「ヒーロー研究課より愛を込めて」
遅・刻・寸・前。
ほんとにほんとにほんとにほんとにこんなにギリギリになるなんて想像もしていなかった。
いつもなら5分前には集合場所に着いている。
ギリギリまで次の授業のための資料を作ってしまったのが敗因だ。
幸雄くんごめん。
(高校教師をやりながら世界を救うの、きついかもしれない)
教員免許を取っていたから、神佑大学附属高校に教師として潜入できた。
免許の取得を勧めてくれた作倉さんには感謝しないといけない。
本当に、一時期を除いての32年間のほとんどを……いや、今回が13回目だから45年間ほぼ全てでお世話になり続けている。
このままだと親父と作倉さんとが過ごした時間よりも長い付き合いになってしまうかもしれないが、それは避けたい。
今回でこの世界との決着をつけよう。
(俺は最初に“年齢が変わらなかった”2010年から今回までで、どこで何が起きて何が変わったのかを記録している。でも、組織内で“世界が繰り返している”ことに気付けていたのはクリスさんだけだった。作倉さんには俺のメンタルを心配されてしまった)
神佑大附の調査が決定したのはクリスさんの独断だ。
作倉さんには一切話が通っていない。
なんだかんだと作倉さんに相談してきた俺も今回の件に関しては一言も伝えていない。
風車宗治と氷見野雅人、この2人に会わせてはいけないと判断したからだ。
(親父の大ファンである秋月さんを送り込んだのは人選ミスのような気がしてならないよ。でも、まあ、クリスさんにはクリスさんなりの策があるのだろう)
若かりし頃の親父や氷見野さんに再会できたところで過去に起こってしまった出来事は消せない。
作倉さんがあのころのような状態に戻ってしまうことを恐れて、クリスさんへは「絶対に作倉さんには話さないでください」と念を押している。
……この世で1番の恩人が廃人と化したあのころのことを思えば、氷見野さんの「能力は“魂の病”であり、能力者はすべて病人」という説は大正解だ。
それに、氷見野さんの遺産がなければ現在の健康状態まで戻してあげられなかっただろう。
(死人の復活は何らかの“能力”としか考えられないが、人選がピンポイントだから……案外俺の近くに犯人がいるのかも)
クリスさんは死人の復活を“時空に干渉できるあるいは時間を操作する能力者”の仕業と推測していたが、俺は“自分の思い通りに世界を操る能力者”の所業と考えている。
親父の【威光】のような。
だから、この死人の復活問題を解決したところで“2009年から進まない世界”からの脱出とは結びつかない、と俺は考えている。
それはそれとして。
世界を救うことに専念するべきとは思うものの、亡くなった父親が高校生となって学生生活を楽しんでいるという事実を聞いてから「はい、そうですか」とは言い切れず、こうやって担任になってしまった。
(あの高校2年生の姿の風車宗治が元凶かと思っていたが、あの親父は能力者じゃないんだよな。能力者だったら秋月さんが持ち込んでいる装置が反応するはず)
考えているうちにトウキョー駅だ。
丸の内口までダッシュ!
「待った?」
土曜日の昼下がり。
トウキョー駅は賑わっている。
人混みの中でもかなり目立ってしまう銀髪長身の青年・篠原幸雄くん、オーサカ支部所属の24歳。
「いや?」
通行人からは俳優さんかモデルさんかな? とでも言わんばかりに好奇の目を向けられている。
どうしてこの子オーサカ支部にいるんだろう。
作倉さんが特に明確な理由も伝えずに辞令を出したらしいとは聞いている。
クリスさんはこの件に関しては何も聞いてないとか。
「本当は何か用意したかったんだけど、急に『明日! 映画を観に行こう!』っていうもんだから慌てちゃって」
それはそれとして、今回はアプローチを変えていく。
神佑大附のタスクをこなしながら彼の親密度を上げていくルートだ。
「支部長から昨日渡されたチケットの期限が今日までだった。致し方あるまい」
オーサカ支部で火事があったあの日、幸雄くんは芦花さんを救ってくれた。
今度は俺が彼を助けなければならない。
まずは“知恵の実”が幸雄くんを幽閉するルートを断ち切る。
「なるほど?」
彼の能力【疾走】は今後“時空に干渉する”ほどの絶大な力になってしまう……この力を手中におさめようとする輩が彼の命を狙っており、オーサカ支部は阻止できていない。
特に“知恵の実”は危険因子だ。
何をしでかすかわからない。
「せっかくならオーサカ支部の人と行けばよかったのに。わざわざトウキョーまで来なくても」
「これは総平へのテストだ。支部長も総平を試すためにこのぼくへチケットを預けたのだからな」
幸雄くんは勘違いしている。
オーサカ支部の芦花さんを、俺がオーサカ支部から掻っ攫うって?
