第16話、騎士科のエリート


『赤毛の聖女』において、攻略対象男子のひとりである、レヒト・ロート。


 18歳。最上級生で、私や王子とは同級だ。


 緑色の髪にメガネのイケメン。成績もよく優等生である。


 だが、その外見に反して、体力バカであり、肉体派の花形、騎士科のエリートだった。


「要するに、文武両道」


 馬鹿や時間を守らない人間は嫌いで、見た目に関して少々神経質な面はある。が、訓練や作業での汚れなどは、努力や職務の証と認めてくれる。


 厳しいが公平という人格は、同級後輩問わず、尊敬を集めている。


「将来は、王国精鋭の騎士団団長になるほどの逸材」


 レヒトルートにおけるハッピーエンドではそうなっている。ゲームの部分を伏せて、私が説明してあげれば、アッシュは「なるほど」と頷いた。


「君は未来が見えるのか?」

「未来が見えたらいいのにね。便利そう」


 私はそう言って、ぼかした。


 さて、私たちは放課後、一年の教室のある校舎一階へと向かう途中の通路にいた。


 いつもなら私の部屋に来るはずのメアリーが中々来ないので様子を見に来たのである。本当は私ひとりで行くつもりだったのだけれど、アッシュがついてきた。


 ……王子様を部屋に残してきていいの? と思うが、ここで彼の身に何か起こるイベントなどは起きないのは知っているので、了承してあげた。


「そろそろ、助けるべきじゃないだろうか?」


 アッシュの視線の先には、メアリーと、その彼女に絡むレヒトがいる。


 立ち話なら、そのうち終わるだろうと様子を見ていたら、レヒトが積極的に話しかけ、中々メアリーを放してくれそうにない。


「メアリーも困っているようだ」

「そうね」


 私は淡泊な返事。


 レヒトは、ヒロインであるメアリーに好意を寄せる男子のひとりだ。フラグが立ったから、着々とイベントが進行中、と言ったところだ。


 彼狙いであるなら、イベントを進めてご機嫌をとっておけばいいのだが、他の男子攻略中であるならば、適度にあしらわないと色々厄介なことになる。


 とくに、ヴァイス王子様は真面目だが、独占欲が強いところがあって、他の男子と仲良くしていると嫉妬して好感度が下がるのだ。


 とはいえ、グイグイきている男子に冷たくあしらうって、ウブな女の子には難しいのよね。いい人が相手なら特に。ゲームの選択肢ひとつ選ぶのだって悩んじゃうのに、実際に男子を目の前にしていると中々断りづらいのだ。


「まあ、見てなさい。メアリーをよろしくね」


 私はアッシュに言うと、メアリーとレヒトのもとへ近づく。赤毛の少女が私に気づいた。


「あ、アイリス様……」

「こんなところで油を売っていたのね、メアリー」

「アイリス嬢」


 レヒトが向き直った。彼は伯爵家の長男だけれど、私は侯爵令嬢と、この国での貴族ランクでは私のほうが上位にある。


「こちらへは何をしに?」

「そのメアリーを呼びにきたのよ。部屋に来ないものだから」

「お約束がありましたか」


 騎士科の生徒らしく、かすかに頭を下げる。


「それはお引き留めしてしまい申し訳ない」

「別に約束はないけれど、放課後は私の元に来る決まりなの」

「約束ではない……」

「メアリー、殿下がお待ちよ。行きなさい」

「は、はい。失礼します、レヒト様」


 メアリーが一礼するとその場を離れた。名残惜しそうに見送るレヒトを、私は扇を出して口元を隠しながら見つめる。


「あの娘に気があるのかしら? レヒト君」

「気がある、とは?」


 思いがけない言葉だったように驚くメガネ君。


「平民出の娘に未来の伯爵様がお声掛けする。……側室候補かしら」

「そのようなことは……。ただ、彼女の知恵を借りていたのです」

「知恵?」


 うん、知ってる。レヒトは、メアリーの意外性と聡明さに惹かれる、という人物だ。


「彼女はとても頭がよい。平民出とアイリス嬢はおっしゃるが、知識に貴族も平民もありませんよ」


 でも、あなたが他の頭のいい子を差し置いてメアリーに惹かれるのは『平民なのに頭がいい』という潜在的意識もあるのだけれど、気づいてる?


