第33話、婚約者の知らないところで――背徳感
「こんなことしてていいのかな……?」
「ええ、こっちもイチャイチャしましょう」
私はアッシュに身を委ねる。林の中で、木にもたれながら座り込んでいる私たち。周りの茂みで、周囲からは見えないけど……別にそこまでお肌のふれ合いをするつもりはない。
まあ、若さに甘えて、お天道様の下でいかがわしいことをしてもしてしまう、なんてこともなくはないけれど。……アッシュは紳士だから、するならベッドの上よね、きっと。
「王子の婚約者を抱きしめてる……」
アッシュは私の肩をそっと叩く。
「これは悪いことだ。人の女に手を出すなんて――」
「いいのよ。あの男だって、メアリーの手くらい握っているわ」
ついでにキスもね。……この湖デートでは、そこまでいっちゃうのよね。
「浮気、不倫」
「いけないことって、ゾクゾクしない?」
背徳感で背筋がやばいことになっているわ。
男の鎖骨ってセクシーだと思うの。王子もいいのだけれど、アッシュは少し太くて逞しい。そう、意外とガッチリしているのよね、彼。
「私は、あなたのことが好きよ」
息を呑むのがわかった。でも私は続ける。
「初めて会った時は、とっつき難そうって思ったの。でもあなたの顔をじっと見つめていたら……」
「見つめていたら?」
「……言えないわ。恥ずかしいもの」
私は苦笑してしまう。彼が私の黒髪を撫でた。
「じゃあ、俺が言おう。初めて会った時、なんて美しい女性なんだと思った」
ふふっ、と思わず声に出た。
「本当のことだぞ」
「ええ、笑ってごめんなさい。続けて」
「……でも、君が王子の婚約者だって知っていたから、それ以上は考えなかった。それこそ、美人は色々見てきたから」
美人は見飽きた? それはそれは。
「俺は君を見ていた。君も俺を見た。ドキリとした。その素敵な青い瞳が俺を見たんだ……この気持ちがわかる?」
「わからないわ。どうだったの?」
「俺は君を見つめた。君も俺を見続けた。まるで見えない透明な棒が俺たちの間にあったみたいに。それはとても新鮮だった」
アッシュはじっと私を見つめてくる。
「王子と俺なら、誰もがヴァイスの方を見る。だから俺を見続けてくれた君のことが気になった。これも運命かもしれないって」
「意外と詩人なのね」
あまり上手とは思えないけれど。少なくとも、私はドキドキしてしまったわ。そして今もそれが続いている。
「それから?」
「君のことは気になったけど、ヴァイスの婚約者だから遠くから見るしかないのかなって思うと切なくなった」
可愛そうに。私は彼の頭を撫でてあげた。すると彼は私の手をとった。
「でも君は、ヴァイスとメアリーをくっつけようとしていた。君がヴァイスに気がないなら、俺にもチャンスがあるかなって……」
「チャンス?」
「俺の女になってくれ――」
……。……え。――うん。
「あー。うん……。アイリス? 大丈夫? 顔が……赤い」
「あなただって……」
顔、赤くなってるわよ? 私の目の前でアッシュは赤面している。たぶん、私もそう。お顔が熱いもの。
「いきなり告白されるとは思ってなかったわ」
「いや、ここで告白するつもりじゃなかったんだけど……その」
アッシュが視線を逸らした。明らかに照れている。
「つい言った言葉が、告白みたいだって俺も思ったら、その――」
「女慣れしていないのね」
私は扇を取り出して、パタパタと扇ぐ。あー、熱い熱い。
「君も動揺してる……」
「してないわよ。こんな――」
扇ぐ手を止める。
「するわよ、動揺!」
「どっちだよ!?」
「だってあなたの告白――」
初めてだもの。ループした世界でも、『赤毛の聖女』の中でも。アッシュは個人的に好みだったし、性格については今回初めてのことばかりだったけれど、新鮮で……。私もそのドキドキを楽しんでいた。
私は意地悪な女だけれど、彼との軽口は楽しかった。もっと絡んでいたいって思うほどに。
バッと私は彼の胸に飛び込んだ。
「アイリス?」
「いい? 私はとても悪い女なの。婚約者もいるし、他の男にも色目を使ったことはある」
「うん……」
「でも、私はあなたが好き」
「知ってる」
アッシュは私を抱きしめた。
「さっき聞いた」
優しく抱きしめられて、私は夢見心地。
「君は、家族以外で俺のことを見てくれた女だ」
「そんなことないわよ。あなたは素敵だもの。いっぱい見られているわ」
「でも、俺と目線を合わそうとはしなかった。皆、俺から目を逸らす」
あなたがイケメン過ぎるからよ――と、からかう気分にならなかったのは、彼が真面目に悩んでいる事柄だと察したからだろう。
自分を見てくれる存在。彼はそれを求めている。いったい何故だろう?
過去に何かあったのだろうけれど……アッシュの過去イベントはゲームでは語られていなかったし、よくわからない。
そういえば、やたらヴァイスと比べているような気がする。彼と並んだら見てくれないとか言っていたような。
「俺とヴァイスは、兄弟なんだ」
「!?」
え、突然、違う意味の告白がきたー! 兄弟? え、ヴァイス王子と兄弟というと、あなたも王子様!?
そういえば、彼の目の色はヴァイスとほぼ同じ。国王陛下と同じ色をしている。
「母親が違うんだ……」
ああ、そういうことか。私は察した。ヴァイスが正妻の子で、アッシュは側室の生んだ子――
「ちなみに側室の子でもないんだ。母は王家に仕える侍女だったんだ」
あ、これはさらに突っ込んだらよろしくない話だ。
というか陛下、側室でもない女性に突っ込んじゃったんですねー。素敵な紳士だと思っていた陛下に少々幻滅。大変、お盛んだったのねぇ……。
「幻滅した?」
「ええ、国王陛下にね」
私はアッシュの顔に近づき、頬に接吻をした。
「でも、おかげであなたが生まれた。そのことは陛下に感謝してもいいわ」
「アイリス!」
次の瞬間、彼に唇を奪われた。
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