第13話 人間不信から ※助けたお爺さん視点

 妻を亡くしてから、素直に人を信じることが出来なくなってしまった。


 誰がわしの老後の面倒を見るかで、息子や娘たちが揉めていた。


「長男なんだから、あんたが面倒を見なさいよ」

「お前が住んでいる家が、ここから一番近いだろう。そんな手間がかからないのに、面倒がるなよ」

「そんなの無理よ。私たち一家は、まだ子どもたちが一緒に住んでるから。いきなり住人が増えたりしたら、嫌がるでしょ?」

「嫌がるったって、家族だろ? それに君たちの子どもは、もう十分に大きくなっているじゃないか。ちゃんと事情は理解するさ」

「家族って言うのなら、言い出しっぺの貴方が引き取りなさいよ」

「うちは無理だって!」

「---!」

「---!」


 わしは何も口を挟まず、彼らの醜い話し合いをジッと眺めていた。


 誰一人として、引き取りたいと申し出る子は居ない。皆が嫌がって、厄介者として扱われる。


 5人の息子や娘たちには、毎月50万ずつ援助していた。税金まで支払って生活を助けているというのに、誰からも感謝されない。恩返しもない。薄情なものである。


 話し合いの結果、ホームヘルパーを頼むことになったようだ。わしは一人で暮らすことになった。子どもたち5人全員が、わしの面倒を見ることを拒否したから。


 でもまぁ、その方が気楽で良かった。




 やって来たわしを担当するヘルパーの女性は、酷い人だった。


 まだ意識もはっきりしているから身体介護は必要ないので、掃除や洗濯などの生活支援だけ頼んでいた。


 それなりの料金を支払っているというのに、やっつけ仕事。頼んだことを、少しも聞いてくれない。日常生活に必要な事は、ほとんど自分で済ませることになった。


 これでは、ホームヘルパーのサービスをお願いしている意味がない。派遣している会社にクレームを入れると、こんな事を言われた。


「私たちも努力していますが、担当している利用者も非常に多いので」

「これだけの料金を支払っているんですよ。それなのに」

「申し訳ありません。担当のヘルパーには、注意しておきますので」


 面倒くさそうに対応されて、さっさと電話を切られてしまった。そして、その後も担当のヘルパーが改善するような様子は無かった。


 どうやら、適当にあしらわれたようだ。酷すぎて、怒る気もなくなる。

 

 この件があって、誰かを頼ったり、身を任せる生き方はダメなんだと分かった。


 妻が居なくなってしまい、これから先の人生は、わし1人だけで生きていかないとダメなんだと理解した。




 家の中が、どんどん汚くなっていく。毎日できる限り自分で掃除しているけれど、追いつかない。段々と体も衰えてきて、一部屋を掃除するだけでもキツい。こういう時は、広い家は困る。


 人と会って話すことも少なくなった。息子や娘たちは、家には全く寄り付かない。家を訪れたら、老後の面倒を見ろと要求するとでも思っているのか。


 たまに、昔の仕事関係の知り合いなどが家を訪れてくれた。誰かと話せる機会は、それぐらい。ホームヘルパーとは、業務的な会話だけ。


 ほとんど1人で、虚しい一日を過ごしていた。


 人との関わりが薄れていって、どんどん生活が荒んでいく。自覚しているけれど、どうにもならない。


 そんな時に出会ったのが、彼らだった。




 体調が悪いけれど、どうしても外出しなければならない用事があった。ヘルパーに同行を頼んでみたが、今日は休日なので無理ですとそっけなく断られた。休日ならば仕方が無い。もともと、そんなに期待もしていなかった。


 久し振りに1人で外出する。


 用事は、無事に済ませた。だけど無理をしてしまったから案の定、どんどん体調が悪くなっていった。急いで自宅に帰る。


 気がつくと、わしは路地で倒れていた。


 気がついた時、目の前に幼い少年がいた。必死にわしを呼びかけている。救急車を呼ぼうとしていたので、慌てて止める。また、家族に面倒だと思われてしまうから。子どもたちとは、もう関わりたくないと思った。


 その後、少年の母親が現れる。わしを自宅まで送ってくれるという。もしかして、何か目的があるのかと疑うような目で彼らを見てしまった。


 自宅まで送ってもらい、そのまま彼らは立ち去った。本当に好意で助けてくれたと分かった時、非常に後悔した。


 とても良い人たちだったのに、疑ってしまった。もっと感謝をするべきだったと。ちゃんと名前を聞いておきたかった。誰か別れてしまったから、感謝を伝える手段がない。


 それからずっと、彼らの姿が頭から離れなかった。どうにかして、再び会いたい。探偵を雇って、名前も知らない彼らのことを探してもらう、ということも検討した。


 そこまですると、怖がられるかもしれないと思って断念する。


 最近は、ストーカーなんて言葉が世間で流行っている。ニュースでやっているのを見て、覚えていた。


 見知らぬ老人がつきまとったり、プライベートを探るようなことをしてしまうと、ストーカーなんて思われるかもしれない。気味が悪いだろう。


 じゃあ、どうやったら彼らと再会できるだろうか。


 何か良い方法はないか。色々と考えている時に偶然、子どもの方の姿を見かけた。テレビに映っていた。それは、大縄跳びにチャレンジするという番組。わしは慌ててメモを取った。名前と小学校の紹介を見て、紙に書き写す。


 こんなことって有るのか。久し振りに、興奮していた。


 翌朝、学校に電話をして住所を教えてもらった。これまた偶然にも、その小学校の校長とは知り合いだった。本来なら部外者に教えるのはダメだと言われたが、事情を説明してから、何度も頼み込んで渋々教えてもらった。

 

 教えてもらった住所に菓子折りを持って挨拶しに行くと、彼らは歓迎してくれた。


 久し振りに、心が温まるような人との交流が出来た。あの時に助けてくれたお礼をするために行ったというのに、わしのほうが満足してしまった。


 自宅に帰ってきた時、寂しさを思い出した。こんなに広い家に1人で暮らしていたのかと、改めて実感する。


 あの家族が住んでいる家の近くに、別宅を借りようかと考える。そこまですると、怖がらせてしまうかもしれない。それは止めておこう。でも、ちょっとだけなら。


 本気で引っ越しの計画を立てて、それを断念して。そんな考えを巡らすぐらいに、時野一家との交流が楽しかった。1人の生活は寂しい。


 それからわしは、悟くんが遊びに来てくれることを心待ちにする日々を過ごした。早く、遊びに来てくれないだろうか。


 わしは自分の子や孫よりも、時野悟という少年に夢中になった。とても可愛くて、将来が期待できる子だから。彼になら、わしの財産も……。本気で、そう思った。

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