第20話、第一の刺客


 王子とメアリーの王都デートは、つつがなく終了した。


 ヴァイスが気を利かせて、メアリーに髪留めをプレゼント。終始和やかに進み、楽しそうだった。


 私とアッシュはそれを遠巻きに見守り、その結果に大変満足だった。


 そして日は流れ、学校生活。私たち3年にとっては最後の年。卒業時の席次は、一生ついて回るから、皆必死に勉強する。


 親のスネかじりで安泰などと考えているお馬鹿ちゃんはともかく、部活動に励むような生徒は真面目に取り組んでいる。


 図書館でお勉強会をするのだけれど、私と王子たちいつもの面々に加えて、騎士科のレヒトや魔術科のメランも参加した。……まあ、彼らのお目当ては私であるのだけれど。


「お願いだから、図書館では静かにお願いね?」


 首を傾け、可愛くお願い。でも内心はキレそう。


「申し訳ありません、アイリス様」


 レヒトが椅子に腰を下ろせば、メランは咳払いした。


「すみません。つい熱くなってしまいました」


 騎士科と魔術科は仲が悪い。


 体力と力こそ最強と信じる騎士科は、とかく自分より非力な者を見下す傾向にある。


 一方の魔術科は、魔術師の集まりであり、魔法が使えず、自然科学や事象に疎い者を愚か者と見る傾向がある。


 つまり、自分たちが秀でている部分こそ最高であり、それ以外については格下に見ているということだ。


 双方とも同じ考えなのだから、お互いに自分たちが上であると信じ、相手側を認めようとはしないのである。


「これは新しい派閥でも作ろうかしら?」

「と、言うと?」


 私の呟きに、アッシュが不思議そうな顔になった。


「魔法騎士科よ。騎士の強さと魔術師の魔法が合わさり、弱点はない。すなわち最強ということでしょう?」

「!?」


 レヒトとメランは驚愕して固まってしまった。騎士科と魔術科の争いよりメアリーだ、と素知らぬふりをしていたヴァイスでさえ、こちらを見た。


「お言葉ですが、アイリス様」


 レヒトが躊躇いがちに言った。


「魔法騎士というのは、古来よりなくはありませんが……その」

「双方の利点を併せ持つといえば聞こえはいいですが――」


 メランが指摘するような顔になった。


「実際は、どちらも不足している半端な者となりましょう。長年、専門の技や術を修めた者はその分野に秀でており、あれもこれも手を出す者よりも優れています」

「あら、すると私は半端者だと?」

「いえ、そのような……」


 私の魔術について、一目置いているメランは視線を下げた。腕を組んでいたレヒトも、模擬戦で私に負かされていることもあり、口を出せない。


 ……ふふ。


「もちろん、私は例外。皆が皆、私のように優れているとは限らないわ」


 何という傲慢な言いよう。自嘲したくなるわね。


「メラン、あなたの言う通り、一芸に秀でた者は掛け替えのない財産と言える」


 でもね――


「身内でいがみ合っていては、せっかくの宝も持ち腐れとなってしまうわ。お互いにない利点を認め、協力しあえばさらに強くなる」


 レヒトとメランが互いを見る。私が何を言っているのか、さすがに理解はしているでしょう。


「これまで何があったかより、これからどうするのかが重要だと思うわ。過去に色々あったのは知っているし、友達になれとも言わない」


 人類、皆友達なんて、理想論は信じていない。


「でも必要な時は協力してくれなくては意味がないわ。互いに足を引っ張るくらいなら、さっきあなた方が言った半端者のほうが、まだ役に立つわ」


 二人は押し黙る。それぞれが考え、やがてレヒトは頭を下げた。 


「浅慮でした、アイリス様。……メラン、声を荒げてすまなかった」

「いや、私こそ底の浅い発言をした。すまなかった」


 メランも目を伏せた。


 ひとまず、空気は柔らかくなった。……たとえ、一時的でも、ね。


 これで丸く収まれば簡単なのだけれど、世の中そうはうまくできていないのよね。



  ・  ・  ・



 その翌日、いつものように私の部屋を訪れたメアリーが報告した。


「騎士科のペルラさんから、レヒト様に近づくなと警告されました。たぶん、アレだと思います」

「刺客イベントね」


 攻略対象男子とヒロインの仲が深まると、その男子を好いている女子キャラが妨害ないし攻撃してくるイベントである。


『赤毛の聖女』ではイベントと簡単に言うが、ここでは実際に怪我や、最悪命を落とすことにもなる危険なものである。


 この世界、ゲームで言うところのハードモードなのよねぇ……。バッドエンドイベントも何の遠慮もなく発生する。難易度設定ができるゲームが羨ましい。


 というか乙女ゲームに難易度設定なんて、どうかしているわ。


「ペルラというと、単純な脳筋型だったわね……」

「アイリス様、言い方……」


 苦笑するメアリー。私は扇の先を顎に当てる。


「くっ殺型だったわね」


 典型的な真面目な女騎士タイプの生徒である。単純だけれど、剣の腕前は上級生をも凌ぐほどで、騎士科のレヒトも一目置いている。


 ただし、頭のほうはあまりよろしくない。……この辺りが、レヒトに思いを寄せながらも、モノに出来ない所以。


「図書館の勉強会にレヒトがいて、あなたもいたから、彼女はあなたを目の敵にしたのね」


 あの場にいれば、レヒトは私のほうを見ていたとわかるのだろうけど、残念ながらペルラは図書館には絶対に近づかないキャラだ。


 それに、公には、私はヴァイス王子の婚約者となっているから、レヒトがわざわざあの場に参加したのは、以前興味を抱いていた新入生であるメアリーが目的……と考えたというところか。


「さて、ペルラの刺客イベント、次に起こるのは追放を賭けた一騎打ちだったかしら」


 模擬戦ではあるのだけれど、決闘を挑まれ、負ければ退学、というやつ。ハードモードにおけるバッドエンド直結イベントだ。


「ここでメアリーを退学させられるわけにもいかないし、ここらでわからせないといけないわね」


 バッドエンドイベントを叩き折らねばならない。メアリーは不安げな表情を浮かべる。


「大丈夫でしょうか?」

「大丈夫よ」


 ゲームだと自身の育成もしておかないと勝てない相手だけれど、私はすでに彼女の能力を遥かに上回っているからね。


 ループ経験は伊達じゃない!

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