第12話、下劣で外道な報復


 すべての準備を終えた後、私は、お眠りのリュゼを覚醒させた。


「はっ!? ここは……」

『あなたの部屋』

「!?」


 仮面を被った、暗殺者っぽい格好をした私の姿に、リュゼは驚いた。


 逃げようとしたが、椅子に縛り付けてあるから、動くことができずに、さらに驚く。


「なっ!?」


 慌てふためき、もがくリュゼだが私が魔法で作った縄は、非力なお嬢様に切れるほど柔ではない。


「仮面の魔女! わたくしに何をなさいますの!? 誰かっ!? ここに魔女が!」

『叫んでも無駄。遮音の魔法で、どれだけ暴れようが叫ぼうが、外には聞こえない』


 そんじょそこらの魔術師より、私は高度な魔法の使い手よ。まあ、ここまで熟練したのは、ループの影響もあるのだけれど。


 そのループで数回、リュゼ相手にこういう展開を経験しているから、段々手際がよくなっているのよね。


 ちなみに、彼女を拘束する椅子も動かないように固定してある。最初やった時、リュゼが暴れたから椅子ごと倒れたのよね。


「誰か! ここに賊がー!」


 なおもわめくので、彼女に顔を近づけてやる。頬を引っぱたくような素振りをすると、リュゼはピタリと口を閉ざした。本能的に痛いことをされるのでは、と反応したのだろう。


『私はお馬鹿な子は嫌い』

「……」


 リュゼが睨んでくるが、根が臆病なのよね。気丈に振る舞おうとしているけど、涙目で、痩せ我慢なのがバレバレ。


『闇夜の魔女は悪い子が嫌いだ』


 私はリュゼを見下ろす。


『その私がここに来るということは……わかるな?』

「わかりませんわ」


 リュゼは、かすかに震える声で言った。視線を逸らしたのは怖いのを隠すためか。


 魔女の噂を知っていれば恐怖をおぼえるのもわかる。先日、学校で貴族生のひとりが男でなくなってしまったからね……。


「わたくしをどうするつもり? 乱暴するのかしら?」

『悪くない提案だ』

「て、提案ではありませんわ……」

『お前は黙っていれば美人だ』


 私は彼女の周りをゆっくりと歩く。


『赤毛の聖女』における悪役令嬢であるリュゼは、表情が少々きつめだが美少女。銀髪は綺麗。背がやや低めではあるものの、胸とかかなりあって、一部プレイヤーから、恵まれた体型に対する怨嗟を呼んでいた。


 自然とプレイヤーの憎しみを煽ってしまう容姿は、デザインの勝利かもしれない。……まあ、ここはゲーム世界そのものではないのだけれど。


『だが性根は腐りきっている。平民を差別し、その生徒たちを虐げた』

「それのどこがいけませんの?」


 リュゼは平然と言い返した。


「平民が高貴なる貴族と同じ場所で学ぶなど、そもそもあり得ませんわ。平民は、わたくしたち貴族に従属するもの。どうしようが勝手ですわ」

『差別どうこう言うつもりはない。私もお前をクズだと差別してるからな』

「なっ、クズっ!?」


 他人は罵倒するくせに、自分に対する耐性がないのが、プライドだけ高い貴族の典型である。


『しかし、それで周囲の人間を巻き込み、害を与えるのは感心しない。だから、お前に罰を与える』


 わたくしが何をしたの、とは言わないリュゼである。平民生への仕打ちについては、言わずとも心当たりがあるし、それを悪いこととすら思っていないから。


 私は魔法で壺を生成する。口があって、丸みを帯びた見るからに壺である。なお、底の部分が開いていて、そのままでは壺として使えない。


「な、何をなさいますの!?」


 これから何をするのかわからず、リュゼは青ざめる。


『お前はこれから顔を奪われる』

「か、顔!?」

『その綺麗な顔が、このへんてこな壺になるのだ。美貌を奪われ……そうだな名前も奪ってやろう』

「……っ!!」


 恐怖に引きつるリュゼ。私は壺を両手で持ち、底に穴の空いたそれをリュゼに振り上げて――


「や、やめ――」

『ふん!』


 ずぼっ、と底の穴からリュゼの頭が入った。顔がすっぽり壺に収まり、底の穴から彼女の綺麗な銀髪が出ている。これまでのループの経験をふまえ、底の穴のサイズは割とギリギリに設定して生成してある。


『んんー!』


 てっぺんの口は開いているから窒息することはない。もちろん、そこを塞げば苦しくなるだろうが。


 視界は真っ暗。顔が壺にはまり、手は拘束で使えないから抜くこともできない。暴れるリュゼだが、椅子も固定されているのでどうすることもできない。


『どこからどう見ても、ぶざいくな壺女だ。顔も名前も奪われたら、誰もお前を貴族とは思わないな』


 ぺしぺしと、壺を軽く叩く私。中は結構ひびくのか、フラフラするリュゼの頭。


『貴族でなければなんだ? 平民か? 平民は何をしてもいいんだったな?』


 さあ、お仕置きはここからよ!


『自分がやろうとしていたからには、やられても文句は言えないと思うのだ』


 私は浮遊魔法で、テーブルの上の瓶を持ち上げる。それを、壺女の頭のてっぺんで傾け、さらに水魔法で水を生成して注ぐ。


 原液を薄めつつ、壺頭の口に流し込んでいく。


『み、水!? んがっ――』

『私は寛大だ。あなたにも生き延びる術はある。その水を飲めば、壺の中で溺れ死ぬなんて間抜けなことにはならない』

『……!」


 その間にも魔法薬が壺に注がれ、リュゼの頭をぬらし、さらに中に液体を貯めていく。


『それは魔法薬を薄めたものだ。大丈夫、飲んでも死なない。確か、そういう薬だったよな? ちょーとお腹が痛くなるくらいだ。でも飲まなければ水がたまって、お前は溺死する。好きなほうを選ぶといい』


 下劣で外道。でもね、リュゼ、これはあなたの平民を虐げた罪に対する報復なのよ?


 それに、あなたはまだ『選ぶ』ことができるけど、あなたが明日、平民生たちにしようとしたことは、彼、彼女たちには選ぶこともできないのよ?


 底の穴は彼女の髪と首で、さほど隙間はない。少し染み出すように漏れて、服を濡らしているのだが、流れ出る量より注がれる量のほうが多い。


『お腹が痛くなって、したくなったらするといい。おまるを用意してあるから』


 私は何と親切なことか。


死ぬのが怖いリュゼは、腹を下すとわかっていても水を飲む選択をする。今回は、完璧な仕上がりだ。これまでのループでは試行錯誤の連続だったからねぇ。


 失敗は成功の母とは、よく言ったものだ。


 あくまでお仕置きだ。私は彼女を殺すつもりはない。


 こいつのこれまで平民たちにしてきた仕打ちを思えば、もっと酷い目に合ってもおかしくないけれどね。

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