第6話、クラスメイト


「あらまあ」


「やあ、アイリス嬢。同じクラスだね」


 アッシュは私に微笑んだ。


 三年となり、クラス替えが行われた。私とヴァイスは同い年だが、婚約者であるせいか、クラスはずっと同じだった。


 そして今回、編入となったアッシュもクラスが同じとなった。王子のご友人、というより護衛に近い存在だから、同じクラスなのでしょうけどね。


「半年間、よろしく」

「こちらこそ」


 王子と一緒の時と比べると、ずいぶんとフランクな感じだ。こっちが素なのかもしれない。


 それにしても変ね。ループで同じクラスになるのは分かり切っていたけれど、彼から話しかけてくるパターンは記憶にない。


 やっぱり何かフラグを立てたんだ。でもわからない。いつもと同じだったと思うのだけれど……。


「王子殿下と一緒にいなくていいのかい?」

「ん?」

「王子様」


 アッシュの視線は自然とヴァイス王子と、その周りに集まる女子生徒たちに向けられる。


「婚約者として見過ごしていいのか?」

「同じクラスになってはしゃいでいるのでしょうよ」


 私は微笑してみせた。


 クラス替えで初めて王子と同じクラスになった貴族娘たちが、ご機嫌取りをしているのだ。


「王族主催のパーティーだと、出席者は皆ご挨拶に伺うでしょう? それと同じ」

「なるほど。わざわざ目くじら立てるほどではない、と」


 アッシュは自らの顎に手を当て、考えるポーズ。うーん、このイ・ケ・メ・ン。心なしか以前より近くて、ドキドキしてくるわ。


「まあ、あわよくば側室狙いの子もいるでしょうけどね」


 王子の婚約者は、私。それはこの国の王も認めている。正妻は無理ならば側室に――ということだ。もっとも、あの娘たちの何人が心からそれを望んでいるかは知らないけれど。


 貴族の娘は政略結婚の道具。恋愛結婚など望むべくはない。……現代で恋愛して結ばれるというものを知っている私としては、世知辛くあるわ。


 ちなみに、前世での私の恋人は、ゲームの中にしかいなかってけどね!


「それより、あなたこそ王子様のそばにいなくていいの?」

「何故?」

「あなた、殿下の護衛も兼ねているのでしょう?」

「お見通しだったか。アイリス嬢は鋭いね」

「ふふん、あまり褒めないで。すぐ調子に乗ってしまうから」


 私はニヤリとしてしまう。令嬢らしく余裕ぶっているけれど、褒められると嬉しい。私に尻尾がなくてよかったわ。もう、ブンブンに振っていたでしょうね。


「護衛ではあるけど、殿下はあらゆる守りの護符やアクセサリーで守られている。僕はむしろ、悪漢が出たら取り押さえるほうが仕事」


 アッシュは、王子とその周りの娘たちを観察しながら言った。


「あら意外。ボディガードは敵の排除より、護衛対象を何が何でも守るのが仕事だと思っていたわ」

「身を挺するのは僕の仕事じゃないよ」


 そう、役割が違うのね。私はそのあたり素人だから、わからないけど。


「フフ……」

「何かおかしかったかな、アイリス嬢?」

「ごめんなさい。あなた、一人称が『ボク』だったんだって、思って」

「おかしいかな?」


 真顔のアッシュ。私はクスリと笑う。


「いいえ。でもてっきり『俺』と言いそうな雰囲気があったから、意外だなって思ったの」

「変えたほうがいい?」


 素直な表情でアッシュは言う。私に指摘されたから、変えるの?


「そのままでいいわ。可愛いもの」

「可愛い……か」


 アッシュは微妙な顔をした。そうそう、男の子にとって『可愛い』は褒め言葉じゃないのよね。


 でも可愛い。だから私は訂正しない!


 それにしても、アッシュってこんなキャラだったんだ。こんな逸材をこれまで放置していたなんて。


 新しいことはしてみるものね。見た目も好みだったけれど割と話しやすい。何のフラグを立ててしまったかは知らないけれど、これなら彼と親しくするのも全然ありね。


「おっと」


 アッシュの表情が曇った。


「どうやら王子様はご機嫌斜めのようだ」


 私がアッシュとお話したから? と思ったけど、そうではなく、単に周りに集まった令嬢たちのご機嫌取りに、気分を害したようだ。


「誰かが言わなくてもいいことを言ったようね」


 王子様は、あれで超真面目人間だから。特に他人への悪口などを嫌う。ついでに――


「冗談を冗談で流せない方ですものね」


 よくも悪くも、堅物なのだ、あの王子は。


 美形で周囲からモテるの外見なのだけれど、あれで異性との付き合いは、正妻はひとり。側室などいらない、と言ってしまう人なのだ。


 ハーレムだって作ろうと思えば作れるのにね。むしろ異性に興味がないのかしら、と一時期は思ったくらいだ。要するに、不器用。


「そろそろお助けしたほうがよろしいかしら」


 私は、ヴァイス王子の席へ足を向けて、アッシュへ顔を向けた。


「あなたも。見てないで手伝ってくださる?」

「お邪魔じゃないかな?」

「馬鹿ねぇ、空気の読めないお邪魔虫の役を演じるのよ」


 嫌みのない笑みを浮かべてみせて、彼も巻き込む。ええ、そう。私だけ貧乏くじを引くつもりはないわ。


 悪役令嬢としたら、ここで娘たちを蹴散らしてもいいのだけれど、それで王子が私に恩を感じても困るのよ。


 いまあの人は、運命の女性と巡り会い、真剣に恋愛できる対象ができたのだ。その火を私が吹き消すわけにはいかない。


 ループから脱出できるという保証は今のところはない。けれどもし脱出できた時に、この国がハッピーエンドを迎えてくれなくては、脱出を目指す意味がなくなる。


 自分だけ生き残って、でも国や世界が滅びるなんて末路は、誰だって嫌でしょうし。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る