「平行世界で俺は死ぬ」
「待った?」
休日を利用して、ぼくは単身トウキョーへやってきた。
待ち合わせ時刻ジャストに滑り込んできたこの男と会うために。
「いや?」
待ち合わせ場所はトウキョー駅。
芸術品のような駅舎はいつ見ても美しい。
ジャパンのメトロポリスの玄関口として最も適したシルエットをしている。
「本当は何か用意したかったんだけど、急に『明日! 映画を観に行こう!』っていうもんだから慌てちゃって」
「支部長から昨日渡されたチケットの期限が今日までだった。致し方あるまい」
ぼくの答えに「なるほど?」と、わかっているようないないような表情を浮かべているこの男の名前は風車総平。
仕事でもないのにネイビーのスーツを着ており、肩からは一眼レフと推測されるカメラのケースを提げていた。
「せっかくならオーサカ支部の人と行けばよかったのに。わざわざトウキョーまで来なくても」
「これは総平へのテストだ。支部長も総平を試すためにこのぼくへチケットを預けたのだからな」
ぼくはそう解釈した。
そうでないならば何だと言うのだ。
「いや……築山さん、多分そこまで考えてないと思うよ……キャサリンさんと一緒に行くと思ってたんじゃないかな……?」
シアターへの道を歩きながら、周囲を見渡す。
土曜日ということもあり街は賑わいを見せているが、この数多の人の中でぼくには劣っても総平よりは見目麗しい男性もいる。
どうして天平先輩は総平を選んだのか。
今のぼくには皆目見当がつかない。
「幸雄くんはポップコーン食べる?」
「映画館で絶対に食べなければならないものなら食べよう」
映画館の売店にあるポップコーンか。
鑑賞中に食べている観客を見たことはある。
だが、その場にいるすべての観客が食べているものではない。
「そういうものでもないけど……」
先日の会合はお見合いではなくてデートであったらしい。
天平先輩と支部長との会話を聞いたキャサリンが勘違いしたものであったとか。
勘違いは誰にでもあることだ。
「なら、いらない」
天平先輩は総平のどの部分を気に入ったのか。
総平に天平先輩の一生を守れるだけの力があるのか?
ぼくはオーサカ支部の1人として総平の真の姿を見極める必要がある。
「映画終わったらどうする? ランチ?」
「総平に委ねよう」
ぼくはトウキョー生まれトウキョー育ち。
しかしながら、オーサカ支部の所属になるまで山手線の外側に出たことはなかった。
トウキョーの名所を深くは知らない。
そこで、プランを総平に決めてもらうこととした。
総平がどのようなルートを選択するのかで、人としての価値がわかるというものだ。
「俺が決めていいの?」
「ああ。これもテストの一部だからな」
どこへでも連れて行きたまえ。
チロリアンハットは秋の日差しからぼくを守ってくれている。
ママの優しさを感じる瞬間でもある。
「期待に応えられるよう、頑張るよ」
シアターへ辿り着き、受付で座席を決める。
映画のジャンルも総平に一任したが、どうやらハリウッド映画のシリーズもののようだ。
ぼくは1作品も観ていない。
「智司と観に行こうと思ってたけど、まあ2回観に行けばいいか」
「智司とは?」
「俺の弟。幸雄くんと同い年か一個下かな」
なるほど、弟がいるのか。
ぼくは一人っ子なので兄弟の距離感というものはわからないが、成人しても兄弟仲良く映画を観に行くものなのだろうか。
年齢差を鑑みるにぼくと導がふたりで出かけるようなものか。
「ポップコーンと飲み物買ってくるから、幸雄くんは先に座ってて。あ、飲み物何がいい?」
名刺を受け取った翌日から、何度かメールでやりとりをしたのだが、総平は現在32歳。
本部直轄の“ヒーロー研究課”に勤めている。
この“ヒーロー研究課”というのは2年目にして初めて聞いた部署なのだが、調べると本当に存在した。
「結構だ」
ふと背後に視線を感じて振り返る。
ロビーには家族連れやカップル、誰かを待っているような人、ふらふらと歩き回っている人、などなど。
ぼくの見知った顔は1人もいない。
「テキトーに好きそうなのを買っておくね」
