第12話 あの日の恩返し
もうすぐ夏休みが始まろうという頃だった。学校も習い事も休みの日だったので、昼食も食べ終わった13時過ぎに、俺はリビングで読書をしていた。
ピンポーンと、誰かが家に訪ねてきたことを知らせるチャイムが鳴った。
本を読んでいた俺は、顔を上げる。目の前には父親が座っていて、俺と同じように読書していた。いつも忙しそうにしているが、今日は珍しく仕事が休みらしい。
父さんも同じタイミングで顔を上げて、チャイムが鳴った玄関の方を見ていた。
キッチンには、食器や調理器具を片付けたり、調味料や食材を黙々と整理している母親も居た。家族が揃って、同じ空間で思い思いに休日の時間を過ごしていた。
「俺が出るよ」
「ありがとう、おねがいね」
父さんが訪問者の対応をしようと腰を上げる。そして、玄関へ向かった。
俺は本に視線を戻して、読書を再開する。しばらくすると、玄関の方から楽しげに会話する声が聞こえてきた。宅配便や、回覧板を持ってきた近所に住んでいる人ではないようだけれど。父さんの知り合いが訪ねてきたのかな。
それからまた、しばらくして。
「母さん、悟。ちょっと」
「ん?」
「どうしたの?」
玄関で訪問者の対応をしていた父さんがリビングに戻ってくると、後ろに見覚えのある老人を連れてきていた。
「貴方は、あの時の」
「倒れていたお爺さん」
「その節は、どうもありがとうございました。あなた達に助けてもらったおかげで、あの後は体調も良くなりました」
そこに立っていたのは、数ヶ月前に助けたお爺さんだった。路地に倒れていたのを偶然見つけて、大丈夫なのかと声をかけて自宅まで送ってあげた人だ。
「どうしても、あなた達にお礼を言いたくて探しました」
「そうなんですか!? それは、お手数おかけしました」
わざわざお礼を言うために、俺たちのことを探し出したそうだ。あの時は、名前も名乗らずに去ってしまったから。
「これ、あの時に助けてもらったお礼に受け取って下さい」
「いやいや、そんな」
「お口に合うと嬉しいです。ぜひ、ご家族の皆様でどうぞ」
「えーっと、それじゃあ。ありがたく頂きます」
菓子折りというヤツなのかな。見ただけで分かる、とても豪華で高級そうな桐箱を受け取る母さん。
そして、テーブルに座って話すことになった。
「改めまして。私、
そういえば、お爺さんの名前はまだ聞いていなかった。二度目の出会いで、初めて自己紹介することになった。
「よろしくお願いします、井関さん。
「よろしくお願いします」
「お願いします」
父親が順番に紹介してくれた。順番に視線を合わせて、ペコっと頭を下げて丁寧に挨拶してくれる井関さん。
「あの時は、本当に助かりました。あのまま発見されずに倒れていたら、どうなっていたかと思うと怖いです」
もう数ヶ月前のことなのに、ものすごく感謝された。俺が声をかけなくても、他の誰かが助けてくれたと思うけど。
「ぜひ、あの時のお礼をさせて下さい」
「もう、お礼は頂きましたが……?」
「いえいえ、そんな! 今日持ってきたモノだけじゃなくて、もっと感謝の気持ちを伝える恩返しをさせて下さい!」
あの高級そうな菓子折りだけじゃなくて、もっと感謝の気持ちを込めた礼がしたいと語る井関さん。父さんも母さんも困惑している。俺も、同じ気持ちだ。そんなに、感謝されることをしていないが。
「ワシなんかは老い先も短いから、君たちに財産を相続しても……」
「ところで!! どうして、家が分かったんですか?」
なんだか、とんでもないことを言い出そうとする井関さんの言葉に被せて、慌てて父さんが質問する。それは、確かに気になる疑問だった。
「あぁ、実は」
井関さんは、経緯について詳しく説明してくれた。
あの後、どうしてもお礼したいと思った井関お爺さん。けれど、名前も分からない相手だから探す手立てがない。悶々とした日々を過ごしていた時、とある番組を見たそうだ。
「大縄跳びしている小学生を特集した番組で、悟くんがインタビューされているのを偶然見かけたのです。それで、あの時の子だと分かって」
「なるほど、あの番組ですか」
「確かに、この子が映っていましたね」
まさか、あの番組を偶然見たなんて驚きだった。
「それで学校に問い合わせて、無理を言って自宅の場所を教えてもらった。君たちのプライベートを探るようなことをして、本当に申し訳ない」
「そうだったんですか」
それで自宅の場所を知ったというのか。悪気は無いようだけど、そこまでされると少し怖いような。それほどまでに強い気持ちで、感謝したいと思うなんて。
「感謝とお詫びの気持ちを込めて、何かプレゼントさせて下さい」
「いえいえ、それは……」
「そこをなんとか。何か欲しいものは、ありませんか?」
「いや、受け取れませんよ」
欲しい物を聞き出そうとする井関さんと、それを断る父さんの問答が少し続いた。説得を続けて、プレゼントするのは諦めてもらう。前も思ったことだけど、見返りを求めて助けたわけじゃないから。
「そうですか……」
プレゼントを断られて、しょんぼりする井関さん。だけど、気楽に受け取るなんて言ってしまったら、何が贈られてくるか分かったもんじゃないから。
あの大きな屋敷に住んでいる人だから、とんでもなく高級なプレゼントを渡されるかもしれないし。
その後、井関さんと色々なお話をした。天気の話から、俺がテレビに出演していた番組の話について。趣味の話なんかもした。
雑談している間に楽しい時間が過ぎて、いつの間にか夕方になっていた。
「すっかり長居をしてしまい、申し訳ありません」
「いえいえ、そんな」
「これ以上はご迷惑になるので、そろそろ失礼させていただきます」
椅子から立ち上がって、井関さんが帰ることになった。父さんたちと一緒に、俺も玄関まで行って見送る。
「本日は、どうもありがとうございました。折角の休日だったのに、いきなり自宅を訪問してしまい、迷惑を掛けてしまって」
「迷惑なんて、そんな事ありませんわ。私たちも、楽しい休日を過ごせましたから」
「また、遊びに来て下さい井関さん。ほら、悟も」
「うん。楽しかったです」
そう答えると、とても嬉しそうな笑顔を見せる井関さん。
「よかったら、今度はワシの家に遊びに来て下さい。ぜひ、君たちをもてなしたい」
井関さんの家に遊びに来てくれと誘われた。社交辞令じゃない、本気のようだ。
「それは、楽しみです」
「ぜひぜひ」
「僕も行ってみたい」
あんなに大きな屋敷、なかなか中には入れないだろうから興味津々だった。外から眺めただけでも、かなり広そうだったけど。
そして、井関さんは帰っていった。いつか井関さんの家に、遊びに行ってみようと思った。
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