第17話、王子、ヤキモチを焼く


「それで、レヒトに勝ってしまったと……」

「余裕よ」


 アッシュが呆れ顔になるが、私はニコニコ顔。


 レヒトルートは攻略経験あり。『赤毛の少女』においても、入学早々から体力面を強化に全フリしていくと、レヒトと直接対決して勝てる可能性があったりする。


 いろいろ条件が重ならないと難しく、運が絡むのだけれど、こっちの世界では私は能力を引き継ぎと戦闘経験で学校最強だから、やれば私が勝つのである。


 ただ、これレヒトの好感度爆上がりなのが少しね……。攻略対象であるなら問題はないのだけど、そうじゃないからね。まあ、適度に冷やす方法も知っているから、適当にやり過ごすわ。


 ちなみに、レヒトが私のことを、『アイリス嬢』から『アイリス様』と呼ぶようになりましたとさ。


 もう少し評価が高い状態だったら、彼が跪いて、騎士の誓いをやるところだったりする。


 そして翌日。放課後――


 アッシュは、前を歩く王子を見ながら私を見た。


「二日連続だぞ」


 メアリーが本日も放課後に現れなかった。


 昨日、上級生に絡まれていたと知り、今日は王子様自らご出陣。


 私がヴァイスの気持ちを知っているから特にどうともなっていないけれど、普通だったら『何故、私の部屋にきて下級生の心配なんてしてますの?』って突っ込み入れているところよね。


 恋は盲目。傍目からみて、不自然な気のまわしをしているヴァイス。応援している私としれは微笑ましいけれど、一言言っておいたほうがいいかしら?


 そんなことを考えていた私の横で、アッシュが口を開いた。


「またレヒトに付きまとわれているのか?」

「それはないわ」


 私は断言する。


「昨日、私に負かされてしまったから、自己鍛錬をしているわよ、彼は」


 騎士科のエリートだった彼は、いわゆる修行に入って、しばらくヒロインの前に現れなくなるのだ。その期間に好感度上げができないから、イベントでの爆上がりなんだろうけれど。


 そして昨日同様、通路の途中でメアリーの姿を見かけた。アッシュは苦笑した。


「……今日も絡まれているようだな」


 長い黒髪に、同じく黒い魔術師ローブ。


「メラン・スタフティね」

「名前は聞いたことがある。たしか魔術科の優等生で――」

「私たちと同級生。……挨拶したことは?」

「ない。クラスが違うし」


 私とアッシュが話していると、ヴァイスがツカツカと歩を進めた。


「メアリー!」

「あっ、王子殿下!」


 慌てて頭を下げるメアリーだが、振り返ったメラン・スタフティは、王子の姿を見て、わずかに眉をひそめた。


 黒髪に赤い瞳のミステリアス男子。『赤毛の聖女』にて攻略対象男子である。


「メアリー、部屋に来ないから様子を見に来たんだ。いま重要な話の最中だったかな?」

「え、と……」

「失礼ながら殿下、私とメアリー嬢は、これからの魔術の在り方について話をしていたのです」


 メランが口を挟んだ。ヴァイスはムッとする。……たぶん、俺はお前に聞いていない、とでも思ったんじゃないかしら?


 まあ、ここで何が起きているのかというと、昨日のレヒトと同じく、フラグの立っているメランとの親睦を深めるイベントだ。


 魔法についての、従来のやり方に捕らわれない形について云々――


「それは今すぐ必要なことなのか?」

「もちろんです、殿下!」


 ふだん物静かなメランなのだが、今この時の彼の語気には力が宿っていた。


「時間は有限です。今こうしているのも二度と巻き戻したりはできない!」

「先約があるんだが……」

「それは将来の魔術師の未来、引いては王国の発展よりも重要な要件ですか?」


 メランの問いかけに、ヴァイスは目を剥いた。


 これ以上は、さすがに王子様の機嫌を損ねて、取り返しのつかないところに行ってしまう。


 ヴァイスは純粋にメアリーとお喋りの時間が過ごしたいだけであり、メランのいう崇高ななんちゃらに比べれば、個人の都合に過ぎない。


 事実、先約というのも、どちらかといえばその場の勢いに強い。それを指摘されてカッとなるのも、嘘を見抜かれたと思ったからだろう。


 もっとも、悪いと言えば王子を相手にしても譲歩する気のないメランの態度にも原因があるが。


「メラン、王国の発展より重要と言うなら、王子殿下のそれはまさしく重要案件ですわ」


 私は前に出て両者の中間に立つ。メランは眉をひそめた。


「そうなのですか?」

「ええ、王子殿下は庶民との触れあいと交流により、未来の王国運営に向けての指針を探求しているところなのよ。これを妨げるは、この国の発展を妨害することになるわ。おわかり?」


 扇を取り出し、私は彼を見据える。


「王国の発展のため……」


 逆手にとられる格好になり、メランは眉間のしわを深めたが、すぐに反論した。


「確かに殿下が庶民と触れ合うことは、王国の未来にも影響しましょう。しかし、それならば彼女でなくてもよいはずだ。この学校には他にも、平民の生徒はおります」

「あら、それはあなたがよく知っているでしょう? ……メアリーは賢いもの。その辺りの雑草とは違って、殿下の求めていらっしゃる言葉が理解できる子なのよ」

「アイリス……」


 ヴァイスの声。私は振り返り、淑女の礼をとった。


「殿下、ここは私めにお任せを。殿下はメアリーとこの国の将来についての話し合いを進めてくださいませ」

「あ、ああ。……すまない」

「いいえ」


 ヴァイスはメアリーと離れた。アッシュが私を見たが、大丈夫という意味を込めてアイコンタクト。彼もまた王子たちを追った。


「さあて、メラン」


 彼に向き直れば、魔術科の筆頭生は苦虫を噛んだ顔をしていた。


「あなたの楽しい魔術談義の邪魔をして悪かったわね。話の続きは私がお相手するわ」

「アイリス嬢が?」


 メランは考える仕草をとった。


「確かに貴女は魔術の成績はよいと評判だが……」

「魔法のお行儀がよすぎて、面白みがない――だったかしら?」

「!?」


 メランのこれまでの私に対する評価だ。ここでの彼は口にしたことがなく、私がそれを知るはずがないから驚いているのだろう。……残念、私はループしているから、その評価を何度かあなた自身から聞かされているのよ?


「学校ではお行儀よい魔術のほうが成績がよくなるのよ。でも、それは退屈だと私は思ってる。どうかしら? 評価されていないけれど有用な魔法について、お話しない?」

「興味深いな」


 彼の魔法、魔術に対する好奇心が疼いたようだった。当然、自分の期待に沿わないレベルならば、このあと嫌味のひとつも言うつもりだろうけど、残念、あなたのツボは心得ているのよね。

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