第6話 私のクラスには ※担任の先生視点

 私が担当しているクラスには、とても優秀な男の子がいる。


「あら。もう出来たの?」

「はい。出来ました」

「ちょっと見せてくれる?」

「お願いします」


 課題で出したプリントをチェックする。全て解くのに20分ぐらいは必要だろうと想定していた問題を、3分ほどで終わらせた時野悟くん。


 確認してみると、一つも間違いはなかった。ちゃんと解けている。適当に解答欄を埋めたわけじゃなくて、ちゃんと答えを書けていた。


「すごいわ」

「ありがとうございます」

「じゃあ、悟くんには特別に追加の課題。次は、これを頑張って解いてみて」

「はい。やってみます」


 彼のために毎回、授業で追加の課題を用意しておくことが当たり前になっていた。課題を用意しておかないと、彼が暇を持て余してしまうから。


 そして、追加で出した問題もすぐに終わらせてしまう。普通の子たちと同じように指導することが出来ない。


「できたよ、せんせい!」

「はい! せんせい、僕もできたよ!」

「わたしも、できました! みてください」

「はい、順番に確認するから慌てないでね」


 それだけじゃない。早く解けた彼の後に続いて、他の子たちも早々に最初の課題をクリアしていく。想定よりも10分ほど早い。その子たちのためにも、追加の問題を常に用意していた。




 今まで120人ほど担当してきた子たちの中で、彼のように飛び抜けて優秀な子の面倒を見るのは初めてのことだった。そして彼だけじゃなく、他の子も優秀である。私の担当するクラスには、優秀な子たちが集まっていた。


 クラス分けは、学力や運動能力などのバランスを見て学年主任やクラスを担当する先生たちで綿密に話し合って決めている。こんなにも偏るのは、珍しかった。


 いや、こうなったのは時野悟くんの影響が大きいと思う。


 小学校に上がったばかりの子は落ち着きがない、というのはよくあることである。クラスに何人かそういう子が居るのは当たり前だった。そんな子のケアをしてあげることが、小学校低学年の生徒を受け持つ私たち担任の主な仕事。


 なのに私が今学期に受け持つことになった生徒の中には、ケアを必要とするような生徒が1人も居なかった。


 時野くんが授業に積極的に参加してくれていて、彼のやる気がクラスメートたちに伝わっていき、全体の意欲を高めてくれていた。皆が集中して授業を受けてくれる。小学一年生で、誰もがこれほど真剣に授業を受けてくれるというのは初めてだった。


 休み時間になるとクラスの皆と一緒に運動場へ出ていって、走る練習をしている。皆が楽しそうにトレーニングを積んで、足がどんどん速くなっていった。


 他のクラスの子たちと比べても、断トツで速い。そんな状況になっていた。運動の能力でも、他のクラスと偏りが出来つつある。


 時野くんの存在が、他の子たちを自然と成長させる。もしかしたら、彼は意図的にそういう事をしているのかもしれない。少し接しただけでも分かるぐらい、頭の良い子だから。クラスの皆を成長させている。


 だからこそ、時野くんの指導方法について悩んでいた。担任として私は、どういう感じで彼と接していくべきなのか。どういう風に教え、導いていくことが正解なのか分からない。


 あまり関わらずに、好きなように放置しておくべきか。そうすると、担任の存在は意味がない。かといって不必要に干渉すると、クラスの良好な雰囲気を壊してしまうかもしれないという不安があった。


 あまり干渉せずに見守るべきなのか、それとも積極的に関わっていくべきか。私の先生としての仕事は、一体何なのか。




 先生になってから20年を超えるベテランの大内先生に相談してみると、悟くんは大内先生でも珍しいと思うような生徒らしい。


「僕も、彼のような子を見るのは初めてだなぁ」

「大内先生でも、ですか?」

「うん、あんなに優秀な子は初めてだよ」


 大内先生でも初めてと言ったことに、私は驚いた。それならば、まだ先生になって5年目の私が初めて出会ったのも、そんな生徒の指導方法について悩んでしまうのも仕方ないだろう。


「私立の小学校ならば、彼のように入学当初から頭の良い子も居るって聞いたことがある。彼は、小学校の受験は受けているのかい?」

「いいえ。そのような話は聞いていません」

「そうなのか……。ご家族の職業は?」

「お父様は有名な企業のサラリーマンで、お母様は専業主婦のようです」

「ふむ。裕福ではあるようだけど、そこまで特殊というワケでもないようだし」

「そのようですね」


 時野悟くんの情報を確認しながら、大内先生と話し合った。彼が優秀である理由は何なのか。だけど、答えは分からない。


「ただ、僕にも分かることが一つだけある。時野くんは将来、大物になるだろうね」

「私も、そう思います」


 時野悟くんは、人を惹き付けるような魅力があった。カリスマというのだろうか。周りの子たちを惹き付ける、普通の人とは違う特殊な力を持っている。


 こういう子が将来、特別な何かを成し遂げるんだろうと予感した。


 頭も良くて、子どもとは思えないぐらいしっかりしていて、会話も流暢。だけど時々、年相応になり皆と一緒になってはしゃいだりする。皆と一緒になって、存分に楽しむことが出来る子だった。それが彼を魅力的だと感じる要因なんだろうと、私は思った。




 担任の先生として、どうサポートするべきなのか。やはり悩む。今もまだ、答えは見つかっていない。

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