「三発の弾の意味」


 わたしの人生は、この日のために積み上げてきたもの。


「このわたしを殺しに来たのでしょう? 一思いに撃ってくださいよ」

 とでも言えば、相対する霜降伊代そうこういよはグロックの銃口をわたしに向けてくれました。その無骨なピストルは、彼女の真面目さを表現してくれているように思えて、ああ、お似合いですよと、自然と笑みがこぼれます。そして彼女の【必中】であれば、その銃弾の一発でわたしの命を終わらせてくれるでしょう。それでいいのです。


 夢で何度も見ました。

 予行演習は済んでいます。

 場所もここ。組織の本部、わたしの部屋。正月休み明け。時期も合っている。


 今日、わたしは死ぬ。


 わたしはこのシーンを、彼女による殺人が道義上正しい行いであるように仕向けるべく生きてきました。罪は彼女になく、わたしにあります。彼女がわたしを恨むのは当然の摂理であり、したがってわたしは断罪されるべきなのです。

 第三者視点で鑑みて、わたしは殺されて当然と思われるような行為を積み重ねてきました。

 わたしは彼女の父親にあたります。物心がついてから、彼女と彼女の母親を捨てました。わたしには一生を捧げると心に決めた存在の宗治くんがあって、それは彼女でも、彼女の母親でもありません。むしろ、〝わたしに終止符を打ちにくる彼女〟という存在をこの世に生み出すためだけに彼女の母親へ媚を売り、孕ませ、彼女を産ませて育てさせたと言い切ってしまってもいい。

 わたしには宗治くんがいました。その宗治くんは亡くなってしまいましたが、宗治くんには二人の息子・総平くんと智司がおります。わたしには彼らを支える義務がありました。宗治くんを死に追いやったのには、わたしの【予見】も加担してしまっていたから。わたしは息子たちから父親を奪ってしまった罪を償わなければならないのです。わたしが今日この時を迎えてしまったので、おしまいとなりますが。

 霜降伊代からすると、わたしが彼女の親友たる天平芦花と関係を持ったことも、……許し難い行動でしょうねぇ。芦花は、わたしのさほどない財産の全てを、余すことなく手に入れるでしょう。わたしが総平くんに芦花を紹介したのも、そのうちのひとつ。芦花は最初こそでしょうけど、総平くんはその広い心で、芦花を救ってくれると思います。芦花はがめつく、守銭奴で、人の心を弄ぶ――悪い人間のように思えますが、その実とても寂しがりな、可愛い女の子です。こう、なんでしょうね、実の娘ではなく、同い年の他の娘に入れ込んでいるのも、霜降伊代にとっては状況でしょうねぇ。


 ああ、失念しておりました。霜降伊代と香春隆文を引き合わせたのはわたしです。ふたりの恋愛関係を引き裂いたのもこのわたし。香春隆文という不死身のバケモノを野放しにしていれば『能力者を保護する』名目で設立されたこの組織のメンツが保てませんからねぇ。わたしは霜降伊代をけしかけて、ふたりはものの見事に盲目的な恋に落ち、やがて霜降伊代の名前で香春隆文を呼び出させ、罠に落として香春隆文を捕らえ、研究施設に彼を閉じこめました。彼はもう二度とあの場所からは出られないでしょう。それが世界のためでもあります。霜降伊代の愛で彼の力が制御できるのだとしても、霜降伊代の死後はどうなることやら。わたしの死後なので、わたしには関係のない話ですが。


 いいんですよ、わたしがどのような誹りを受けようとも。

 わたしが糾弾されればされるほどに、わたしの死は正当化されます。わたしは、死んで当然の人間ですよ。


 わたしの能力の【予見】は、過去と未来を視ることができます。生まれてこの方ずっと、この能力と付き合ってきました。視た未来は不可避となり、必ず現実に起きてしまいます。経験則で、わかりきっています。だからわたしは運命に流されるまま、そうあるべくしてあるように過ごしてきました。この瞳には振り回されてきましたが、まあ、これもまたわたしの人生ですので、気持ち悪がられようが、蔑まれようが、。人は見たいようにしか見ない。

 死ぬのが怖くないのかと問われれば、怖いですよ。とても怖いです。これからどこにいってしまうのか一切視えませんから。これまでは視えていたものが、視えない。

 わたしが視える未来は、今日までで途絶えています。つまりはわたしの死後、この世界がどうなってしまうのか、わたしにはわからない。わたしのいない世界をわたしがうれいても、どうすることもできませんけどねぇ。

