第41話、エンディングへ。そして旅立つ


 追放が決まった。


 予め想定されていたから、すでに準備も万端。


「じゃあ、モニカ。あとの荷物は家に送っておいて。処理は弟に任せるわ」

「はい、お嬢様」


 何とも言えない表情を浮かべている専属メイドのモニカ。


「ここまでありがとう。この件であなたがクビになることはないから、まあ元気でね」


 ただ私専属だったわけで、しばらく周囲から白い目で見られるかもしれないけれど。その分の補償も折り込み済み。弟に任せておけば、悪いようにはならないわ。


「お嬢様こそ、これから大変では……」

「大丈夫よ。あなたが心配するようなことではないわ」


 闇夜の魔女として腕っ節には自信があるわ。そもそも転生前は独り暮らしで、自分の面倒は自分で見れるわ。周りに頼りきりで何もできないお嬢様ではなくってよ?


「元気でね」

「お嬢様……」

「――準備が出来ているのなら、お早くお願いします」


 王城から、私の追放を見届ける監視役である騎士が慇懃に言った。


 今回の策謀の件を知らないだろうからか、その視線は冷たい。彼や警備の兵たちからしたら、私は聖女に刃を向けた悪党ですものね。


 もしかして気を聞かせて、監視役はアッシュだったりしないかとも思ったが、そんなこともなく、学校を出る時も結局会わずじまいだった。


 意外に薄情ね。


 まあ、私の真意をはかりかねて、本当に聖女を殺そうとした悪女とでも思われてしまったのかもしれない。それなら、会いにくるはずもないか。


 結構、仲良くできたと思ったんだけどなぁ……。


 胸の奥がうずく。寂しい。……ああ、私、やっぱり彼のことが好きだったんだ。


 破局するとわかってはいたのに、いざそうなってしまうと、胸の奥にポッカリ穴が開いてしまったよう……。


 騎士と兵士に囲まれて、私は馬車へと導かれる。あの馬車は国境まで私を運ぶ。何日かかるかわからないけど、退屈な旅になりそう。


「アイリス様!」


 声を掛けられた。見れば騎士科のレヒト、魔術課のメランとシウメが遠巻きに私を見ていた。レヒトはかわいそうだけれど、メランとシウメは、うまく付き合っている。――お幸せに。


 私は小さく手を振ると、そのまま馬車に乗り込んだ。一応私は罪人だから近づいてお話もできないから、精一杯の見送りだろう。


 少なくとも、見送りにきてくれる人がいたというのは、この学校生活の救いかもしれない。


 さらば、ケーニライヒ王都学校! さらば、友よ!



  ・  ・  ・



 道中は予想通り、実に退屈だった。


 騎士も兵士もまるで置物のようで一言も喋らない。そういう命令を受けているのかしらね。


 少なくとも追放される罪人の護送を何度も経験しているのだろう。道中の手際もよかった。


 もしかしたら狂信的な聖女信奉者で道中に刃を向けてくるとか、追放される犯罪者なのだから暴行してくるかも、とか想像していたが、そんなこともなかった。


 そのあたりは陛下もきちんと人選を徹底させたのかもしれない。


 ちなみに、追放が決まって実家に寄ることもなかった。荷物もなし。いま着ているものを除けば何もなし。


 犯罪者だから追放したら、もうそのまま野垂れ死んでも、魔獣の餌になろうとも、奴隷にされようが知ったことではない、ということだろう。


 このあたり、融通を聞かせて、ある程度の荷物や金品が許されることもあるけれど、聖女相手にやらかしたことになっている私には、情状酌量はなかったようだ。


 命があるだけマシと思え、ってやつね。……ふふん、持ち物や装備は異空間収納に入れて準備済み。見張られていなければ、鼻歌でも歌いそうなほどワクワクしていたりする。


 護送馬車の周りには、通過領ごとに警備隊が交代でつき、私の逃亡阻止と共に、魔獣や盗賊などの襲撃を警戒していた。


 きちんと追放させないといけないから、警備の皆様にはご苦労とご迷惑をかけるわね。ただ皆さんの視線が相変わらず敵意に満ちているんですけどね。


 王都出発から一週間。学校では当に卒業式を迎えていて、しかしこうして日にちが経過しているということは、ループも起きていないということだ。


 完全に終わったのだ。あぁー、やった!


 そんなこんなでようやく国境に到着。うーん、見渡す限りの草原。国境とは言ったけど、きちんと線が引いてあるわけではなく、壁があるわけでもない。


「……道中、ご苦労様でした」


 馬車を降りて、ここまで同行した騎士と兵士に私は言った。兵士は相変わらずだったけど、騎士は口を開いた。


「あなたは道中、一度も助命や懇願をしませんでしたね」


 追放されたくない。何でもするから助けて、とか? どうやら、彼らの仕事の中には往生際の悪い人もいたようね。


「あなたたちにお願いすることなどないもの。ここまで送ってくれて、ありがとう。あなたたちの無事の帰還をお祈りするわ」

「……」


 それじゃあね――私はオルトリング王国に背を向けた。吹き抜けるのは秋の風か。心なしか冷たくもあり、孤独感を想起させる。


 国境を超えたと思われたあたりで振り返れば、護送馬車は王国に引き返していった。


 完全にひとりだ。


 ……誰も見ていないわね。


 異空間収納から服と装備を出して、そそくさとお着替え。誰もいないとはいえ、これは大胆。でもさすがにドレス姿で歩けないわ。


 とりあえず、旅の剣士らしくは見えるように……と?


