小学生時代

第2話 今日から小学生のやり直し

 翌朝、窓の外が明るくなって目が覚めたのでパジャマ姿で自室から出てきた。


 部屋を出ると薄暗い廊下があって、その先に下へ降りる階段がある。そういえば、実家にある俺の部屋は2階だったな。記憶通りの配置だ。


 異世界に転移して勇者になる前に、俺は就職して働いていた。その時は、実家から出て一人で暮らしていた。だから俺の記憶だと実家に帰ってくるのは、もうかれこれ20年ぶりぐらいになると思う。よく家の配置を覚えていたなと、自分に感心する。


 自室を出て、階段を降りて行く。そして、キッチンで料理をしているエプロン姿の母親と出くわした。彼女の見た目が、とても若くなっている。俺の記憶では、もっと老けていたはず。俺が若返っているから、母親が若くなっているのも当然なのかな。


「あら、もう起きたの? 偉いわねぇ」

「ん。おはよう母さん」


 ぎこちない挨拶をする。どこか変に思われなかったかな。


「はい、おはよう。挨拶も出来て、偉いわよ。小学生になったから、ちゃんと挨拶が出来るようになったのね」


 どうやら俺は、小学生になったばかりのようだ。母親に、異世界に転移した記憶について話そうか迷って、黙っておくことにした。


 この記憶は、誰に話しても信じてはもらえないだろうから。説明しても、本当だと信じてもらうための証拠が無い。信じてもらえたとしても、メリットが少ないし。


 異世界を救った勇者の記憶については、誰にも話さないことを決めた。家族に変な心配をかけたくないから。友人などにも話さないでおこう。墓場に行くまで、誰にも明かさずに死んでいく。俺は普通の時野悟ときのさとるとして、人生をやり直す覚悟を決めた。


「お腹は? すいてる?」

「うん。ペコペコだよ」

「じゃあ、先に歯を磨いてきなさい。もう小学生だから、1人で出来るわよね?」

「出来るよ」

「偉いわ! じゃあ、行ってきなさい」


 1人でキッチンを出て、洗面所へ向かう。そこに歯ブラシが置いてあるはずだ。


 あった。でも、自分の歯ブラシがどれなのか分からない。とりあえず、1番小さいコレが子ども用みたいだから、俺のだろうと予想して使うことにする。


 歯磨き粉を付けて、奥の歯までしっかりと磨いた。しかし若くなったなぁ、と鏡で自分を見て思う。顔のパーツが丸っこくて、どう見ても子供という顔になっていた。


 まぁこれぐらいの出来事なら、異世界で勇者をしていた俺にとっては慌てるようなことでもない。向こうでの生活は、もっと大変で色々あったからなぁ。


「ガラガラガラ、ぺっ」


 水道水で口をゆすいで、歯磨きを終える。歯ブラシを元の位置に戻してから、俺はキッチンに戻った。


「ちゃんと、歯磨きできた?」

「出来たよ」

「あーんして、見せて?」

「えー」

「いいから、見せなさい」

「……あーん」


 戻ってくると、母親に口の中を見せろと言われた。ちょっと恥ずかしかった。


 見た目は子供だけど、大人としての意識がちゃんとあるから。少し渋っていると、母親が厳しい顔になる。これ以上拒否したら、怒られるかもしれない。


 ためらいながら、口を開いて見せた。母親にジーッと見られて、チェックされる。それから母親は、ニコっと笑った。


「ちゃんと磨けてるわね。それじゃあ、お父さんと一緒に座って待ってなさい。すぐ朝食が出来るから」

「わかった」




 テーブルには、新聞を広げて記事を読んでいるスーツ姿の父親が居た。父さんも、白髪が無くなって黒髪の若々しい見た目に変わっていた。


「おはよう、お父さん」

「……あぁ、おはよう」


 新聞から目を離さず、挨拶を済ませる。新聞に集中しているようなので仕方ない。俺は、父親の隣に座った。横からチラッと、新聞に書かれている内容を確認する。


 様々な事件や、国際関係の出来事について書かれている。俺が小学生だった頃は、どんな事件があったかな。全然覚えてないや。自分の記憶を振り返りながら、朝食の完成を待った。


「はーい、出来たわよ」

「わあ! 美味しそう!」

「……」


 母親が、テーブルの上に完成した料理を置いていく。白ごはんと味噌汁に焼き魚。それから、目玉焼きにサラダもある。とても美味しそうだ。漂ってくる香りも良い。父親は、相変わらず新聞を読んでいる。


「それじゃあ、いただきます」

「いただきます」

「……あぁ、いだきます」


 家族3人が揃って朝ごはんを食べる。皆で手を合わせると、食事がスタートした。父親だけ、まだ新聞を読んでいるが。


 美味い。美味すぎる。食べただけで涙がこぼれそうだった。久しぶりの和食だし、久しぶりに食べた思い出深いおふくろの味だし。


「美味しっ!」

「おかわりもあるから急がず、ゆっくりと噛んで食べなさい」

「……んっ、うん」

「お父さんも、新聞を見てないで食事に集中して下さい」

「……あぁ」


 母に注意される。ガツガツと一気に食いすぎたかな。もっと落ち着いて、ちゃんと食べよう。味わって食べないと損だし。


 隣りに座っているお父さんも注意されていた。左手に新聞紙を持ちながら、はしを右手に持っていたから。母に注意されてから、新聞紙を畳んで朝食に集中する父親。




「ごちそうさまです」

「あら、ちゃんと野菜と魚も全部食べたの? 偉いわね」

「食べ終わった食器は、流し台に運んだら良い?」

「え? えぇ、そうね。……ほんとに、小学生になってから悟は変わったわね」


 食べ終わった後に食器とはしを持って、流し台まで運ぶ。背が小さいから、自分で洗うのは難しそうだ。後は任せることにする。


「遅れないように準備して、ちゃんと学校に行くのよ」

「わかった」


 昨日の夜に覚醒したから、何も準備していない。自室に戻って、学校へ行く準備をしないといけないだろう。


 朝食を終えると、俺は急いで自室に戻った。

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