ぼくは「いらない」と言ったつもりだったが、総平はぼくに座席番号の書かれたチケットを1枚渡して売店に向かっていく。
まあ、いずれ喉は乾くだろうからな。
ないよりはあったほうがいいかもしれない。
(先程の視線は……)
銀髪に高身長。
奇特な目で見られることは幾度となくあるが、話しかけられたことはない。
番号と座席を確認しながらシアターの中へ。
(まあ、ぼくは目立ってしまうからな)
最後列の端に腰掛ける。
こうやって映画館で映画を観るのは久方ぶりだ。
空席がまだ目立つが、始まるまでには埋まるのだろう。
(風車総平。先代首相の風車宗治の息子)
本人が来るまで、調べさせてもらった情報をまとめておこう。
風車宗治首相。
内政に外交にと奔走し、経済は上り調子、国民からの支持率は非常に高かった。
時が経った現在、考えてみれば“非常に”というよりは“異常に”高かったともいえる。
誰も彼の打ち立てた政策を否定しなかったし、実際にやることなすこと間違ってはいなかった。
それを“おかしい”と全国民が気付かないようなフィーバー状態だったのだ。
(不慮の事故で彼が亡くなるまで、その“独裁状態”は続いた)
ぼくが所属している組織は、彼が最期に“能力者保護法”を成立させたことにより設置されることとなった。
だから立場上、形式的にでも彼は感謝しておくべき存在だろう。
一部からは「彼自身が能力者だったのでは」という噂も立っているが、真偽のほどはわからない。
「お待たせ!」
総平がぼくの好きそうな飲み物として買ってきたのはアイスティーだった。
嫌いではないが特段好きというわけでもない。
当たり障りのない選択だ。
「……もしかしてコーヒー派だった?」
組織に所属しているということは、何らかの“能力”が総平にもあるのかもしれない。
もちろん所属している全ての人間が能力者というわけではないが、可能性は高い。
そう考えながらまじまじと顔を見つめていると、アイスティーを買ってきたことに不満を抱いているのではないかと勘違いされてしまったようだ。
「いいや、別に」
上映前の予告編が5作品分流れて、コマーシャルののちに、本編が開始される。
2時間ほどある上映時間の中で隣の席をチラリと見やると、ポップコーンを1粒ずつ頬張りつつ視線はスクリーンに釘付けの総平がいた。
父親とは全く顔つきが似ていない。
ぼくもどちらかといえばママ似だ。
映画のほうは、どうやら前作の続きからのストーリーらしい。
ぼくには物語の全容がわからなかった。
派手な映像が飛び出し、爆音は劇場内を揺らす。
(頭が痛い……)
ようやくエンドロールが流れる。
テーマソングが響き渡る中、ぼくはようやくアイスティーを啜った。
ほのかに甘いのは、総平がガムシロップをためらい気味に入れたのだろうか。
水分が五臓六腑へと染み渡っていく。
劇場内が明るくなった瞬間に、総平は嬉しそうに「面白かったー!」と歓声を上げた。
「シリーズ最高傑作かもしれない」
「そう……」
テンションの高い総平と、低いぼく。
総平はそそくさとポップコーンとドリンクの空容器を捨てると、パンフレットを購入してぼくの元に戻ってきた。
体型にそぐわぬ機敏な動きをしてみせる。
「幸雄くん、おなか空いてる?」
この状態でランチは食べられない。
少しでいいので休憩がほしい。
「いや、まだ……」
「そっかそっか。ならバスに乗ろう。晴海埠頭ってところまで行くバスはどの停留所で待っていればいいのかな、っと」
バスか。
車窓から街並みを眺めつつ、次の目的地へ向かおうということか。
小休止にもなる。
「はるみふとう? 終点まで乗るのか」
「一回行ってみたいと思って」
バス停には時刻表のほかにバスの終点が一覧で並べられている。
そこには“晴海埠頭”の文字があった。
晴海埠頭は客船ターミナルのある場所で、トウキョーの海の玄関口だ。
船を見るのが趣味なら、もっと他にも適した場所はありそうなものだが。
「今日は総平の案内だからな。オーケー、ついていこう」
小一時間の移動。
バスを提案したのは総平だが、本人はバスの中で眠っていた。