 王国側から馬――騎兵の姿が見えた。盗賊? それとも聖女信奉者が私を暗殺にきた!?


 数は二騎! こちらへと向かってくる。黙って追放はさせてくれないのかしらねっ!


 剣に手をかけたところで、向かってくる騎兵の正体に気づく。嘘……!?


「アッシュ!?」

「追いついた、アイリス!」


 まさかのアッシュ。馬上の彼は騎士の姿。そしてもう一頭の馬にはこれまた騎士姿の少女と旅人ローブ姿の美少女が一緒に乗っていて。


「ペルラ! リュゼも! どうして!?」

「アイリス様は私がお仕えすると決めた主! 追放されるならどこまでもお供します!」


 ペルラが言えば、彼女の後ろにいたリュゼも言った。


「お姉様のいないこの王国など、わたくしがいる価値もありませんわ! わたくしもお供に加えてくださいませ!」

「えぇ……」


 ついてくるのぉ? ちょっと予想外過ぎて困ってしまう。


「まあまあ、アイリス。彼女たちは君を慕っているんだ、そんな顔をしない」


 アッシュが微笑する。いやいや――


「あなたもここで何をしているの? まさか私が戻ってこないように監視しにきたの?」

「まさか。君を追ってきたのさ」


 馬から降りるアッシュ。ペルラが口を開いた。


「ではアッシュ様、私たちは先行して近場の集落に宿の確保に行って参ります」

「気をつけて」

「はい! では、アイリス様」

「お姉様、先に行ってますわ!」


 ペルラが馬を駆り、リュゼと去っていった。ポツンと残される私とアッシュ。


「君の面倒見のよさが招いた結果だな。彼女らにとっては、自分たちの家を捨てるだけのものを君が持っていたらしい」

「大馬鹿者だわ」


 私は思ったことを口にした。


「私を追わなければ、いい生活ができたでしょうに」


 ペルラは騎士になっていただろう。リュゼは……どうかな。王子とヒロインが結ばれた後は、彼女の家は没落するのだけれど。


「それはあなたも同じじゃない? どうしてきた、の――」


 最後まで言わせてもらえなかった。私はアッシュに抱きしめられていた。


「君は、ヴァイスとメアリーを結ばせようとしていた。だから、もっと早く、こうなることを予想しておくべきだった……!」


 後悔をにじませるアッシュ。


「君にすべてを罪を背負わせてしまった……」

「いいのよ。それが最善手だったと信じたいわ」

「最善手かはわからないが、結果として王国はよい方向に向かうだろう」


 私を抱きしめる力が強くなる。


「でも、僕には君を失うのが耐えられなかった」


 僕……?


「君が家も国も捨てた。なら、僕にだってできる。家も国も、友人でさえも。アイリス……愛してる!」

「……!?」


 このイケメン、私の耳元でそんな――


「もう離さない。どこまでも一緒だ!」

「私も、あなたのことが好きよ、アッシュ」


 ぎゅっと抱きしめ返す。来てくれて、ありがとう。こんな私のために、全部捨ててでも駆けつけてくれて、ありがとう!


「でも……そろそろ放してくれないと息が苦しくなってきたわ」

「おっと失礼」


 アッシュが私を離そうとした。ようやくそのお顔が見えたわ。私はホールドしたまま、彼の唇に唇を重ねた。


 時が止まる。それは短くも長い一時。


「……アイリス?」

「本当に息が苦しくなった」


 深呼吸するけど、胸のドキドキが止まらない。


「でも、本当によかった? 後悔はしていない?」

「してないさ。君のそばにいられないほうが後悔しそう」

「言ってくれるわね。でも、私は正直に言うとあなたに迷惑をかけたって思うの……」


 来てくれたのは嬉しい。愛してくれて嬉しい。でも、その引き換えに――


「私はあなたを道連れにしてしまった」

「道連れ上等」


 アッシュが私を抱え上げた。割と力がある!


「愛し合う二人が一緒になるのは自然なことだ。そもそも道連れって、いい意味の言葉なんだぞ」


 そうだった? 私の中では悪いイメージが先行しているのだけれど。


「僕は、僕のことを見てくれる女性と一緒にいたい。君といる時が幸せなんだ。それに勝るものがない生活なら、君を選ぶのは当然だろう」

「苦労するわよ」

「それが夫婦というものだろう」


 夫婦!? あら、ちょっと何を言っているのよ!


「私たち、まだ結婚はおろか、婚約もしていないのよ?」

「だったら今すればいい。もう君は誰の婚約者でもないんだろう」


 そっと下ろしてくれるアッシュ。彼は膝をつき、私の手をとった。


「どうか、僕の妻になってくださいませんか? アイリス嬢」

「『僕』」

「え?」

「あなた、さっきから『僕』って言っているわ」

「……駄目だったかな?」


 私は彼の手を強く握った。


「そのままでいいわ。可愛いもの。……私の愛しい人」



 END

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悪役令嬢に私はなる! 婚約破棄? いえ、ヒロインに王子をとられるのは乙女ゲームではふつうです。 柊遊馬 @umaufo

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