「紅を塗ってもブスはブス」


 最近、こんなナイトメアにうなされている。

 ぼくと純白のウェディングドレス姿のレディがヴァージンロードを歩き、神父の面前に立ち止まり、向かい合う。

 ヴェールをどけると麗しくメイクアップした天平先輩。

 突如教会に鳴り響く轟音。

 扉のほうを見れば大型バイクに跨った白無垢姿のキャサリン。

 バイクをその場に倒し、どすどすと駆け寄ってきてぼくの左手を取る。


「ダーリンはキャサリンのダーリンだからぁ!」


 神父に宣言してから、キャサリンはぼくをぐいぐい引っ張ろうとする。

 そのキャサリンの左頬を平手打ちする天平先輩。

 キャサリンはひるまない。

 ぼくの腕にしがみついて「芦花ちゃんには絶対に渡さないから!」と主張している。

 ぼくはといえば、天平先輩がキャサリンに対して手を上げたことに驚愕した。

 これは夢なのだ。

 そうであってほしいという願望もある。


「せやったな。ほなら、勝手にやっとけ」


 天平先輩はキャサリンの背後を指差した。

 その先に立っていたのは総平だ。

 天平先輩のお見合い相手のさえない男だが、真っ赤なジャージ姿でお出ましとは。

 この教会のこの結婚式の雰囲気には似つかわしくない。

 

