたしがクリスさんの娘だとするなら、息子さんとは兄弟ってコトになるの?

 それは違う?


「13回目の夏は楽しかったかね?」

「わたしにとっては13回目感ないケド、13回目なの?」

「ぼくと会うのは今回が初めてだね」


 そうなんだ。

 これまではここに来なかったんだ。

 これまでのわたしは何をしていたの。


「今回は神佑大学附属高校に編入したのがよかったかもね」

「16歳のフリするの大変だったケド」

「まあ、現実にあの高校存在しないからね。存在しないから2009年時点での死亡が確定している人しかいないんじゃないかね」


 マジで全部解説してくれる。

 こんなところに1人でいたから寂しかったの?


「あれもクリスさんがやったの!?」

「宗治くんの『人生をやり直したい』という強い願望のせいでもあるね」

「宗治くん……」


 置いてきちゃったけど生きてるかなぁ。

 あ。

 でもこの偽“アカシックレコード”を手に入れたし!

 復活させてなんとかできるようになった!


「この物語の主人公は千夏ちゃんだから、これからは千夏ちゃんの思うままの物語に書き換えていこうね」

「もちろん!」


 この子の言う通り。

 わたしはわたしの物語をハッピーエンドで終わらせる。

 全滅エンドなんかさせない。


「というか、ここにいてつまらなくないの?」


 だだっ広い白い空間にひとりぼっち。

 わたしなら精神やられちゃいそう。

 クリスさんもなんてことするんだ。

 可愛い息子をこんなところに閉じ込めておくなんて。


「学校は? 友達はいないの?」

「ぼくの心配より、自分の心配したほうがいいね。あとこの物語も1話で終わるし、風呂敷畳む準備しとこうね」

「図星?」


 わたしのこのセリフに対して、すんごく嫌そうな顔をしながら「ぼくには美華ちゃんがいるから平気だね」と強がってくる。

 クリスさんにはない反応で可愛いかも。

 あの人スレてるからなぁ。


「ぼくは、物語の読者が0人にならないように見てないといけないんだよね」

「またまたぁ」


 もっともらしいコトを言っちゃって。

 そういうところパパに似てるなぁ。

 そんな役割どっか別の暇そうな人捕まえてやらせればいいし。


「千夏ちゃんが主人公であるように、ぼくにはぼくのやらなきゃいけないことがあるしね」

「うち来る?」

「あんなゴミ屋敷には行きたくないね」

「なんだとぉ! それはなんかなんとかするし!」


 否定はできないケド。

 わたしが本気出して掃除すればもう1人暮らせるぐらいの広さになるし。

 とにかくこんな白すぎて目が痛くなりそうな空間よりは絶対いいし。


「13回目でようやくここまでたどり着いたし、ぼくが物語の中に入っていくストーリーはないのかもね」

「クリスさんとチェンジで。どう?」

「パパと!?」

「いけるっしょ。そっくりだし」


 いけるいける。

 どうせクリスさんは大したコトしてないんだし。

 ……いや、今はちゃんとなんか仕事してるのカモ。


「美華ちゃんに相談はしてみるね」



【A good man in an evil society seems the greatest villain of all】











ついに次回は最終回! 「14回目の夏へ」!

物語の結末を見逃さないようにね!

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