第30話、聖女で変わる学校生活


 聖女が見つかった。


 その報告は、たちまちケーニライヒ王都学校に広がり、すぐに王城にも伝えられた。


 ゲオルク・オルトリング国王はその報に接したが、意外にも驚きは少なく「そうか」と答えたとか……というのは後で聞いたお話。


 ともあれ、メアリー・ロウウィンは聖女である――それが周囲にも知れ渡ることになった。


『赤毛の聖女』において、このイベント後は周囲の手のひら返しが凄かった。


 聖女は国の宝。ただの平民だったメアリーを皆が持ち上げ、ちやほやするのである。


 今まで彼女に冷たく当たっていた者は、急いで自分の罪を悔いて反省している旨を伝える。聖女に睨まれたら、王国から袋叩きにあうと想像がつくからだ。


 フフン、馬鹿どもの目が覚めるのは大いに結構。


 私も機嫌がいい。


 状況はシナリオの通りに進行している。


 ヴァイス王子も気になっていた少女が聖女で、しかも自分の命を救ってくれたから、より一層恋を燃え上がらせているだろう。


 もう私がアシストしなくても、メアリーとのフラグを消化していくに違いない。


 まさに、計画通り、である。


 メアリーにとっても、今後はバラ色の学校生活となるだろう。……ただ一点、彼女を快く思っていない人物を除けば。


 シナリオ通りに進行しているということは、残す敵はヒロインをライバル視している悪役令嬢のみである。


 つまり、王子の婚約者であり、その王子が聖女にかまけてたことで嫉妬心を燻らせた困ったお嬢様である。


 そう、私です! ということはなく、私はむしろ万々歳なのだけれど、これから王子の婚約者という立場を破棄され、追放される身となるように動いていかなければいけない。


 何故なら、悪役令嬢なのだから!


 とまあ、彼女を快く思っていない人物の話だけれど、私ではなく、本来の悪役令嬢であるリュゼ・キルマが、聖女メアリーを敵視しているのである。


 またもゲームの話で悪いけれど、リュゼが王子の婚約者であった状態では、その王子がメアリーに惹かれていくのを面白く思っておらず、何かと妨害や嫌がらせをする。


 そしてメアリーが聖女であると発覚した後は、殺意さえ抱くのである。普通に考えれば、婚約者の立場が危うくなったから、と思うのだが、もうひとつ、リュゼには裏設定があった。


 それは『聖女に憧れ、なりたかった』という過去である。


 自分がなりたくて、でもなれなれなかった聖女という存在に、どこぞの田舎娘がなってしまったことがたまらなく悔しく、また許せないことなのだ。


 そしてこの裏設定が、王子の婚約者ではないという現状でも尾を引くのである。


 自分以外に聖女が現れたのを認められないのだ。結果、婚約者関係なく、聖女となったメアリーに攻撃を仕掛けるようになるのだ。


 ……まあ、そんなんだから、のちに断罪イベントなんて起きるんですけどね。


 ただゲームと違って、『王子の婚約者でない』リュゼは、その行動が大胆であり、直接命を狙う行為に走る。体面を気にして自重していたところが、ここではなくなるのだ。


 その点では、ゲームの時よりもたちが悪い。



  ・  ・  ・



「アイリス様、本日はよく来てくださいました」

「ええ、リュゼ。ご機嫌よう」


 私は、リュゼの部屋を訪れた。


 相変わらず、綺麗な銀髪ですこと。黙っていれば、おしとやかな美少女なのだけれど……。


 ニコニコしているリュゼだが、その目元はうっすらにくまができているような。


『赤毛の聖女』では彼女の取り巻き勢がいて、優雅にお茶でもしているのだけれど、王子の婚約者ではない彼女に取り入ろうとする者はほとんどいない。


 というより、いなくなった。……裏でこっそり私が手を回したからね。


 貴族であることを笠に着て、平民に手を出す者は学校から追い出してやった。脅せば黙るような奴には、軽いお仕置きで済ませてあげたけれど。


 それとは関係なく侯爵家に取り入ろうとしている者もわずかにいるけれど、それは聖女に殺意を覚えたリュゼが、自ら孤立を選び追い出してしまった。


 それでも、同じ侯爵令嬢である私の意向は無視できないようだけど。相談したいことがあるからお茶に招待してくれません? と言ったら、喜んでお招きしてくれた。


 まあ、察してしまったのでしょうね。


 聖女に王子が夢中。王子の婚約者である私が何を相談したいか、なんて。


 本日は天気がよいから、と部屋の外のテラスで、午後のティーパーティー。上級貴族の寮の部屋には、お茶会用のスペースがある。……もちろん、私の部屋にもあるわ。


 ケーキやお菓子が用意されていたけれど、その大半が我がマークス家の作り出し販売しているものであり、残念ながら目新しさはない。


 ……もっとも、慣れたお菓子のほうが安心ではあるのだけれど。


「そうそう、リュゼ。お招きいただいたお礼に、私の家で作った新作の果汁ジュースがあるの。とても美味しくできているのだけれど、いかがかしら?」

「新作の果汁ジュースですの?」

「ええ、まだ世間に出てない、誰も飲んだことのない新作よ。国王様だって飲んだことはないわ」

「え!? よろしいんですの? わたくしが一番最初で?」

「もちろんよ」


 グラスを用意してもらい、果汁ジュースを注ぐ。


「新種のリンゴを使ったものなの」


 私はリュゼにグラスを渡した。


「その中で特に濃厚で美味しい部分だけを使ったものなの。味は濃いけれど、平気かしら?」

「一番贅沢な部分を使ったものなのですね。わたくしたち上級貴族にふさわしい飲み物ですわ」


 乾杯。すっとリュゼはグラスに口をつけた。


「ああ……濃厚な味ですわ」


 気にいってくれたようで、さらに飲むたびに、彼女の細い首が上下する。


「さあ、お菓子もいただきましょう」

「そうしましょう、アイリス様」


 ということで、メイドがケーキを取り分ける。それが終わると、私はリュゼに目配せした。メイドに聞かせたくない、いわゆる相談だと察したリュゼは自分のメイドを下げた。


「それにしても、今日は少し暑いですわね。何だか火照ってきましたわ」

「そう……?」


 私はニンマリしてしまう。どうやら効き目が出てきたようだ。


「それは大変ね。頭の中が沸騰してくるような感覚かしら?」

「ええ、まさしく。何だかとても……」


 そう言って自身の頬に手を当てるリュゼ。顔も赤くなってきた。


「ねえ、リュゼ。答えてくれない?」


 私は真っ直ぐ、銀髪の侯爵令嬢を見た。


「先日の聖女の泉への特別遠征に、魔物を焚きつけたのはあなたが手引きしたの?」

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