第14話 遊びに行ってみる
学校が夏休みに入った。早朝のラジオ体操に毎日参加することだけ決まっていて、その他のスケジュールは習い事ぐらい。自由に使える時間が増えた。
学校から出された宿題は3日で終わらせて、あと残っているのは植物の観察日記と自由研究ぐらい。何をして夏休みを楽しく過ごそうかを考えた。
まず、井関さんの家に行ってみることにした。
井関さんは社交辞令で言ったのかもしれないが、せっかくなのでお爺さんのお家に遊びに行ってみる。以前見た、あの大きな屋敷にはとても興味があったから。
母さんも一緒に来てくれるという。父さんは、仕事があるので来れなかった。
「ちょっと、緊張するね」
「そうね。お母さんも、こんなに大きなお家にお邪魔するのは初めてよ」
前回、連絡先を交換していたらしくて、今日の訪問も事前に伝えてあるという。
なので今日、俺たちが自宅に訪問することを家主の井関さんは知っていた。だから気軽に、門のチャイムを鳴らして到着したことを知らせれば良い。
それなのに、大きな門扉を目の前にするとチャイムを鳴らすだけなのに、なんだか躊躇してしまう。
「じゃあ、僕がチャイムを押すね」
「押してくれる?」
門のところにある玄関チャイムを怖がって押せない母さんに代わって、俺が押す。腕と背を伸ばして、なんとか届いた。人差し指で、チャイムをグッと押し込む。
チャイムボタンの上にあるスピーカーから、声が聞こえてきた。
「こんにちは、悟くんかい?」
「はい、悟です。こんにちは井関さん」
「おぉ、待っていたよ。どうぞ、中に入ってきなさい」
「ありがとう! おじゃまします」
「お母さんも、どうぞ中へ」
「こんにちは、井関さん。お邪魔いたしますね」
大きな門を通り、敷地に入っていく。門から母屋までが遠い。中庭と池があって、外から見ていた以上に中は広かった。ものすごく大きな屋敷だ。
「悟くん、こっちだ」
玄関から出てきた井関さんが俺の名を呼んで、大きく手を振っているのが見えた。
「こんにちは、井関さん」
「こんにちは、悟くん。それから、お母さんも」
「どうも、井関さん」
「暑いでしょう。さぁ早く、中に入って下さい。遠慮せずに、どうぞ」
敷居をまたいで中に入ると、吹き抜けになっていて天井が高く開放感るある玄関があった。まるで、老舗旅館のような佇まいである。靴を脱いで上がり、それから靴を揃える。マナーとかよく分からないが、多分これで合ってるはずだけど。
「偉いね。だけど、そんなに畏まらなくても大丈夫だ。自分の家だと思って、自由にくつろいでくれたら良いよ」
「そうなの? わかった」
お屋敷の大きさに圧倒されて、自然と失礼のないようにと緊張していた。だけど、家主から許可を得たので、気持ちを切り替えて気楽に過ごす。
言葉遣いも遠慮せずに、一気に馴れ馴れしくした。こういう時には、子どもという特権を存分に活かして、年上の人に対してもすぐに距離を詰めることが出来る。
「こら、悟。井関さんに失礼でしょ?」
「いえいえ、大丈夫です。まだ子どもですから、これぐらい打ち解けて接してくれるほうが、わしも嬉しいので」
「そうですか?」
ちょっと心配そうな母さんに、全く気にしていないと言う井関のお爺さん。本人が許しているので、俺も許された。
「そうでした。これ、お口に合うかどうか分かりませんが」
「おや。これは、ありがとうございます」
母さんが持参した手土産を渡して、姿勢を正してから受け取る井関さん。母さんはまだ、お屋敷の大きさに緊張しているようだった。
「それじゃあ、悟くん。家の中を案内してあげよう」
「家の中、気になってたんだ!」
ということで、井関のお爺さんに案内してもらって屋敷の中を順番に見て回った。部屋の数が、とんでもなく多い。全て見るには、時間が全然足りなかった。
「悟くんに、見せたいものがあるんだ」
「見せたいもの? なんだろう」
「こっちだ」
そう言って、連れてこられた先には本棚がたくさん並んでいる部屋があった。
「うわ! いっぱい本がある!」
お屋敷の一室に、小学校にある図書館と同じぐらい大量の書物が収められていた。その光景を見て、俺は驚く。
「悟くん、読書が好きだって言っていただろう?」
「うん。本を読むのは好きだよ」
「そうか。なら、いつでも好きな時に本を読みに来たら良い」
「本当?」
「あぁ、もちろん」
小学校では取り揃えていないような、少し難しそうな本や珍しい本が並んでいた。しかも、日本語だけじゃなく海外の本もある。英語を習っていたので、もしかしたら洋書も読めるかもしれない。学校の図書室には英語の絵本しか置いてなくて、洋書を読む機会が今まで無かったんだよね。ぜひ試してみたい。
その後にまた、井関のお爺さんに案内してもらって各部屋を見て回った。すると、少し気になることがあった。俺は黙ってスルーしていたが、母さんが尋ねた。
「失礼ですが、お部屋が少し汚れていますね」
「お恥ずかしいです。悟くんが遊びに来てくれるというので、数日前から掃除をしたのですが。私一人だと、この大きな屋敷を全て掃除するのは大変で」
「なるほど、そうなんですね」
母さんも気になっていたらしい。ストレートに聞いた後、なにか考え込んでいた。そして。
「もしよかったら私が、お部屋を掃除してもよろしいですか?」
「いやいや、そんな。遊びに来てもらったお客人に、そんなことをさせるなんて」
「僕も手伝うよ。本を読ませてもらうお礼に、掃除させて」
「う……。うーむ」
顎に手を当て、考え込む井関のお爺さん。本人が言っていた通り、こんなに大きな屋敷を全て掃除するのは大変だろう。1人では非常に困難で、誰かの助けが必要だと思う。
「それじゃあ、お願いします。せっかく遊びに来てもらったのに、申し訳ない」
「大丈夫です。この子も、手伝ってくれるようなので」
「うん。頑張るよ」
ということで、掃除することになった。とても大きなお屋敷なので、1日だけでは終わりそうにないので、お爺さんがよく使っているという部屋を重点的に掃除した。
ホコリ等が溜まって、見た目以上に汚れている。こんな部屋だと、過ごすだけでも体に悪影響を与えそうだと思った。
初めて出会った時に井関のお爺さんが路地で倒れていたのも、もしかしたら汚れた部屋で過ごしていたことが原因だったのかもしれない。
これが原因かどうかは分からないけれど、早めに発覚して、対処することが出来てよかったと思う。
「ものすごく部屋が綺麗になった。本当にありがとう。そして、申し訳ない」
「いえいえ、全然。そんな気にしないで下さい」
日が暮れて暗くなってきたので、今日は帰ることになった。申し訳無さそうにする井関のお爺さんに、俺たちは気にしないで下さいと伝える。
「また、本を借りに遊びに来るね」
「あぁ。楽しみに待っているよ、悟くん」
ということで、その日は自宅に帰った。
それから俺は、井関のお爺さんの家に通うようになった。屋敷を掃除したり、本を借りに来たり、おしゃべりしたり。
遊びに行くたび、井関のお爺さんは笑顔で迎えてくれた。迷惑には思われていないようなので、どんどん遠慮なく屋敷に押しかける。
学校が夏休みだから時間もあり、1人だけで暮らしているという井関のお爺さんが心配という理由もあったから、頻繁に通った。
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