概要
工場に勤めて漫然と日常を過ごす《僕》は、寂れた峠にひとりたたずむ女を見掛けて、おもわず声を掛ける。
彼女はひとつに結わえた髪を揺らし、振りかえるといった――今晩、狐が降るのだと。あまりにも現実離れした言葉に戸惑いながらも《僕》は彼女の面影が何処か懐かしく感じられて、一緒に狐が降るまで待つことになる。
「あの、何処かで遇ったことがありませんでしたか」
「――――それならきっと、想いだしてくださいね」
《僕》は指を折るようにひとつひとつ、想い出をたどる。
田舎の町。騒がしい蝉の声と噎せかえるような草いきれ。神社の夏祭りと、ゆかたの紅緋い袖。ふたりで火をつけた《きつねはなび》――毎年、新しい夏が巡ってきた、あの頃のことを。
おすすめレビュー
新着おすすめレビュー
- ★★★ Excellent!!!たしかな夏の香りがした。
狐が降るってなんだろう?
わたしの中の夢見里さんの作品といえば、絵画のような美しい、圧倒的描写力です。
写真を真実を切り取るものだとするならば、夢見里さんが書くお話は本当に絵画。リアルを飛び越えて、想像力にダイレクトに映像を与えてくれます。
それがとても美しくてたまらないのです。
今回も例に漏れず、引き込まれました。
現実に戻らずずっと浸っていたい……おっと、失礼しました。
海無し県陸の孤島住まいとして、想像しやすい蛇が横たわってるかのような山のぐねぐね道。そこを歩く白いワンピースの女の子。主人公の嫌な予感、とても気持ちがわかります。
そして、狐が降るというキーワード。
線香花火…続きを読む - ★★★ Excellent!!!信じてくれた人が、いるから
「僕」は25歳の青年。仕事の関係で、幼いころに過ごした街へと戻ってきた。そこは山の中腹、近くの建物はあまり多くなさそうだ。僕はぼんやりと、「今」というものに諦念を覚えている。そんなある日、僕は展望台に一人の女性の姿を見つけた。彼女は僕に、狐が降るのを待っているのだと言った――。
この作品は非常にものがなしく、センチメンタルな側面をもっています。叙情的な文体が主人公のもつ諦念によく似合っています。しかしながら本作は、作者のなかの「生」の部分が前面に出た作品、すなわち生きる力を感じさせてくれる短編に仕上がっていると感じました。
もともと生と死というのは表裏の関係なのですが、各作品においてどちら…続きを読む - ★★★ Excellent!!!曼珠沙華の化身の少女。淡く切ない幻想的なノスタルジー作品
この作品に込められた筆者のアイデアとしてのセンスの美しさは素晴らしいです
筆者は物語の中で曼珠沙華をひとつのテーマとして根幹に取り上げられています。……物語には曼珠沙華に纏わる重要な伏線が美しいアイデアとして作品に美しくもりこまれています。
筆者はまず、曼珠沙華の果てしなく数多くある呼び名の中で、曼珠沙華ではなく、狐花(きつねばな)という呼び名をあえて選んでいます。
線香花火が、華やかに飛び散る様を曼珠沙華(狐花)に見立てて比喩し、きつねはなび(狐花)と、重ねるノスタルジーな思い出。そのワンシーンが映し出されるセンスも美しいものですが……何よりも美しく心がうたれたのは、少女の切ない想い…続きを読む