「そう? たとえば?」

「たとえば、騎兵突撃における魔法による防御について――」


 いかにも男の子が好きそうなお話。『赤毛の聖女』をプレイしている時に、あったわね、そんな話。こっちは選択肢を選べばいいだけだから、内容なんて正直どうでもよかったのだけれど。


「メアリーは言ったのです。『魔術師が防御の魔法をかけている余裕がないなら、予め防具に防御の魔法を刻んでおけばいい』と」


 そんなセリフだったわね。……果たしてゲーム知識だけの今のメアリーに、文章セリフ以上の意味を理解しているかは怪しいのだけれど。


 目をキラキラさせていうレヒトに、私は言った。


「なんだ、それを彼女を教えたのは私よ」

「……え?」


 レヒトは目を丸くした。そのゲーム知識なら私も知っているし、ここでループを重ねて実際に戦闘の経験がある分、厚みが違うわよ!


「レヒト君。そもそも、何故、騎兵突撃時に、魔術師が防御魔法をかけている余裕がないかわかる?」

「……呪文の詠唱に時間がかかるのと、かけてからの効果時間に制限があること。あと、対象の騎兵の人数に対して、魔術師の数に少ない場合が多い……?」

「その通り。必要な時に呪文を詠唱していては、攻撃のタイミングを逸してしまうことも多い」


 扇を畳んで、彼に向ける。


「それに、魔術師たちは防御魔法を騎兵に使うのに積極的じゃない」

「そう! そうなのです!」


 レヒトは語気を強めた。


「あいつらは魔力を消費するから、と自分たちの防御と攻撃にしか関心がなく、協力しようという気持ちがない! 騎士は鎧があるから防御は充分だろう、などと!」


 騎士科と、魔術師たちの魔術科は仲が悪い。これマメ知識ね。正直、どちらの言い分も間違いがあるわけはなく、一方的にどちらが悪いというものでもない。


 騎士科って、オレ様気質で強引なところがあるし。


「気持ち云々なら、魔術科が騎士科の有用性を認めれば解決するわよ」


 もちろん、騎士科も魔術師たちの有用性を認める必要があるけれど。


 互いを知らず、いがみ合っているから、こじれる。腹を割って話して理解を深めれば解決する問題なのだ。


 古くさい伝統が邪魔をしているという、厄介な問題があるのだけれど。


「アイリス嬢は、てっきり魔術師の肩を持っているのかと思っていましたが……」


 レヒトが態度を改める。


「騎士科をお認めになられていたとは……」

「あら、それは私が魔法を使うから?」


 でも魔術科に所属はしていないわよ? レヒトと私ではクラスが違うから、その辺りよく知らないのかもしれないわね。


「前衛として勇敢に戦う騎士たちが輝けばこそ、魔術も真価を発揮する」

「!」


 私の言葉に、レヒトは目を潤ませる。


「もし、私が軍を率いることがあれば、騎士も魔術師も使いこなしてみせるわ。……まあ、女である私にその機会は絶対にないでしょうけれど」


 自嘲してみせる。戦争なんて本当はごめんだし、そのつもりはないのだけど。


「そういえばレヒト君。私とあなた、手合わせしたことはなかったわね」


 三年間、クラスが違うから彼は知らない。


「一戦、手合わせ願えるかしら? 騎士科最強の実力を見せてちょうだい」


 彼の目をメアリーから引き離す一番手っ取り早い方法。


 それは私が、彼に勝つこと。

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