第11話、邪悪な魔法薬
「お嬢様、こちら、実家より届きましたお荷物にございます」
貴族生徒寮、リュゼ・キルマの部屋。メイドが部屋に運び込んだものを見やり、リュゼは尊大に顎で指し示した。
「中身は?」
「――魔法薬、となっています」
「きたのね!」
リュゼは途端に笑みを浮かべた。メイドに梱包を開けさせると、机の上にそれを置かせた。
「見た目はただの水……いえ、微妙に黄色いわね。まるで――」
言いかけて、リュゼは口をつぐんだ。何かを連想させる色合いだが、口にするのは憚られたのだ。
瓶に満たされた液体を眺め、リュゼはほくそ笑だ。
「ふふ、これを平民生のエサに混ぜれば――」
「魔法薬をま――あっ!?」
つい口に出してしまいメイドは慌てて口を押さえた。リュゼは、許可なく従者が喋ったり、口出しされるのを嫌うからだ。
叱責を覚悟するが、リュゼはニンマリと笑う。美少女なのだが、邪なものを感じさせるそれに、メイドは背筋が凍った。
「とっておきの魔法薬よ。そうだ、あなたも一杯いかが? 味については聞いてなかったから、どんな味なのか教えてちょうだい」
主人の命令は絶対である。メイドは青ざめつつ、頷いた。
「はい……」
嫌な予感しかしなかった。
平民を下等な動物か、下僕としか見ていないリュゼお嬢様である。それが上機嫌にメイドに飲むように勧めるなどあり得ない。何か企んでいるのではないか、そう疑ってしまうのも無理はなかった。
カップを用意し、瓶からすくいあげる。先ほどリュゼは、『平民のエサに』とか言っていた。何かよくないものではないか……。メイドは手の震えが止まらなかった。
「ほら、ぐっ、といきなさい」
リュゼは、好奇心丸出しの表情で言った。
「あ、もしかして毒かもと思ってる? 大丈夫よ、飲んでも死んだりはしないわ。それは間違いないから」
「は、はい……」
毒ではないらしい。それを聞いて、メイドは少しホッとした。恐ろしくマズかったらどうしよう、と思いつつ、言われた通り、カップの黄色味がかった液体を飲み干した。
「どう? 味のほうは?」
「……水、のような。……えっとかすかに味のようなものがあるのですが、かなり薄められているようで、よくわかりません」
「そ」
あまり興味なさそうな態度をとるリュゼ。自分で聞いておきながら、味については実はどうでもよかったのかもしれない。
リュゼの瞳が、メイドをじっと見つめた。
「そろそろ、どう?」
「……?」
何がだろう、と首をかしげた時、お腹まわりに違和感をおぼえた。少しずつ、痛くなっているような……?
メイドの手が自然とお腹を押さえるのを見て、リュゼは驚喜の表情を浮かべた。
「お腹が痛くなってきた? それ腹下しの薬なのよ。ただし、かなーり強力なやつでね……。あら、すごい顔色ね」
苦しそうなメイドを見やり、リュゼは肩をすくめた。
「ええ、共有トイレに行ってしてきていいわよ。ここで漏らされて、平民の臭いがつくのも嫌だわ」
追い払うようにリュゼが手を振れば、メイドは冷や汗をたっぷり流しながら「し、失礼します」と部屋を出ていった。
お腹と尻あたりを押さえながら去って行く姿はなんとも滑稽で、リュゼは笑った。
「アッハハ。効果覿面のようね。これで明日は平民どもが共用トイレに殺到する姿が見られるわね!」
リュゼの計画はこうだ。
学校食堂で平民生用の食事を作る料理人に腹下しの魔法薬を渡し、それを料理に混入させる。
そうとは知らずに食事をした平民生たちは腹を下してトイレに殺到する。だが数からして、全員が同時に使えるわけもなく、後から駆け込んだ者は我慢できずにトイレ前で排泄するという阿鼻叫喚の光景が展開される。
無様だが、下等な平民がのたうち苦しむ見世物だ。別に人の排泄が見たいわけではないが、平民どもがのたうつ姿は、愉悦そのものだった。
リュゼは平民を貴族と同じ人間と見ていない。家畜よりは話せるだけマシだが、貴族に逆らうことがあってはならず、また不快にさせてもならない。
人間ではないから気にいらなければ叩いても踏んでも許される。貴族というのは、平民より尊い、偉いのだ。下等な平民は地べたに這いつくばるのがお似合いなのだ。
だから、平民とて才能があれば認められるという、このケーニライヒ王都学校のルールは気に入らなかった。
もちろん王族が決めたことなのだから、仕方なく従ってはみせるが、バレなければ平民はいたぶってもいいと本気で思っている。
差別派貴族というのはそういうものだ。リュゼが特別ではないが、とはいえ、行き過ぎた行為はやはり異常と言える。
その時、カタンと扉の閉まる音がした。メイドがもう戻ってきたのか? あの薬の効果は数時間くらい続くと聞いていたのだが――
「お早いお帰りね――」
青ざめ、やつれているかもと期待して振り返ったシュゼだが、一瞬、白っぽい仮面のようなものが見えた。
そしてその瞬間、彼女の意識は途絶えた。
・ ・ ・
「こんばんわー、リュゼ」
灰色の仮面をつけた私は、眠らせたリュゼを見下ろした。
「闇夜の魔女さんが、家庭訪問にきたわよー?」
返事はない。すっかりお眠りのようだ。
私はしゃがみこむ。
「やる覚悟があるものはやられる覚悟があるものだけ、だったかしら……? まあ、私はできれば、やるだけで済ませたいのだけれど、それはあなたも同じよね?」
答えがないのはわかっている。私は、テーブルの上の瓶と液体。
「その中身はわかってるわ。あなたって酷いことを考えるわね」
私はリュゼのドレスの首の後ろあたりを掴むと、彼女を持ち上げた。魔法によるパワーアシストがあれば、スプーンより重いものを持てないとのたまう貴族の娘だって、人を持ち上げられる。
近くの椅子に座らせて、リュゼの手足を椅子に固定。拘束、拘束!
「悪い子にはお仕置きをしてあげないといけないね」
私は歌うように言うと、テーブルの上のそれを見た。
「あなたにはこれが一番効くのよねぇ……。汚いのは勘弁してほしいけれど、仕方ないわよね」
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