第29話、聖女覚醒


 私たちが祠に入ると、その奥から眩い白い光がこぼれていた。


 どうやら、メアリーがここでのメインイベントを発生させたらしい。


『赤毛の聖女』そのヒロインが、聖女として覚醒するイベントだ。


 光の壁に触れたメアリーは、聖女であると認められる光に包まれる……。これからの学校生活が激変することになる光だ。


「いったい何が……?」


 アッシュが驚くが、私は促す。


「いいから、早く! 殿下の手当てをしないと!」


 光を目指すように奥に移動する。そこには一年たちがいて、光の壁に手を触れているメアリーの姿があった。


「まさか……!」

「ロウウィンが、聖女!?」


 一年生たちの動揺をよそに、私たちは進む。


「メアリー!」

「アイリス様! あっ!?」


 そこで担がれているヴァイス王子の姿が見えたのだろう。周りの女子生徒からも悲鳴のような声が上がる。


「アッシュ、そこに殿下を寝かせて! メアリー! 治癒魔法を!」

「はっ、はい!」


 駆けてくるメアリー。アッシュと近衛騎士がヴァイスの体を地面に横たえる。近衛騎士は厳しい顔で言う。


「しかし、この傷は深い。治癒魔法で治る傷では……」

「お黙りなさい!」


 ピシャリと私は一喝。やってきたメアリーが膝をつき、血まみれの王子を前に顔を青ざめさせている。


「……こういう負傷者を見るのは初めて?」


 私はメアリーの耳元でささやく。日本にいると、こういう凄惨な光景は見る機会は普通はない。彼女がこの世界でどういう体験をしたかはわからないが、様子から察するに、ほぼ初めてのようだ。


「大丈夫。いつもとやり方は変わらない。……ゲームと同じ。聖女の魔力なら助けられる」


 過去のループで、この経験は何度かあるが、たった一度だけ、血を極端に恐れる子がいて、聖女なのに救えなかったパターンがあった。


 だから私はメアリーが挫けないようにそばについているのだ。


 メアリーの体が光った。光の壁のそれと同じく、白く、清らかな魔力が溢れ、治癒の魔法が重傷の王子を癒していく。


 そして治療は終わった。ほぅ、と息をつくメアリー。私は肩に触れた。


「よくやったわ、メアリー。さすが聖女ね」

「ア、アイリス様」


 緊張していたのだろう。メアリーの表情は笑みを形作るが、まだ若干強ばっている。ゲームならボタンひとつで解決だけど、実際に魔法を使うとなると、きちんと治せるか不安だったんでしょうね。気持ちはわかるわ。


 ヴァイス王子の意識が戻る。


「殿下!」

「ヴァイス様!」


 近衛騎士やメアリー、そして一年生たちが周りに集まる。


 さて、ここから先のイベントに私の出番はない。ゲーム中で語られる『護衛の人たちが魔物の群れを撃退したおかげで――』というやつをこなしてこよう。


「アイリス?」

「外の敵を片付けるわよ。殿下は助かったけれど、王都に帰りつくまでが遠征ですからね」


 祠の外に出ると戦況はよろしくなかった。メントル教官が負傷し、護衛の兵たちもほぼ全滅。生徒たちで何とか支えているが、統制がとれていないように見えた。


 私は、すっと息を吸い、そして声を張り上げた。


「魔術科! 後退してファイアウォールを詠唱! 騎士科は魔術科の前に出て、三十秒、戦線を支えなさい!」

「アイリス様!」

「レヒト、加勢するわよ!」


 私は剣を抜いた。加速魔法を付与、一気に最前線へ駆けつける。狼――銀の体毛、シルバーウルフね。突っ込んでくるのを躱して――


「せいっ!」


 斬首! 頭と胴体が分かれた銀狼には、もう見向きもしない。


「お前ら! アイリス様が来られた! 絶対にお守りしろ!」

「「「おおっ!」」」


 レヒトの叱咤が飛び、騎士科が雄叫びを上げた。なんだ、まだ元気じゃないの、あなたたち。


「君にあまり前に出られると、立つ瀬がなくなってしまうんだけどね」


 アッシュが私に追いつき、ゴブリンを一刀両断した。


「若い娘にはゴブリンが集まってくるらしい」

「ゴブリンにもわかるのかしらね。私の美貌が!」


 私に向けて、弓を放つゴブリン。飛んできた矢を、剣で撃ち落とす。アッシュが口笛を吹いた。


「すごっ。飛んできた矢を切るなんて、君って達人?」

「貴様ァ、よくもアイリス様にぃ!」


 レヒトがゴブリンに激怒し、突っ込もうとする。


「レヒト、止まりなさい! 焼け死ぬわよ! メラン!」

「灼熱なる壁よ。不浄なる魔を焼き払い、浄化せよ。ファイアウォール!!」


 魔術科生徒たちが炎の壁を出現させ、騎士科より前にいる魔物の集団を一気に炎に包んだ。断末魔が響き、敵は焼死していった。


 私はその様子を見守る。敵はほぼ全滅ね。


「アイリス様、お怪我はございませんか?」

「大丈夫よ、レヒト。あなたは?」

「はっ、手が痺れていますが、流血はしませんでした」


 怪我なし。さすが騎士科のエースね。でもおそらくハイな状態で暴れまわったでしょうから、休養は必要ね。


「ご苦労様でした。よく戦線を支えたわ。メラン、あなたたちも。よく敵を焼き払ってくれたわ!」

「恐縮です、アイリス様」


 メランがやってきた。


「一時はどうなることかと。教官殿も負傷されてしまい、乱戦になりかけましたから」

「そう……。無事な者は負傷者を祠に。そこで聖女様がいらっしゃる。治してもらえるわよ」

「聖女!?」


 皆が一様に驚いた。私は口元を笑みの形に歪める。


「喜びなさい。オルトリング王国の救世主である聖女様が覚醒されたわ。王子殿下も無事に回復なされた。あとは、表の怪我人を治せば、万事解決よ。ここまできて、仲間を死なせないでね!」

「はいっ!」


 皆、よいお返事でした。戦いを乗り切り、さらに聖女が現れたとあれば、テンションが上がるのも無理はない。


「何だか、君が指揮官みたいだね」


 アッシュがやってきた。お疲れ様、と私は言ってあげた。


「仕方ないわ。教官が怪我をしているんだもの。侯爵家の娘として、貴族の一員の義務を果たしただけよ」

「あ、血……」

「へ?」


 すっと私の頬をアッシュの差し出したハンカチが触れた。


「……もう」


 こっ恥ずかしくなった。せっかくキメてたのに。どうやら銀狼の返り血がついていたようだ。見れば私の鎧にも血が斑点のようについているわね。


 本当に、もう……。


「なに?」とアッシュ。私はそっぽを向いた。

「何でもないわ」

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