第32話、悪役令嬢、ヒスる
「最近、私に冷たくありません、ヴァイス様?」
「うーん……そんなことは」
「そうですか? 私たち婚約しているんですのよ?」
私が上目遣いで見れば、ヴァイス王子は引きつった笑みを浮かべていた。
「アイリスはヴァイス様に冷たくされて、おかんむりです」
ああ、ぶりっ子してる私、気持ち悪っ!
「冷たくなんて、していない」
王子様はそう言っているが、それは口先だけだ。いまだって、本当はメアリーのことを考えているのよね? わかってるのよ?
悲しい素振りを見せつつ、私は内心では面白がっている。
ヴァイス王子は、面倒な婚約者の愚痴をさっさと切り上げて、お熱を上げているメアリーのところは行きたいのだ。
恋は盲目。目の前で婚約者がいても、愛してしまった人がいるなら、その人のことばかり考えてしまうもの。
結構結構、大いに結構だわ王子様。
私はあなたの嫌がるかまってちゃんを演出して、より一層安らぎの存在であるメアリーへの好感度を上げるのよ!
振り向いて欲しくて甘える――というのは、ことヴァイス王子には逆効果だ。
何故なら、彼は王族である責任感、将来の責務、そして弱音を吐かず、立派な王子であるべく振る舞っている。
彼が欲しいのは安らぎだ。王子であることを押しつけ、責任感を利用しようとする者は避けたい。
この辺りが原作ゲームで、婚約者が聖女に負けた一因でもある。女であり過ぎた。気持ちをわかってほしくてやった振る舞いや行動が、彼をうんざりさせたのだ。
「ねえ、ヴァイス様、私、怒っているんですよ?」
「……そうなのか?」
はい、かすかな苛立ちを感じました。
そういうところですよ、王子! ゲームでリュゼを苛々させたのは! そんなんだから愛するメアリーがピンチになるイベントが起きてしまうのですよ!
と、心の中で楽しく文句をつけつつ、私は茶番を演じる。
「そうですか? ではありません。そうなのです! ああ、もう――どうしてわかってくださいませんの!?」
「どうすればいいんだ……?」
婚約者のご機嫌取りすらする気がないほど、聖女様にゾッコンなのよね、ヴァイス王子。私はいいけれど、そりゃ本来の婚約者のリュゼなら殺意をため込みますわ。
「次のお休みに聖女の泉の近くにある湖を見にいきましょう! そこで美しい景色を見ながらのんびりしますの!」
……どうもしっくりこないな。リュゼのセリフを引用している私である。
「のんびりか……」
おっ、少し反応があった。政務や日常の緊張感から解放されたい王子様。
「メアリーにバスケットを持ってもらって、お外でお食事をしましょう」
彼女も一緒に来る、そう匂わせたら、あからさまにヴァイスの目の色が変わった。
「そうだな。たまには静かに自然の景観を楽しむべきだろう」
「そうですわ。ヴァイス様もお疲れでしょうし」
……たぶんここ、リュゼの内心は荒れまくっただろうなぁ。私はメアリーを保護しているから自然な流れだが、『赤毛の聖女』内ではメアリーはリュゼのそばにはいない。にも関わらず、お外に誘う時に何故かメアリーの名前を出すのだ。
そう、リュゼはこの時、王子がメアリーに惹かれていることを知っていたのだ。殺意ポイントが貯まっていくぅー!
繰り返すが、私はむしろそれでオーケーなんだけど。
・ ・ ・
というわけで、休日に湖へデートに出かけます。
これもヒロインと王子の恋愛イベント。湖まで馬車で移動。参加は私、メアリー、ヴァイス王子と、その護衛役ということになっているアッシュだ。
うん、知ってた。むしろ、私としてはアッシュ君を狙っているので、きてくれて嬉しいわ。
他にも近衛の護衛がついているけれど馬車の外。次期国王と聖女様がいるのだから、護衛が複数つくのは当然だ。
そして湖に到着。さあ、外の空気を吸ってー、レッツ、一悶着!
「メアリー、あなた最近、調子にのっているんじゃない?」
ヒステリーを起こした女を意識して――
「わかってる!? ヴァイス様は私の婚約者なのよ! なのに、そんなおめかしして――」
などと難癖をつける。メアリーはドン引きであるが、これも打ち合わせ済みの行動。湖デートイベントをなぞっているので、私もメアリーもお芝居をやってる感覚だったりする。
「聖女だからって……!」
ここでクルッとターン。
「不愉快ですわ!」
吐き捨てて、スタスタと離れる。
本当は王子様についてきて欲しいんだろうけど、完全にこっちの言い掛かりだから、ヴァイスはメアリーのほうに残るのよね。
それでなくても、ここでのライバル令嬢のムーブは、完全に拗ねたお子様である。
なおこの後のイベントは、メアリーとヴァイスがイチャイチャするものなので、哀れ悪役は放置である。
湖近くの林へ入って、まあ、適当に時間を潰す。ゲームイベントの通りなら、ヴァイスが『忙しい日々に安らぎをくれるのは君だ。メアリー』とか言っているやつだ。
ループ体験で私も一度体験したが、あれは胸キュンだったわ。ああ、さすが王子様。イケメン告白最高っ!
と、昔の彼の話はいいわ。……さて、たぶん、もう少し拗ねていたら――
「アイリス!」
はい、きた。アッシュー。
「遅いわよ」
「……遅れたつもりはないんだけど」
私のそばにきた彼は困惑した。メアリーにヒス起こした普段の私らしからぬ行動を、注意するつもりだったのでしょう?
王子から、私の様子を見るのと魔獣が出た時のためにこちらへ送られたアッシュである。何せいま私、丸腰ですもの。
「王子とメアリーのイチャイチャの邪魔をするものじゃないわよ」
「……やはり、それが理由だったか」
アッシュは私があの二人をくっつけようとしているのを知っているから、先ほどの行動に対する理解が早かった。
「だが、あれは些かやり過ぎだと思う。君、あんなことしてたら嫌われてしまうぞ?」
「わかってるわよ」
私はアッシュとの距離を詰めた。親密な男に近寄る女の図。
「嫌われようとしているの」
私は彼を見上げる。
「いい? 聖女と王子が結ばれるのは国のため。でもスムーズに結婚するには、私が邪魔なの。ただ二人が仲良くなるだけじゃ駄目なのよ」
「それで、あんなヒステリックな振る舞いを?」
「迫真の演技だったでしょ?」
「ちょっと引いた」
それは喜んでいいところなんでしょうけど、アッシュに引かれるのは複雑な気分。
「さあ、私のところに来てくれたご褒美に、私たちもイチャイチャしましょ?」
彼の首の後ろに手を回して抱き寄せる。自然とアッシュも私の背中に手を回した。
「今日は、いやに積極的だね」
「悪役を演じるのも疲れるのよ」
癒やして、と私は彼に甘えた。
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