具体的には目的地についてぼくが「おい、起きろ」と肩を揺らすまで眠り続けていた。
もし無理矢理起こさなければそのまま車庫まで運ばれていただろう。
呑気なものである。
「あれ? パンフレット」
しかも先程購入したパンフレットをバスの座席に置き忘れていた。
ぼくが気付いたからいいものの。
「ほら」
「しっかりしてるね! ありがとう!」
当然だ。
ぼくがしっかりしなければオーサカ支部はよりカオスな状況になっていただろう。
築山支部長はよく鍵をかけ忘れる。
天平先輩は買い忘れが多く、導は宿題を机に置きっぱなしにする。
「ところでここは」
「聖地に向かってゴー!」
「聖地?」
どうやらここは宗教施設らしい。
そのようには見えないが。
「ぼくたちのようなノット関係者が立ち入っていい場所なのか?」
正面から階段を上り、2人で建物に入っていくも誰も見当たらない。
ぼくは気味が悪くなって総平に訊ねる。
照明は最低限しかついていないが、鍵は開いていた。
ひょっとして、営業日ではないのではないか。
どう見ても歓迎ムードではない。
係員の姿はどこにもなければ清掃員も見当たらない。
「たぶん大丈夫なはず……あのエレベーターに乗ろう」
警戒しながらエレベーターに乗り込み、ボタンを押す。
ここまで連れてきたからには何らかの目的があるのだろう。
「ところで、幸雄くんは日曜日の朝のヒーロー番組って見たことある?」
「いいや」
子ども向けの番組は見たことがない。
日曜日は朝から水泳教室に通っていた。
身体づくりの基礎として、幼い頃から好んで運動をしている。
「そうか……じゃあ、見覚えないかもな……」
エレベーターが上の階へ着いた。
建物の外に出られるようで、通路を進んでいく。
目の前にレインボーブリッジが見える。
船は行き来しているがこの港には泊まらないようだ。
ブルースカイに太陽がひとつ。
「この場所はよくヒーロー番組のロケ地として使われている」
その太陽の光を乱反射するオブジェが置かれた広場。
オブジェのほかには何もない。
チェアーやテーブルの類がなくただのスペースがある。
なかなか景色は良い。
「ここで幸雄くんに質問。ヒーローの条件とは?」
海を背にして、総平はぼくに問いかける。
この質問は総平が“ヒーロー研究課”だからなのか?
「ヒーローに条件があるとすれば、そうだな……やはり、ぼくのようにエクセレントでビューティフルな存在だろう」
英雄とは気高く美しく、華々しく、歴史上に名を残していく。
皆に尊敬され、認められる存在であるはずだ。
総平は肩をすくめて「それだと、俺はヒーローになれないな……」と自嘲気味に笑った。
「でも俺は、あの時からずっと、誰かを助けられるようなヒーローになりたいと思ってるよ」
誰かを助けられるようなヒーロー、か。
それはそれで立派なことではないか。
できるかどうかはともかく、目指すことは誰にでもできる。
「だから、今回は幸雄くんを助けられるように努力する。ここで誓おう」
「ぼくを?」
これまた大きく出たな。
ぼくにはオーサカ支部の仲間がいる。
ぼくに危機が迫った時、固い絆で結ばれたオーサカ支部のメンバーはぼくを救ってくれるだろう。
トウキョーを拠点とする総平よりも身近な存在だ。
総平が心配することではない。
「今度俺から幸雄くんに電話をかけたとき、周りに誰がいても、誰かと話していても、どんな状況下であっても、絶対に! 電話に出てほしい! ……多分、これで何かが変わると思う」
「何があっても総平との通話を優先しろ、と?」
総平は頷いた。
何、電話に出るだけなら大したことはない。
「いいだろう。約束する」
「あ、あと幸雄くんさ、この前なんか、天秤がどうのこうの言ってたけど、人事は作倉さんだから! 芦花さんが決めるもんじゃないから!」
天平先輩と美貌で釣り合うとは思えないが、中身はお似合いの2人なのかもしれない。
ここまで行動を共にして、そう感じた。
【 Binadamu tupendane mazuri tutendeane 】
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