「うちはオーサカ支部がこれからどうなってもええし」


 夢とはいえとんでもないことをおっしゃる。

 自分よりも体格の良いキャサリンを突き飛ばすと、総平の方へ駆け寄っていく。 


「ダーリン……!」


 赤絨毯に尻餅をついたキャサリンが、潤んだ碧眼でぼくを見上げた。

 ぼくはキャサリンに手を貸して立ち上がらせる。

 天平先輩は“かつての仲間に危害を加えてまでも新たな仲間を選ぶ”ような女性なのか。

 ぼくはそうは思いたくはない。

 そう思いたくはないのに、夢の中でこのような芝居を見せられているのは、心のどこかで天平先輩を信じきれていない気持ちがあるのだろう。


「天平先輩!」


 呼びかけて、思いとどまる。

 ここで断定されてしまったらと逡巡した。

 自信がない。

 ぼくらしくない。

 以前なら考えられなかったことだ。

 ひとつの答えを出すのに悩み、まごつくなんて。


「ぼくは、」


 ぼく自身の本心がわからない。

 優柔不断なパーソンをぼくは嫌っていた。

 ぼくは自分が嫌いなタイプの人間となってしまったのか。

 ぼくはいつ何時であってもぼく自身がジャスティスだったではないのか。


「さっちゃん、顔色悪いよ? 寝不足?」


 総平はぼくの心配をしてきた。

 馴れ馴れしい。

 天平先輩でもなければキャサリンでもなく、一度顔を合わせただけの総平がぼくの体調を気遣うとは。

 つい最近3日間も眠っていたのに寝不足なわけがあるか。


「きみに“さっちゃん”呼びを許可した覚えはない」

「芦花さんがさっちゃんって呼んでいるからつい……」


 こんな男に、天平先輩はふさわしくない。

 そう確信しているのに天平先輩へと投げかけるべき言葉を紡げない。


「わしはねえさんのことが好きじゃ!」


 不意に導の声がした。

 振り向くと、神父の背丈がみるみるうちに縮む。

 神父は能力【変装】を使った導だった。



「……という夢を見ます」

「なんでそんなおもろい夢にわては出てこないのかな」


 ぼくは大真面目に相談している。

 相談している相手は、心底つまらなさそうな顔をしている築山支部長。

 やがて頬杖をついて、片手で週刊誌のページをめくり始めた。

 天平先輩は外回りに出かけていて不在。

 導は修学旅行でトウキョーへ行っており、今日の夕方に帰ってくる。

 気になる女の子とおなじ班となったとかで、支部長や天平先輩にデートスポットを訊ねていた。

 下調べの成果やいかに。


「ぼくが気付いていないだけでどこかにはいらっしゃるのでは」


 ぼくと天平先輩の結婚式なのだとすれば、上司である支部長がいないのはおかしい。

 しかしなぜぼくと天平先輩の結婚式なのか。

 配役がおかしい。


「まあ、キャサリンと芦花ちゃんが幸せになってくれればどうでもええ話やな」

「ぼくのことはどうでもいいとおっしゃる?」


 クエスチョンに対して築山支部長は「さっちゃんは自分で考えて自分で決めるだろうからな」とせせら笑った。

 確かにそうだ。

 本来のぼくならば悩まない。

 自分のことは自分で決めなければならない。

 他人に意見してもらうなんて、まっぴらごめんだと思う。


「キャサリンはあれでいてメンタル弱いんだよな。昔から変わらん」


 支部長は古い週刊誌を引き出しの中のBB弾から取り出した。

 オーサカ支部のスターティングメンバーは支部長とキャサリンのふたりだったと聞く。


「ちょろっとでもへこむとひきこもるからな。がきんちょに『ブス!』ってののしられて1週間出て来いへんかったな」

「その子どもに日が暮れるまで説教してきます」

「してきてもええけど、その前に昔話をさせてもらおうかな」


 何があったとしてもキャサリンへの思いは変わらない。

 ぼくは過去にはこだわらない。

 過ぎ去ってしまったものは変えられない。

 支部長は7年前の日付の週刊誌のページをめくり、開いた状態でぼくに手渡してきた。


「この事件とキャサリンとに関係が?」


 飛行機事故があった。

 ジャパンからニューヨークへ向かってテイクオフし、太平洋の海上で爆散。

 乗客1名を残して全員行方不明ないし死亡。

 いまだにすべての遺体を発見できていない。


「キャサリンのガールフレンドがスッチーでな」


 スッチー。

 キャビンアテンダントのことか。


「巻き込まれて亡くなられたんだと」


 このときの生き残りの1名は築山支部長ご本人である。

 当時は“奇跡の奇術師”としてメディアに取り沙汰されていたらしい。

 ぼくの家は幼少期の頃からテレビをほとんど見ないファミリーだったのでわからないのだが、導から支部長の出演していた番組の話を何度か聞かされている。


「ガールフレンドを亡くしたキャサリンはそのガールフレンドの姿になろうとして【縫合】を手に入れ、パーツとパーツとを縫い合わせて、亡き女性の姿に近づいた」


 築山支部長は話を続ける。

 この世界で“能力”を発見し“能力者”を判別する装置を作り上げた氷見野雅人博士によれば、人間が“能力者”となる契機としてが必須となっている、のだとか。

 ぼくは研究者ではないので詳しいところはわからないが、当事者として心当たりがないわけでもない。

 ましてやキャサリンのように、大事なガールフレンドを不慮の事故で亡くしたとなれば。

 追い求める理想像。

 失われて戻ってこない彼女。

 思い出のなかで美化されていく姿。

 ……キャサリンの自宅の壁に、キャサリンの写真が貼ってあるスペースがある。

 特段気に留めることもなかったが、あの写真はキャサリンではないのかもしれない。


「そういや当のご本人は今日も寝坊かな」

「ぼくが出てきた時はまだシャワーを浴びていました」

「まあ、ここんとこ暇だからええけどな。ジャックもまだ入院中っていうしな」


 支部長が週刊誌を閉じて、保管されていたBB弾のサイズに戻した。

 ハロウィンの日に導が昏倒させた(ぼくは倒れてしまっていたのでその光景を目の当たりにしていないが、相当強い力で殴ったらしい)ジャック。

 一連の窃盗事件の重要参考人として警察の方が捜査すると聞いた。

 ジャック本人は関与を否定していたが。


「ところで、ここに映画の鑑賞券が2枚ある」


 引き出しから取り出したチケットをひらひらさせる支部長。

 ぼくが「2回観に行けますね」と答えると、ムッとしたような顔をされてしまった。


「知り合いからもらったんやけど、わては映画館で観るより家で好きなつまみを食べながら観る派なんだな。だからさっちゃんに渡そうと思う」

「ぼくにですか?」

「変な夢を見るのも、疲れとるからやろうしな。息抜きになるといいな」


 ありがたく頂戴しよう。


【 Cada oveja con su pareja. 】

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