 もし地獄という場所が実在するのなら、わたしは奈落の底に叩き落されるのでしょう。それでいいのです。そうなっても仕方ないことをしてきました。底には宗治くんはいないでしょう。わたしはわたしの生前の行いを、特に、宗治くんの未来を視てしまったことで宗治くんの死を確定させてしまったことを、後悔し続けます。それが亡くなってしまった宗治くんへできる、唯一の罪滅ぼしだと思うのです。


「……」


 ようやく霜降さんがトリガーを引いてくれました。彼女には【必中】があるので、急所を外すはずはないのです。が、その銃弾はわたしの右肩を貫きました。肩を撃たれたぐらいでは大怪我程度であり、人間が即死するほどのダメージにはなりません。どうせなら即死させてほしかったのですが、霜降さんはわたしに命乞いでもしてほしいのでしょうか。しませんよ。


「うぐ……あ……」


 能力者を統率する組織のトップ、という立場になって、生命の危機に晒される場面は多々あります。ですが、わたしは今日を迎えるまでは死なない、どれだけ危険な目に遭おうとも生存すると知っていたので、一見して大胆で無計画、命知らずとしか思えない選択肢を選べていました。相手方には不思議にうつったでしょうねぇ。その際に痛みはありましたが、死に直結するものではないからと耐えることができていました。それも今日で終わり。


「霜降さんは、わたしに、どうしてほしいんですか?」


 謝ってほしいのなら、何時間でも謝って差し上げてもいいんですよ?

 彼女の気が済むまで、この頭を下げてもいい。


「このわたしを痛めつけて、殺したいとおっしゃるのなら、わたしにも考えがあります」


 わたしにこの先の未来がないのは、わたし自身がよく知っている。これは絶対に不可避で、……そう、わたしは、わたしは死ぬ……死ぬ。ここで、わたしの娘に、冷たい視線を向けられながら、死ななくてはならない。


 覚悟は決まっていたはずなのに、痛みによって想起される言葉は『死にたくない』だった。

 ――宗治くんも、こう思っていたんだろうか。


、わたしは、」


 引き出しの中から用意しておいた毒薬を取り出して、口の中に放り込む。これで、


 考えてみれば、射殺されるよりもいいんじゃないでしょうかねぇ。この娘は正しい。理想は一発で殺されることだったのですが。


「あなたのことを、娘として愛したかった」


 せっかく飲んだ薬が、泡と共に体外に出ようとする。手が震える。気持ち悪い。寒気がする。


 このごにおよんでわたしはなみだをながしながら、くるしまぎれに「あいしたかった」とがらにもないせりふをはきだした。そんなことをそうこういよにおもってもいないとおもわせないといけないのに。なぜならかのじょはみずからさくらあゆであることをすててわたしのまえにあらわれた、そんなそんざいなのだから。さくらあゆではなく、そうこういよ、かのじょのこころを、けついを、こんな、ちんぷなことばでぐろうしてはなら


「さよなら、パパ」


 ***


 そしてわたしは作倉卓の頭を撃った。もう弱っていたから、あっけなく後ろにひっくり返った。死んだだろう。確認するべきだろうか。

 スマホからは『よくできました』と、女の声がする。


「わたしは、」


 取り返しのつかないことをした。

 恨んでいた相手なのに、心がすっきりしない。


「どうしてこんなことをしてしまったんだろう」


 考えれば考えるほど、殺すまでの相手ではなかったように思えてくる。

 ここに向かうまではこの心は殺意で満ち溢れていたのに、どうしてだろう。


『あなたは正しく復讐を果たしました』


 スマホの中の〝知恵の実〟はわたしを褒める。


 復讐。

 わたしの復讐は、命を奪うまでのものだったか。

 最期に、


『伊代?』

「わたしは、作倉あゆ……霜降伊代じゃ、ない……」

『は?』


 わたしは、……わたしはなんてことをしてしまったんだろう。


『伊代、気を確かに』

「もっとパパと話していれば、こんなことにはならなかった」

『話していても、ろくなことにはならない。作倉卓は我らの敵』

「敵ではない。話せばわかる。決めつけてはいけない」


『でもあなたは、作倉卓を殺した。皆があなたを称賛するでしょう』


 しない。

 ここにある現実は、実の娘が父親を殺したというものだから。


 皆って、誰なの?


『あなたは霜降伊代。作倉あゆではない。だから、』


 銃弾は、あと

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