第13話、メアリー、フラグを立てる


 翌日の教室。いつもどおりの私だけれど、クラスにはリュゼの姿はなかった。


「体調不良らしい」

「どうも、食あたりのようですわね……」


 ヒソヒソとクラスの貴族女子が話しているのが聞こえた。


「かなり、その、臭いが――」


 ひどい下痢ですものねぇ。あれが今日、平民生たちの食事に混入されて、災厄を振りまいていたと思うとゾッとする。


 因果応報。リュゼひとりがのたうっているのは、ざまあとしか言いようがない。自らが招いたことだ。


「おはよう、アイリス」

「おはようございます、殿下」


 やってきたヴァイス王子。連れとして今日もアッシュが一緒だ。


「教室が少し騒がしいようだが……?」

「リュゼ・キルマが体調不良でお休みらしいですわ。聞こえてきた噂では、食あたりかも、だそうです」

「食あたり……怖いな」


 ヴァイスは眉を動かして、心なしか心配そうな表情になった。


「昨日の今日だから、また魔女が現れたのかと思った」


 教室がざわついていたのを、そう解釈したのだろう。


 リュゼは闇夜の魔女に襲われたとは言わなかったのだ。まあ、口止めしたからだけれど。


 よっぽど壺女が嫌だったらしい。それをからめて脅したら、魔女のことは口外しない。ループでそれは検証済である。


 アッシュが口を開いた。


「医者は呼ばないのでしょうか? 学校にも治癒魔法の使い手くらいいるでしょうに」

「確かに妙だな……」


 王子は首をかしげる。


 学校の治癒魔法が使える専門の医者は、本日出張で学校にはいない。私は知っているが敢えて黙っていた。


 何故いないか? ご丁寧にリュゼが工作したからだ。腹痛と下痢の平民生を簡単に治療されないように、という。


 呆れる行動力だが、結果的にそれが自分を苦しめる結果になるとは皮肉なものだ。


 探せば、学校には治癒魔法を使える教師や生徒もいるのだが、それらがリュゼの下痢を聞き、助けなきゃと思わない限りは出向かないだろう。そもそも専門の医者でもないわけだし。


 主人のために治癒魔法の使い手を探して回る可能性のあるメイドさんも、体調不良で動けないのだから、とことんリュゼにとって裏目に出ている。


 この件に関して、ヴァイスは特に何もするつもりはないようだった。


 リュゼが『赤毛の聖女』における本来の立ち位置である王子の婚約者であったなら、王室専属の派遣治療術士を手配するなどしたかもしれない。


 だがここでは、王子の婚約者は私であり、ヴァイスにとって、リュゼはモブ貴族に過ぎないのだ。


 まあ、放課後になったら私がお見舞いに行ってあげるから、それまでは精々苦しむといいわ、リュゼ。


 下痢はひどいと体力低下や脱水症状を引き起こす。場合によっては命にかかわることもある。


 私はそこまで白状な人間ではないのよ。治癒魔法で取り除いてあげるわ。


 苦しんでいる時に手を差し伸べる人間は大切にしなさいって言うけれど……ひどいマッチポンプだわ。


「アイリス?」


 ヴァイスとアッシュが私を見ていた。


「いいえ、何でもありませんわ」


 自然と顔がほころんでいたようだ。気をつけないと。



  ・  ・  ・



 放課後、私はリュゼの部屋を訪ねた。


 ひどい汚物臭がしている。返事がないので、勝手に入室。部屋には泣きながら、桶にまたがっている侯爵令嬢がいた。


「見ないで……! こっちへ来ないで!」


 泣きじゃくるリュゼに、少しながらの同情をする私。こういう素直な時の彼女は、可愛いのだけれど。……ああ、それにしてもひどい臭い。


「リュゼ嬢、お助けにきましたわ」

「ひっく……た、助けにぃ……」


 近づくとまあ、本当に貴族の娘らしからぬ醜態をさらしている。


「こんなになって……苦しかったでしょう? 治癒魔法を使いますわ。もう大丈夫」


 盗っ人猛々しいわね、私は。こうしたのは私なのにね。


 そうとは知らないリュゼに、さっそく治癒魔法を使う。みるみる痛みが引いて、下痢症状もなくなって彼女は、疲れ果てた顔にようやく安堵を取り戻した。


「よかった……本当に。わたくし死ぬかと思いましたわ。ありがとう……ありがとうございます、アイリス様!」

「ええ、いいのよ。リュゼ嬢。……それより、この桶やおまるを片付けませんと――」

「あ、アイリス様のお手を煩わせなくても――」


 大変恐縮してしまうリュゼ。メイドを呼ぶが、彼女も体調不良で出てこれない。そんなわけで、私たちは、彼女の排泄物を片付けることに。


 私とリュゼはお友達になりました。カッコ、暗黒嘲笑、カッコ閉じる。



  ・  ・  ・



 私が部屋に戻ると、メアリーがいて、ヴァイスとアッシュがいた。


 部屋には専属メイドのモニカがいるから、通していいと言ってはあるのだけれど、一瞬ここが自分の部屋かどうかと疑ってしまった。


 部屋にキッチンルームがあるのは私が作らせたからだけれど、そこでお茶のおかわりを作っているメアリーが報告した。


「アイリス様。今日、騎士科のレヒト様と、魔術科のメラン様との遭遇イベントがありました」

「レヒトとメランね」


 ゲーム『赤毛の聖女』における攻略対象男子だ。このゲームにおいて、複数の攻略対象男子がいるのだが、プレイヤーが意図的に攻略しようと行動する以外に、二人ほど攻略対象男子と絡むイベントが発生する仕様になっていた。


 どのキャラが絡んでくるかはランダムになっているのだが、このループ世界でも、メアリーのそれまでの行動によって遭遇キャラが変わる。


 今回は王子以外に接点を持たなかったルートだからか、レヒトというクール優等生と、メランというミステリアス魔術師が登場したようだ。


「できるだけ、この二人の好感度を上げないように、ヴァイスとの関係に集中してね」

「はい」


 メアリーは頷いた。特に王子様は二股を嫌う性分だ。彼に嫌われるルートが望みなら、敢えて複数男性と仲良くすればいいが、そうでないなら注意しなくてはならない。


「あと、一応、刺客フラグも立っているから、気をつけてね」


 ゲームでは、攻略対象男子にはそれぞれ好意を寄せている女子がいる。ハードモードだとヒロインに対する妨害やゲームオーバーにもかかわる行動をとってくる。


 この世界でも、そのあたりも同様に起きるので、私としても油断はできない。

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