第19話、オープンカフェでコーヒーを


 割とわからないと思うことがある。


 たとえば、中世ファンタジー風な世界なのに、普通にカフェがあったりする。『赤毛の聖女』をプレイした時も思ったけど、時々世界観のミスマッチを感じることがある。


 もっとも、すぐに忘れてしまうのだけれどね。気にするだけ時間の無駄だから。


「まあ、美味しいコーヒーが飲めるのなら、それでいいわ」

「何だって?」


 私の呟きを聞いて、アッシュが問うた。


 ただいまオープンカフェの端の席に着席中。通りがよく見え、天気がよいのと相まって心地よい。丸テーブルを囲んで私はアッシュと相席中。


「王都は輸入品のコーヒーを楽しむ場所があるって言ったの」

「貴族たちの間じゃ、いまだ紅茶だからね」


 アッシュは、軽食にサンドも注文していたが、コーヒー自体はあまり進んでいないようだった。


「お茶を頼めば出してもらえるわよ?」

「コーヒーを出す店で茶を注文するのは、負けた気がする」

「何と戦っているのよ」


 私は思わず笑った。ちら、と周囲に目を配る。通りかかる娘や近くの席の客が、ちらちらとアッシュを見ているような……。うーん、イケメンに視線が吸い込まれてしまうのは仕方ないわよね。


「見られてるな」

「そりゃあなたは美形だもの」

「いいや、俺よりも君のほうが」

「変装しても、隠しきれない我が美貌」


 冗談めかしているが、たぶん町娘風の私より、騎士かその候補のあなたのほうが見られているわよ。


「それより、いま『俺』って言った?」

「言ったか?」

「言ったわよ」


 無自覚だったかしら。以前は『僕』だったし、それをからかったこともあったけれど。


「自覚はないんだけどな」

「なら、もう一度言ってみて。俺って」

「嫌だよ。言わされているみたいで、恥ずかしい」

「恥ずかしがるようなものでもないでしょうに」


 私はコーヒーを啜る。アッシュは目を細めた。


「よくそんな苦いものを、するりと飲めるな」

「苦味とは大人の味。それがわかるのが大人というものよ」


 なんてね。こっそりお砂糖を入れました。


「ミルクを入れたら、あなたでも飲めるかもね」

「それはガキが飲むものだろう。それか、チーズとかにしてしまう」

「それは偏見というものよ。美味しいものを偏見で口にしないなんて、もったいないわ」

「……なるほど。そういうところか」


 アッシュが視線を逸らした。どういうところかしら?


「いや、侯爵令嬢の君がカフェで普通にコーヒーを飲むところとかさ」


 貴族は紅茶。ええそうね。伝統を馬鹿にするわけじゃないし、お茶を下に見るとか、そういうのは毛頭ない。飲みたいものを飲めばいいのよ。


「それで、二人の様子はどう?」


 私は確認する。アッシュはチラリと私の肩の向こう、ヴァイスとメアリーの席を見た。間に客席があるが、私たちの反対側でお忍び王子と若い娘がデート中だ。


「特に問題なし」

「それは仲良くやっているって意味でいいかしら?」

「不審者に絡まれたり、面倒にはなっていないって意味」


 警備の役割を担っている者らしい発言だ。でもね、私が聞きたいのはそうじゃないの。


「せっかくのデートなんだから、楽しまないといけない」

「仕事を放り出して?」


 アッシュが顔を近づけた。


「バカ、私たちじゃなくて、王子様とメアリーが、よ」

「本当に分からないな。君は、王子と彼女をくっつけようとしているように見える」

「そう見えない? 私は一貫して、二人を結びつけようとしてるわ」


 意外と鈍いわね。いままでの言動でわかりそうなものだけど。


「前にもこんなやりとりしたわね」

「……そうだったか? いや、そうだったな」


 アッシュは苦笑した。


「王子は好みじゃないだったか? でも俺をからかうためかと」

「また俺って言ったわ」

「真面目な話をしているんだが?」


 少し怒らせてしまったかしら。私は肩をすくめた。


「さっきも言ったけど、君、王子の婚約者だろ」


 アッシュは真顔で続けた。


「君が王子の気持ちをくみとって動いているのはわかる。でも君がメアリーを推すのかがわからない。婚約者は君なのに」

「お似合い、って言ったわ」

「それだけ? 信じられると思うかい?」

「……やっぱり修羅場をご希望なのね」


 冗談めかせば、彼は私の腕をつかんだ。


「そうさせないために、俺がここにいる。王子の護衛だからね」

「あら、無粋な連中から王子をお守りするのがあなたの仕事だと思っていたけど、その対象は私も含まれていたのね」

「君は彼の婚約者だからね。デートの邪魔をするとしたら、一番は君だろ?」

「動機の面では、確かに私が要注意人物ね。釈然としないけれど」


 客観的に見ると、アッシュの言うとおりなのが何ともね……。


 まあ、それはそれとして――


「秘密は守れる?」

「口は堅いつもりだ」

「まだ証拠があるわけじゃないけれど……」


 私は声を落とす。あまり人に聞かれたくないから。


「メアリーは『聖女』なのよ」

「!?」


 アッシュは驚愕した。


『赤毛の聖女』のゲームのヒロインは、タイトルの通り聖女。そして作品舞台であるこの王国において、『聖女』は特別な意味を持つ。


 もちろん、ゲームに似ているから、ゲームそのものではないけれど、王国の伝承や聖女にまつわる話から見れば、特別なのは間違いはない。


「この国において、聖女は祝福と繁栄をもたらす……」


 私は、伝承の一部を口にする。


「もちろん、王族も聖女がいるなら放ってはおかない。可能ならば、聖女を王族と結びつけたいと願うはず」

「……それがこの国のため」


 アッシュは考えるように黙り込んだ。でもこれでわかるでしょ? 私が、メアリーを王子に推す理由が。


「君は……それでいいのか?」


 静かに彼は言った。


「聖女と伝承のために、婚約者なのに、身を引くというのは――」

「ええ」


 私は含むことなく答えた。


「言ったでしょう? ヴァイス王子とメアリーはピッタリだって」

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