ないない。
芦花さんはオーサカ支部にいたほうがいいよ。
いたほうがいいと思う。
「いや……築山さん、多分そこまで考えてないと思うよ……キャサリンさんと一緒に行くと思ってたんじゃないかな……?」
可愛くて分け隔てなく人と接することができて裏表がなく言いたいことは我慢せずに何でも話してくれるようなさっぱりとした性格の芦花さんに好かれているのは、心の底から嬉しいと思う。
俺が器用だったら、芦花さんとより親しくできただろう。
……世界の為という大義名分で彼女との関係は疎かにしてしまっている。
振られても文句は言えないよ。
「幸雄くんはポップコーン食べる?」
今日のところは彼と向き合おう。
事前に芦花さんから聞き出した情報をもとに、何とかうまいことやってみるしかない。
父親が芸能事務所の社長で、母親が弁護士か何かだっけか。
ということは映画なんて幼少期から見飽きているかも?
何か観たい映画があって、支部長からチケットを譲ってもらった……って感じではなさそうだ。
「映画館で絶対に食べなければならないものなら食べよう」
「そういうものでもないけど……」
「なら、いらない」
そうかー。
映画館のポップコーン美味しいのに。
「映画終わったらどうする? ランチ?」
「総平に委ねよう」
「俺が決めていいの?」
「ああ。これもテストの一部だからな」
さっきからずっとキョロキョロしてるのは何か気になるものでもあったのかな?
おのぼりさん?
トウキョー出身じゃなかった?
「期待に応えられるよう、頑張るよ」
さて、映画館に着きましたよ。
お!
最新作公開してる!
「智司と観に行こうと思ってたけど、まあ2回観に行けばいいか」
「智司とは?」
そういえば秋月さんと智司は同い年か。
同い年に見えないのは制服姿を見る機会が増えたからかもしれない。
「俺の弟。幸雄くんと同い年か一個下かな」
9歳下の弟もヒーロー研究課にいる。
今日は芦花さんに来てもらっているから、留守番できているだろう。
芦花さんがせっかくトウキョーに来てくれているのに俺は芦花さんの同僚と映画を観に行っている謎の現象。
世界を救うために幸雄くんと仲良くなっておく必要があるとはいえ。
「ポップコーンと飲み物買ってくるから、幸雄くんは先に座ってて。あ、飲み物何がいい?」
「結構だ」
即答された。
最近の若い子は難しい。
「テキトーに好きそうなのを買っておくね」
さて。
こんな俺と幸雄くんをずっと監視している人がいる。
幸雄くんにはシアター内に先に入ってもらって。
俺は売店へと向かうフリをする。
フリをするというかまああとでポップコーンと飲み物は買う。
あとでちゃんと買う。
だからその前に、話をしようじゃないか。
「白菊ミクさん、……じゃなさそうだ。君は何番目?」
いつも教室で見ている39番目の白菊美華ではない。
同じように神佑大学附属高校の制服だが、ブレザーまできちんと着ている。
髪型も向こうが短めのツインテールなのに対してこちらの白菊さんは低めのポニーテール。
「わたしは99番目です。風車総平さん。初めまして。39番目がお世話になっております」
「ご丁寧にどうも」
99番目もいるのか。
何人いるんだ白菊美華。
「わたしはオリジナルから篠原幸雄を監視するよう命ぜられています」
なるほど。
なら、俺がいまこうして幸雄くんと過ごしている時間は無駄ではない、ってことになる。
アカシックレコードを所持しているオリジナルの白菊美華が幸雄くんに注目しているのは、幸雄くんがこれから先の歴史に甚大な被害をもたらすからだ。
おそらく【疾走】のバタフライ効果だろう。
39番目のミクさんは誰を監視しているんだろうな。
「99番目さん、幸雄くんは今何が飲みたいんだと思う? おじさんにはわからなくて」
いつから監視していたのかは不明だが、監視していたなら本人の好きそうな飲み物もわかるはず。
99番目の白菊美華は少し考えるそぶりを見せて、「アイスティーでしょうか?」と答えた。
うーん、無難なところ来た。
【Ask and you shall receive】
続きはこちらを読んでね!
https://kakuyomu.jp/works/16816700426740794877/episodes/16816700426771600829
風車宗治と作倉卓の因縁が作中何度か出てきているけど、本人のいないところで言われている悪口ほど怖いものはないね。
噂に尾びれ背びれがついて自分勝手に泳いでいきそうだね!
秋月千夏視点に戻っての5話「死人がしゃしゃるな」
何このタイトル、不穏すぎ!
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